伯爵令嬢が効率主義の権化になったら ～厄介事（第二王子と侯爵子息）は『効率的』に解決しましょう！～

第12話 その美しさたるや

　ゼルゼンにとっては、煌びやかで非現実じみた世界。

　そんな世界にあっても尚『浮き彫りになる美』が、そこには確かに存在していた。

　一行の先頭を行くのは「『男神と女神の姿絵』から抜け出してきたかの様な荘厳さ」である。

　シックなワインゴールドを基調にし、アクセントとして白百合をあしらったドレスを身に纏った美女・クレアリンゼ。

　そして薄いグレー地にワインレッドで刺繍がされた服を身に纏う威厳ある当主・ワルター。

　背筋を伸ばし堂々とした２人の姿は、見る者を引き付ける引力を感じさせる。

　また、デザインの要所に統一感と調和見せる２人の装いは、仲の睦まじさを見事に具現化していた。

　次を歩くのは「微笑みを称えた『貴公子』」。

　深い青地に少し刺繍を施しただけのシンプルな装いの少年は、白いシャツの首元に彼の瞳と同じ空色のタイを付けている。

　まるで「キリルという一級品には、余計な飾り立ては必要ない」と言っているかのようだ。

　そして実際、その装いで同年代の周りに勝っているのだから誰も何も言い返せはしまい。

　今日の彼は、家での子供っぽさを完全に封じ、父親譲りの威厳を覗かせてただ前だけを見据えている。

　そしてその後に続くのは、「儚げな『天使』」だった。

　淡いピンクのドレスを身に纏い、所々にガラスの様な装飾品をあしらったマリーシア。

　風がふわりと靡かせるのは、まるでビロードの様な艶やかな髪。

　白い肌、細く長い手足。

　そして最近は女性特有の柔らかなラインが見られるようになった、華奢な体。

　頬と唇をコーラルピンクに彩った彼女には『例え何を着てどんな化粧をしていても、彼女は変わらず綺麗なのだろう』と思わせるだけの得も言われぬ説得力がある。

　そして一行の最後尾に続くのが、「神秘的な『妖精』」の姿だった。

　山吹寄りの明るい黄色地のドレスに、母とお揃いの白百合をあしらったドレス。

　艶やかなオレンジガーネットの髪に、丸くて大きなペリドットの瞳。

　赤く小さな唇に陶器の様な白い肌を持つその少女は、シャンデリアからの光を反射させて、動く度に首元と結い上げられた髪をキラリと輝かせる。

　その効果はおそらく、姉の衣装に使われているのと同じ素材で作られた透明な装飾品のせいだろう。

　それがまたその輝きが、一層会場の目を彼女へと惹きつける。

　好奇心に一直線な少女は、そこには居ない。

　そこに居るのは、深層の令嬢だった。

　ゼルゼンは彼らの使用人だ。

　だから勿論、その戦闘服を身に纏った後の彼らを既に見ている。

　しかし。

（『貴族』の世界を闊歩するだけで、こんなにも違うのか）

　おそらくこれが本気も本気、完全武装の貴族・オルトガン伯爵家なのだろう。

　その様はとても眩しく、そして。

（とても美しい）

　それはきっと、外装の問題などではなく。

「……オルトガン伯爵家の方々は、皆様揃って『美形』だったのですね」

　素材からして美しいから、この様な隔絶とした差が出る。

　思わずそう言葉を漏らせば、ポーラが少し訝しげな顔になった。

「？　当たり前でしょう、今更何を言っているのですか」

　あんな容姿の方々が『普通』として君臨する世界など、一体どんな世界なのですか。

　そう言いたげな彼女に、ゼルゼンは思わず苦笑する。

「いえ、私はあの方々の容姿が美しいのは『貴族』だからだと」

　ゼルゼンだって、勿論主人達のの容姿が使用人や領民達と比べて美形だという事には気付いていた。

　しかしそれは『貴族』と『使用人や領民』という、育った環境の違いが要因だと思っていたのだ。

　セシリアというまだ社交界デビュー前の子供がいる環境だった為、今まで伯爵邸に他貴族が来る事は稀だった。

　そしてたとえ訪れていたとしても、つい先日まで見習いだったゼルゼンにはその場に立ち会う機会も無かった。

　実は６年ほど前に一度だけ『とある貴族』に会った事はあるのだが、あれは不慮の事故であり「友人の命が脅かされている」という非常に特異な状況だった。

　相手の顔なんて正直覚えていない。

　その為、主人達の比較対象になりうる他貴族を、ゼルゼンは今まで知らなかった。

　それ故の弊害が、正に今の驚きへと直結している。

「……あぁ、なるほど」

　ゼルゼンが告げた思い違いの理由に、ポーラは「そういえば確かに、初めて公式の場に来た時には私も同じ様に思った気がする」などと、遠い過去の記憶を思い起こして呟いた。

　そんな言に「やっぱりそうなのか」と、ゼルゼンはさらに苦笑を深めたのだった。

　そんなやりとりをこそこそとポーラとして、ゼルゼンの心が少し落ち着いたところで、彼の耳には貴族達の話し声が聞こえてきた。

　曰く、

「クレアリンゼ様、今日も相変わらずお綺麗よねー」

「３人も子供を産んでいるとは思えない」

「伯爵は、また威厳が増した様に見えるな」

　等と、オルトガン伯爵夫妻を敬うもの。

　そして、

「キリル殿は年を重ねる毎に凛々しくなられて」

「マリーシア嬢は最近一層綺麗になった」

　等という声が上がっている。

　しかしその中でも昨日最も多かったのが、セシリアに対する声だ。

「おい、アレは誰だ？　見たことないが」

「オルトガン伯爵と一緒に居るという事は、噂の第二令嬢じゃないか？」

　まだ知らぬ顔という事で話題性があるのだろう。

　多くの貴族達の目が彼女に向いている。

「どうりで整った顔をしていますね。マリーシア様は儚げな印象だが、こちらは何やら神秘的というか……」

「将来はきっと夫人の様に綺麗に育つだろうな」

　そんな彼らの言を聞いて、ゼルゼンは「どうやら『美しさ』に関する自分の評価は間違ってはいなかった様だ」と改めて確信した。

　因みに、伯爵家に対する言は何も良いものばかりではない。

　あらかじめマルクから聞いていた通り、妬み嫉みによって伯爵家のことを悪く言う者も少なからず居た。

　しかしそれらはマルクの忠告通り、脳へと行き着く前に全て、フィルターに引っ掛けて外へと追い出しておいた。

　そうして一行の入場が終わり、彼らが貴族達の人込みに入っていったのを見送ったところで、ゼルゼンは一度ポーラと解散した。

　一定の距離を保って主人の様子を観察しながら、『いざという時』の為に待機。

　それを、付かず離れずの絶妙な位置どりで熟す。

　しかしそうやって移動していると、やはりと言うべきか。

　貴族達の話し声が偶々耳に入ってくる。