第32話 【オスカー】看板

 俺は、セレンの町で活動するDランクの冒険者オスカーだ。

 4人パーティのリーダーをしており、普段、俺達は町の北にある森でゴブリンや一角ウサギを狩って稼いでいる。


 今日も森にやってきたのだが、魔獣が少なかったので、いつもより森の奥の方までやってきた。


 すると、そこで見慣れないものを見つけた。


「これは……看板?」


「なんでこんなところに……」


「なんて書いてあるんだ?」


 パーティメンバーのハリソンらが周囲を警戒しながら聞いてくる。

 この辺りはもう普段の探索しているエリアじゃない。高ランクの魔獣が出てくる可能性もあるため、一層用心している。


「え~と、『これより先、深緑のダンジョン。人間の侵入を禁ずる』」


「「「なっ!?」」」


 ダンジョンだと!?そういや、巷で噂になっていた。

 この近くにダンジョンができて、領主が町を新たに作ることを考えてるって。

 あれは本当だったのか……


「魔族って文字書けたのか?」


「というか、これ本物?」


「これより先って……どっからどっちよ?」


 みんな大混乱。

 だが、どの意見ももっともだ。


「ちょっと小休止を挟もう。整理しないと頭が追いつかん。デイジー、索敵を頼む」


「あいよ」


 そう言って、斥候役のデイジーが周囲に敵がいないか探りに行く。


「ちょっと!先に言っとくけど、私は先には進むの反対だからね!」


「どうしてだ!?ダンジョンがこの先にあるかもしれないんだぞ!?行かないなんてそんなわけあるか!?これがどれほどのチャンスなのか分かってるのか?」


「分かってないのはアンタよ。この看板を見るだけで、ゴブリンやオークなんかとは全く違うのが分かるわ。意図は読めないけど、相当な知能を持っているのは確かよ!少なくともCランクより上!下手したらAランクかもしれないわ!警告を無視して、そんなやつらのところに飛び込むなんて自殺以外の何物でもないわ!」


「ちょっと、なに騒いでるのよ?近くに魔獣はいなかったけど、声は落としなさい」


 索敵を終えてデイジーが戻ってくる。


「ハリソンもイザベラも落ち着け。少なくともこのままダンジョン攻略に乗り出すようなことはしない。準備が足りなすぎる。この森は冒険者の数も少ない。ダンジョンがあったとしても他のパーティに出し抜かれるようなことはないだろう」


 俺の話を聞いて、ひとまずハリソンとデイジーは落ち着く。


「まず、確認だが、近くにダンジョンができたかもしれないって噂、聞いたことあるか?」


「そんな噂あったか?」


「私は聞いたことあるわ」


「私も」


 デイジーとイザベラは聞いたことがあるという。


「そのダンジョンがここのことなんじゃないかと思う」


「なんだよ、俺達が最初に発見したんじゃないのかよ」


 ハリソンが露骨にがっかりした様子を見せる。


「ただ、領主は町を作るってことだからな、ダンジョンが攻略されてないのは確かだ」


「……攻略は、どうなんだ?」


「あら?さっきまでの威勢はどうしたの?」


 イザベラがハリソンをからかう。


「ダンジョンの場所をギルドに教えるだけでも相当な報酬がもらえるって聞いてる。さすがの俺も攻略までは考えてねぇよ」


 まぁそうだよな。そこまで不用意なやつなら、これまで一緒にパーティ組んでない。


「俺も攻略しようなんて考えてないよ。デイジーもそこはいいよな?」


「もちろんよ」


「よし。となると、あとはこのまま帰って、この看板の事をギルドに報告するに留めるか、もう少し奥まで探索するかって話になる」


「奥まで行ってどうするのよ?もうダンジョンは発見されてるんでしょ?」


 イザベラが露骨にイヤそうな顔をする。


「いや、そうとも限らない。この広大な森だ。領主らがダンジョンの位置まで把握してるとは思えない。それに場所まで分かってれば、高ランクの冒険者を送り込んでくるんじゃないか?決して豊かとは言えないこの地域にとって、ダンジョンコアは相当魅力のはずだ」


 ここの領主は隣のフェイン伯爵と張り合ってるって話だしな。町を作るなんてことせずに拙速に動きそうだ。


「確かに……それはそうかもしれないけど」


「そうだろそうだろ。俺もそうだと思ったんだ!ダンジョン探しに行こうぜ」


 いや、ハリソン、おまえはダンジョンの噂の話知らなかっただろうに……

 イザベラはまだ引っかかってるようだな。まぁあの看板を見れば、色々考えてしまうのも分かる。


「デイジーはどう思うの?」


 イザベラがデイジーの顔を伺う。さっきからデイジーは何か考え込んでいる様子だった。


「まず、この看板がイタズラとかじゃなく、本物だとしたら、ここにいる魔族はかなり知能が高く、危険性も高いと思う」


 俺達はみな頷く。イタズラというが、こんなところに看板を置くなんて冒険者以外できないし、そんな無駄な事をするやつがいるとは思えない。


「でも、ダンジョン自体の危険性はそれほどじゃないんじゃないかとも思う」


「え?それはどうして?」


「ダンジョンができたばかりだから、だろ?」


 俺の言葉にデイジーが頷く。ハリソンとイザベラは分かっていない様子だ。


「ダンジョンって、できたばかりは大したことなくて、強い魔獣は少ないって聞いた。前に来たときにはこんな看板なかったし、たぶんダンジョン自体はそこまで脅威ではないと思う」


「じゃぁ俺らでも攻略できるってことか!?」


 ハリソンが立ち上がって嬉しそう言う。

 だが、それは違う。


「ハリソン、危険な魔族がいるって言ったろ。周りの魔獣が大したことなくても、その魔族が出てきたら、俺らはおしまいだよ」


「そう。だから、ダンジョンの中に入るのは危険。きっと魔族はダンジョンの奥の方にいるはずだから。でもダンジョンを探すだけなら、私達でもできるんじゃないかと思う」


「おぉ、それでもいいんじゃないか?探そうぜ!」


 ハリソンは乗り気。一方のイザベラは……


「でもさ、ダンジョンって本当にできたばかりなの?もしかしたら、ずっと前にできてて、最近看板置いただけかもしれないじゃない?」


 そうなんだよなぁ。確実にダンジョンができたばかりとも言えない。


「んじゃ、今回の探索では、この看板の奥側でどんな魔獣がでるかってことだけの調査にしないか?」


 ほう、ハリソンの提案にしてはかなり妥当なもんな気がするな。

 生暖かい目で俺がハリソンを見ていると、ハリソンが


「俺だって、無茶をする気はないさ。それにリーダーが言ったように、急がなくてもダンジョン探しが先を越される気はしねぇ」


 そうだな。以前は割と積極的にこの森に来ている4人パーティがいたが、最近それも見なくなった。この森に来るパーティでここまで奥に来るやつらなんて俺らくらいだろう。


「どうだ?俺としては妥当な案だと思うが」


「私は賛成」


 デイジーはすぐに賛成してきた。


「……危険と判断したら、すぐに撤退するのであれば」


 イザベラもまだ少し不安な様子ではあるが、条件付きで賛成。

 こうして、俺らは看板の奥を探索することになった。


 だが、この時の決断を俺達は後に猛烈に後悔することになる。

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