14.施設の皆さん

 終末医療施設の玄関で、残された者達は、走り去っていく車が見えなくなっても少女を見送っていた。

「……とうとう行ってしまったね」

「私たち、うまくできたでしょうか」

「良い旅立ちになっただろうか」

 こればかりは少女に聞かないとわからない。

 少女とは悲しい別れにしないでおこうと、もし少女がここに未練があるようならどうすればいいかを皆で考え、『紅葉の謎』を解くことをお願いすることにしたのだった。

 ひとつめの願いである『亡くなった入居者の家族にここでの話や想いを伝えて欲しい』にしても、各家を訪問するために、住所から訪問先を調べ、電車やバスなどといった交通手段を使うことになる。

 少女が外の世界に慣れる切っ掛けになればと考えてのことだった。

 ただ、どれだけ外の世界に慣れても、訪問が終わって続かないのでは意味が無い。

 どうすればいいのか皆で話し合った。

『新しい世界に出るのだから、ゲームのようにすれば入りやすいのではないか』

 個人的にはゲームをプレイしたことがなくても、子供や孫が遊んでいるのは見てきたし、話を聞いたこともある。

 導入部はだいたい同じで、魔王を倒すという大きな目的を聞いたり、冒険のきっかけとなる最初のおつかいを頼まれたり。お金や地図や武器に防具と必要なものも融通してもらえる。

 ちょうど朝倉夫人のご主人がゲームにたずさわっていることもあり、SOUVENIRを使うことはすぐに決まった。皆で意見を交換して仕掛けを考えるのは存外楽しかった。

 皆ができるのはお膳立てだけだ。

 冒険に旅立つことさえできれば、あとは自然と知恵も仲間も増えていくだろう。

「できれば解いて帰ってきたあの子に『よくやった』と言いたかったがな」

「それはあの世で言うしかない」

「そうですね」

 ふふふと笑い合う。

 これが少女との今生の別れなのだと皆もわかっていた。

「私たちからはちゃんとメッセージを残しただろう?」

「大丈夫ですわ。私たちがいなくても、あの子はこれからもちゃんとやっていけますよ」

「短い間じゃったが、儂らが一緒におったんじゃからな」

 この終末医療施設は少々特殊な施設だった。

 できる限り面会者を謝絶し、世の中から隔絶した、厭世的な施設だった。

 入居者は、地位はあるけれども現実世界に疲れ切った人間ばかり。

 大人のつきあいとして表面上は仲良くしていても、誰も心の底から打ち解けていなかった。

 死ぬまでの短い期間一緒にいるだけ。初めはそれだけの関係だった。

 そこに少女を呼び込んだのは、入居者の一人が検査のために通院した折に少女を見かけたからだ。

 光のない目をした少女は、まさにこの施設に入るのに相応しいと思い、他の入居者に相談した。

 他の入居者も少女を受け入れようと意見はまとまり、少女側も家族が疲れ切っていたので、一度離れてお互い気持ちを切り替えた方がいいだろうと、すぐに少女がやってきた。

 辛酸を嘗めてきた入居者から見ると、少女は小犬や小猫のような存在だった。

 皆は愛玩動物に接するように可愛がった。

 先の短い者同士からの大人な対応が良かったのか、少女は最初こそ無表情だったけれども、やがて素直な感情を見せるようになった。

 病魔に侵されているとはいえ、少女特有の純粋な様子は皆に心地よかった。

 入居者の一人が亡くなったとき、少女は酷く泣いた。

 ほんの数ヶ月の付き合いでそれほど泣いてくれるのか。自分の時はどれほど泣いてくれるのか。少女の心の中に少しでも自分の存在が残ってほしい。

 皆から少女への態度は少しずつ誠実なものに変わっていった。

 少女から心底真面目に「どうしてすぐに死ぬのに生きなくてはならないの?」と聞かれると、皆言葉に詰まった。

 皆、手垢のついた解答ならいくらでも言える。

 以前の皆なら「世の中は大変なことばかりだからすぐに死ねるのは幸運だ」とでも言ったかもしれない。

 でも、今の皆は誰一人、そんな解答を言いたくなかった。

 一人が、自分の人生で一番彩りのあったことを話した。

 すると競うかのように、それぞれ美しい思い出を披露し始めた。

 少女の問いに対して明快な解答ではなかったけれども、それから少女は皆に思い出話をねだるようになった。

 ねだられるまま、皆は毎回違う思い出話や、気に入っている同じ話を幾度となく話した。

 話していると、思い出の彩りは鮮やかさを増した。

 不思議と、誰も少女に恨み辛みを話さなかった。

 ある日、施設の管理者から皆に、少女の病気が治ってきていることが知らされた。

 このまま良くなれば施設にいられる条件から外れてしまうので、条件を変えるかどうかの話し合いのために、少女より先に知らされたのだ。

 病気が治ることはいいことだ。

 長年生きてきた自分たちならともかく、まだそれほど生きていない少女がこれからも生きていけるのは良いことだ。

 皆、奇跡に感謝した。

 ただ、ここにいられるのは、間もない死に向かう者だけ。

 生きられる者は世界に戻らなくてはならない。

 そこだけはゆずれない。

 でも、一人だけここから出ることを、少女はどう感じるだろう?

 皆は少女がギリギリまで滞在できるように条件を整え、その間に、自分たちから少女になにができるかを考え、協力して実行したのだった。

「まさかこんな風に皆さんと過ごせるようになるとは思いませんでしたわ」

 ふふっとおかしそうに笑うと、皆も頬をゆるめる。

「皆でなにかを成し遂げるのは、やはり格別じゃな」

「残り短い間ですけど、またよろしくお願いしますね」

「もうあの子と話せないのは残念ですが、これからは私たちで話しましょう」

 ゆったりとした動作で、皆、施設の中に戻って行った。

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