第4話 両親が話したかった事

 

 今回ゼルゼンは、貴族達の誰からも指示を受けていない。

 尚且つ普段ならわざわざ「時間を取ってくれ」などと言わない当主がそう言ったのだ。

 そこでされる話は、大変重要度の高い物であると推測できる。


 だからゼルゼンは、執事として今回は『その場からの退室』を選んだのだ。




 彼は礼を終えると、なるべく足音を立てないよう注意しながら部屋の出口へと向かう。

 しかしそんな彼を呼び止める声があった。


「待て、ゼルゼン。お前も聞いていてほしい内容だ」


 ワルターのその言葉で、ゼルゼンが足を止めて振り返る。


「社交界デビューに関連する話だ。お前がセシリアに付き添うのだろう? ならば聞いていけ」


 彼の言葉を受けて、ゼルゼンは姿勢を正してまた一礼した。

 そしてつい先程まで立っていたセシリアの左後方に、再度控える。


 その一連の動作を眺めていたワルターは、ゼルゼンが元の位置へと戻った所で「ふむ」と肯首した。


「ゼルゼンの執事としての振る舞いは、どうやら問題ないようだ」

「はい、及第点かと思います」

「あれで及第点か、マルクも手厳しいな」


 苦笑いするワルターに、マルクは「当たり前です」と言葉を返す。


「彼は『セシリアお嬢様の専属になるのだ』と自分から宣言した身、いつだってセシリアお嬢様の執事としてふさわしい立ち居振る舞いで居続ける必要があるのです」


 これくらいの事が出来なくてどうしますか。

 そう言葉を続けたマルクに、ゼルゼンは心の中だけでジト目を向ける。


(間違いない。今の一連のやり取りは俺がセシリア付きとしての力量を持っているかのテストだったんだ)


 所謂、抜き打ちテストというヤツだ。

 しかもおそらくこれで不合格ならばこの後のパーティーへの追従許可を破棄するくらい重要なテストである。


(いやまぁ、確かにマルクさんからの教育を受けていればこのくらいは出来て当然だけど……それにしたって当日に最終テストだなんてちょっと悪趣味が過ぎる)


 お陰で冷や汗が止まらない。


(良かった、合格出来て。いやもう、本当に)


 なんてゼルゼンが内心でホッと胸を撫で下ろしていると、ワルターがマルクとの会話を打ち切った。


 そして「では」と改めて話を切り出す。


「セシリア。今日お前を呼んだのは、社交界デビューに先立ってお前に話すべき事があるからだ」


 改まったワルターの言葉に、セシリアは少し緊張した様な面持ちで小さく頷く。




 一体どんな話なのか。


 その内容に全くと言っていいほど心当たりが無いセシリアは、ドキドキとしながら彼の次の言葉を待つ。



 しかしだからこそ、彼の次の言葉に思わず首を傾げてしまった。


「お前は今日まで一度も他の貴族と会った事が無い。その事に関して、今まで疑問を抱いた事は無いか?」


 何故そんな質問をするのだろう。

 そう思いながらも、セシリアは口を開く。


「確かに普通は『社交界デビュー前から、仲の良い家同士との交流はあるものだ』という話は小耳に挟んだ事がありますが……」


 思い当たる所を答えれば、ワルターは満足げに頷いた。


「そうだ。普通は社交界デビューの前から、子供達は他の貴族達と接触させ、交流を持たせる。そうすれば同年代の友達も出来るだろう。なるべく小さい頃に出会っていた方が互いに打ち解けやすい」


 つまり、私にとってのゼルゼンの様に、同年代の友人を作る為という事だろうか。

 セシリアは、そんな風に思考を巡らせた。


 まぁゼルゼンは平民なので貴族同士での友人関係とはまた少し違うのだろうが、ゼルゼンとの間にあった『初対面での行き違い』もある。

 おそらく社交界という公の場でトラブルを起こさない為にも、友達の作り方というのは学んでおくべきなのだろう。


「加えて社交界デビューの場は、『大人の世界』だ。社交界デビューの場となる王城は特に会場内の雰囲気が独特だから、緊張もする。そこに見知った顔があれば、子供達も安心するしな」


 なるほど、デビュー前からの交友にはそういう利点もあるのか。

 セシリアは思わずそう納得した。


 確かに緊張してパーティーの中で『しなければならない事』が出来なければ、それは大きな問題だ。


 しかし。


「……という事はつまり、当家には例えそのようなメリットを得られなくても『そうする理由』というのが何かしらあるのですね?」


 今まで父が話してくれたのは、全てメリットばかりだ。

 ならば当家がそうしない理由が無い。


 つまり、他家にはメリットが多いが、当家にはデメリットの方が多い。

 そういう何かがあるのだろう。


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