第7話 やり返して、構わん


 

 誰かに助けられて、自分も誰かを助ける。

 そうやって色々と経験していく事で、「助けられることは決して恥じゃない。出来る事が偉い訳でもない。大切なのは適材適所であることで、それはただの個性の違いだ」と心から実感出来た。


 しかし、もしもあの中に「必要以上に変な難癖を付けてくる者」や「手に負えない癇癪持ち」が居たとしたら。


(私はその事を、果たして実感出来ただろうか)


 絶対に学べないという事は無いにしても、遠回りを強いられていただろう事は想像に難くない。


 そう考えればセシリアがこの年で周りの人間の得意や苦手を「それも『個性』だ」と言える様な人格に成長できたのは、両親が過保護にセシリアの周りを固めていたからこそかもしれない。



 一方、実はセシリアの人格形成に関わる大きな役割を担っていたという事実を6年越しで知ったゼルゼンは、驚きのあまり目を点にした。

 そして「果たして自分は、その役割を果たせたのだろうか」と、なんだか急に不安な気持ちになる。


 するとまるでそのタイミングを見計らっていたかのように、クレアリンゼが彼に微笑んだ。


「大丈夫よ、ゼルゼン。貴方がきちんとセシリアにとって良い影響を与えた事は、今のセシリアを見ていれば分かるわ」

「うん。それに関しては私も、親として確信を持って言える」


 ワルターがクレアリンゼに続いてそう告げる。

 すると不安に波立っていたゼルゼンの心が、やっと安心に凪いだ。


 そんなゼルゼンの心中を察して、クレアリンゼがまた彼に微笑む。


 心中の不安どころか安堵までをも見透かされてしまった事に、ゼルゼンは気が付いた。


(俺もまだまだ未熟だな)


 仕事中は感情を隠し、仕事に徹する事。

 マルクにはそう教えられている。


 しかしポーカーフェイスが足りなかった。

 だから見透かされたのだ。


 そう思った所で、またクレアリンゼが笑う。


「大丈夫ですよ、ゼルゼン。私の『目』が良いだけですから」


 彼女は声を潜めてそう言った。


 反省まで見透かされてしまえば、もうゼルゼンにはどうする事も出来ない。

 自身の心中を配慮してくれたクレアリンゼに、ゼルゼンは静かな一礼で彼女に無言の感謝を示した。



 そんな2人の隣で、今度はワルターが口を開く。


「セシリア。人には『個性』がある事を、お前は学んだ。今日からは偏見や悪意という、邪魔が存在する世界を生きていく事になる。その中でお前は、偏見に惑わされず、『個性』を尊重し、誰かに不当な悪意向ける事無く、自分の心眼で物事を見極め、判断する。そういう力が必要になるよ」


 子供の成長を願い、身の危険が無い限り個人の気持ちを尊重し、普段からこうして何かを諭す事が無い両親である。

 そんな親の言葉だからこそ、しっかりと胸に刻む。


(そして何よりも、私も「そうありたい」と思うから)


 だからこそ、深く頷いた。




 するとクレアリンゼは満足げに微笑んで、言葉を続ける。


「1つ目の理由は、貴方の内面的な成長を考慮したからこその理由。でも2つ目の理由は外的要因にあるわ。そして今日の本題でもある」


 クレアリンゼはそう言うとワルターをチラリと見た。

 2人はほんの一瞬、互いに視線で会話をした。

 そしてクレアリンゼが「2つ目」と指を作り、ゆっくりと口を開く。


「先程ワルターが『代々うちの血筋は知能指数が高い傾向にある』と言ったけど、この事は社交界でもある程度知られているの。そして知能指数が他よりも突出しているという事は、案外目立つのよ」


 そしてそれは、周りから奇異の目に晒されるのと同義だ。


「たとえ自分では筋が通った行動でも、その思考についていけない者の目から見ればただの突飛な行動だ。そしてそういう振る舞いは、必ず社交場での噂の的になる」


 社交場には、噂好きが多い。

 特に婦人方は領地経営を夫に任せている事が多い。

 その為、大してする事が無い。


 そう言う人種であればある程暇を持て余し、暇つぶしに他人の事を面白おかしく語る。


「そうして広がった噂を信じた阿呆共は、たとえ子供相手だったとしても心無い言葉を投げかけたり、逆に利用する為にすり寄ってきたりする。まぁ、簡単に言うと……色々と面倒なのだ」


 そういう周りの目や実害から子供を守るために、社交を強制される社交界デビューの年齢までは子供達を貴族の交流の場には出さない。

 それがオルトガン伯爵家代々の、暗黙の掟だ。


 ワルターは、ため息交じりにそう言った。

 そこからは「そんな阿呆共が居なければ、少しはやり易いんだがな」という心の声が透けて見える。


 そして「だから」と言葉を続けた。


「今日の社交界デビューに際して、お前は次の2つを心に留めておく必要がある」


 そう言われて、セシリアは彼へと視線を向ける。


 セシリアが、聞く姿勢を整えた。

 そこから真剣さを確かに感じ取って、ワルターは少し安心した様に笑う。


「1つ目は、『周りにどんな嫌味を言われても、お前が気にする必要は無い』という事だ。奴らの心無い言葉にお前が傷つく必要など、微塵も無い」

「はい」


 ワルターの言葉に、セシリアは素直に頷く。

 確かに噂を真に受けて嫌味を言ってくるような奴の言葉に影響されるなんて、全く以って馬鹿げている。


「そして2つ目。いつまでも突っかかってくる性質の悪いのが貴族の中には一定数、必ず存在する。穏便に済むに越した事は無いが、自分の主義主張に合わない事を言われたり、やらされたりするような事があれば……やり返して構わん」

「やり返して、良いんですか?」


 セシリアは少し驚いた。


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