第3話 「知りたい」と思う事
オルトガン伯爵家の子供達は社交界デビューまでは決して表には出ない。
そしてそれは、セシリアも決して例外ではない。
だから彼女は「社交界デビューしたての自分に関する情報なんて、そこまで出回っていなかったのではないか」と懸念したらしい。
その辺の事情を全く知らなかったレガシーは、そう教えられて初めて「あぁそれでか」と納得した。
情報集めの際、確かに社交界デビュー以前のセシリアに関する情報はレガシーの耳には全く聞こえてこなかった。
しかしそれでも情報収集は十分だったと言って良いだろう。
それこそ、聞き耳を立てながら人の間をすり抜けるだけで事足りるくらいに。
そもそも子供の集まりにさえ入っていけない程あれこれ拗らせているレガシーだ。
まさか大人達ばかりの居る社交場で自分から聞いて回るなんて事、出来る筈も無い。
だからもしも『聞き耳素通り戦法』が使い物にならなかった場合は、仕方がなく情報収集を諦めなければならないところだったのだ。
(タイミング良くセシリア嬢の事ばかりを話題にしてくれて、本当にラッキーだった)
そう思わずにはいられない。
実の所、セシリアの話題は今や社交界の流行りになっている。
だから聞こえてこない筈がないのだが、そんな事など周りとの交流もなく騒動を目撃もしていなかったレガシーには知る由も無い。
だからだろう。
「大丈夫、君の事は色々と分かった」
彼はホクホク顔で、そんな風に告げた。
しかしそんな彼に、セシリアは新たな懸念を挟み込む。
「あぁ、アレのせいですね……しかしそれでは情報の取捨選択が面倒だったのでは?」
噂というのは基本的に、尾ひれが付くものだ。
その中から必要な情報だけを抜き出す事はひどく面倒な事だろう。
彼女の主張はそんな感じだ。
今にも「ごめんなさい」と言い出しそうな彼女の雰囲気に、レガシーは些か焦りを抱いた。
彼からすれば、別に謝罪など必要無いのだ。
それなのに謝られるなんて、そんなのは居心地が悪すぎる。
確かに彼女の言う通り、聞いた話には不要な情報だって大いに含まれていた。
そもそもレガシーが欲しかったのは、彼女の人柄や考え方の傾向なんかだけだ。
噂の的になったアレコレの経緯や裏事情、その考察なんてものは、少なくとも彼にとっては全くの不要なものであり、確かに漏れ聞こえてくる話にはその類の話の方が多かった。
しかし。
「……見合う収穫もちゃんとあったし」
これは彼の本心だ。
彼女がどんなアクションを受けて、どうリアアクションしたのか。
その根底には彼女が何を好み何を嫌うのか、その片鱗がきちんと見て取れた。
そしてそれを吟味して、レガシーは彼女を『是』とした。
セシリアの言動には、常に一本筋が通っている。
時には感情で動くこともあるが、それはあくまでもセシリアが持つ権利に逸脱しない。
直接話していて抱いたそんな印象が決して間違ってはいなかったのだという事を、得た情報はきちんと証明してくれた。
それに、だ。
「何だか公平じゃないでしょ? 君は僕を見透かすくせに、僕は君の事が分からないなんて」
セシリアは、人の心を察するのが得意らしい。
レガシーも、時々彼女に全てを見透かされている様な気持ちにさせられる。
そして、それは何だか――。
(ちょっと悔しい)
相手には知られているのに、自分は相手の事が分からない。
それは何だかズルい様な気がして。
そんな状況を打開する為には、彼女から直接得る情報だけでは足りないと思った。
行動する事には、非常に躊躇した。
しかしそれでも『知っていたい』という気持ちの方が勝ったのだ。
それはレガシーにとって、今までに感じた事のない感情だった。
(何だか無性にこそばゆくて)
何故そんな気持ちになるのか。
そして何より「悪くないな」なんて思ってしまっている自分自身が、レガシーにはよく分からない。
そんな風に思いながら、視線をチラリとセシリアに向けてみると。
「――それは」
大きく見開かれたベリドットと視線が鉢合わせする。
そして。
「とても嬉しい事ですね」
そう言って、まるで花の蕾が綻ぶかのように彼女がフワリと微笑んだ。
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