第47話 ウザくて常識の通じないやつもいたもんだ

 ギルドの端っこでウザャコラしているガラバとシーマに、わざわざ絡みに行って文句をつけている男は、ルイードの目から見ると奇妙な冒険者だった。


『使い込まれていない上にやたらと装飾が多い革鎧、それなのに無駄のない装備はいつでもどこでも野営できる装い……。しかも、どれもこれも上物の装備じゃねぇか』


 体格も良く筋肉も程よく付いている。しかしその筋肉のつき方は実践から得たものではなく、稽古や訓練で作った感じがする。


 さらに奇妙なのは、ガラバたちに突っかかりながらもちゃんと周りを警戒する熟練冒険者のような動きもしているのだ。


『素人が金に物を言わせていい装備を身につけた……って感じじゃねぇんだよなぁ。ある程度の訓練を受けているのは確実なんだが……。ま、なんにしてもチャラついたガラバじゃ手に負えねぇか。やれやれだぜぇ』


 ルイードはうーんと一言唸ると、大股でギルドの中に入っていった。子分が自分の恋人シーマの前で負け恥を晒すというのは、親分として見過ごせないのだ。


「おうおうおうおうおう! 俺様の子分にイチャモンつけるったぁ、いい度胸してんじゃねぇかコラァ(棒)」


 凄みもへったくれもない棒読みのウザ絡みに、ギルドの中が安堵で湧いた。


「やった! ルイードが来てくれたぜ」

「ウザ絡みのルイードさえいれば安心だ」

「あいつもバカだよな。ルイードの子分に文句つけるなんざ」


 何故か周囲から嫌われるどころか安堵すらされている事に「?」となるルイードだったが、ガラバたちに絡んだ男はそんな周囲を気にせず「何だ貴様は」と絡み返してくる気合いの入った男だった。


「何だ、だと? 俺様は熟練冒険者ルイード様だ! 俺の子分に文句つけやがって、てめこのこんにゃろう、叩き潰すぞああん?(棒)」

「上等だチンピラ。叩き潰されるのは貴様の方だ」


 男は問答無用で剣を抜いた。それはルイードが持つ刃の潰れた紛い物の短剣ではなく、殺傷能力を備えた極太の長剣だ。


 しかしルイードは鼻で笑った。


「はン! 障害物が多い屋内でそんな長剣(ロングソード)を使うったぁ、とんだ見掛け倒し野郎だな」


 長剣とは本来は馬上から振り下ろすために長く作られた剣で、戦場などの広い場所で振り回す小回りが利かない武器なのだ。


「障害物? そんなもの、俺の前ではなんの障害でもない!」


 男は問答無用で長剣をルイード目掛けて振り下ろした。その太刀筋は見事であり、重たい長剣をこの早さで振り回す筋力もルイードを唸らせる。だが、それまでだ。


「!」


 長剣を素手……手の甲で弾いたルイードは、ずいっと男に肉薄した。


「おめぇ、太刀筋が綺麗すぎて笑えるくらいだぞ」

「き、貴様ァ!」


 あろうことかその男は、脅しなどではなくルイードを殺すつもりで長剣を振り回してきた。


「暴漢だ!」


 周りの冒険者たちが慌て始める。


 冒険者同士の揉め事は暗黙の了解で決闘で白黒つけることになっている。そのルールを無視して殺し合いに発展させるような者はもはや冒険者ではない。しかもそれをギルド内でやるなど、冒険者資格を剥奪されても致し方ない暴挙と言える。


 だが、長剣の男はそんなことはお構いなしに机を壊し、椅子を壊し、皿やグラスをなぎ倒しながらルイードに襲いかかる。


「おやめなさい! それ以上やるのであればあなたを除名しますよ!」


 受付嬢の一人が大声を上げたが、長剣の男は狂気をはらんだ目つきでルイードを襲い続けている。


『こいつ……、除名されても別に構わないって感じだな。太刀筋からしても正道な剣術を学んできた感じが強いし、実は落ちぶれた騎士か貴族ってところなんじゃねぇか?』


 長剣をひょいひょい避けながら、ルイードは周辺に被害が及ばないようにギルド内の広い場所に移動していく。


「まってください御頭おかしら!」

「はぃ?」


「親分」ではなく「御頭」と呼ばれて思わず足を止めたルイードの眼前に長剣が迫る。しかし子供の手を止めるかのように、いとも簡単にルイードは男の手首を押さえつけて剣を止めた。


「!?」


 ルイードに掴まれてぴくりとも動かない自分の腕に驚愕する長剣の男をよそに、「御頭」と呼んだシーマが前に進み出てくる。


「この喧嘩は私とガラバに売られたものです。わざわざルイードさんが出張でばる必要はないかと」


 褐色の美女は強い眼差しで見てくる。


「え、けど、ほら。一応俺はガラバの親分だし? 子に難癖つけられたら親が出るもんじゃないか?」

「子供の喧嘩に親は出てきません」


 そう言われてぐうの音もでなくなったルイードが男から手を離すと、男の方もルイードを警戒しつつシーマとガラバの方に向き合った。本能的にルイードには勝てないと判断してターゲットを変えたのだろう。


「「決闘だ!」」


 シーマとガラバが声を合わせる。だが、長剣の男は吐き捨てながら言った。


「そんなお遊びに付き合っていられるか。ここで死ね」

「!?」


 長剣の男に冒険者の矜持や暗黙のルールは通じないらしく、問答無用で斬りかかってくる。


「こいつ! シーマだけを狙って!?」


 長剣の男は女だからシーマを攻撃しているのではない。シーマを狙うとガラバが無理矢理にでも防御に入ってくるので、面白いように攻撃が当たるのだ。


「そうやって女を助けるために死ね。お前が死んだらその女は俺がたっぷりかわいがってやる!」

「そんなこと! させるか!!」


 熱血のガラバは三等級の熟練冒険者だ。だが、その太い眉が焦燥を表すほど長剣の男は格上だった。


 重たい長剣を長い時間振り回し続けられる体力、全く衰えない剣閃の速さ、シーマだけを狙い続ける技量……ガラバからするとルイードと同じような「化け物」を相手にしている気分だ。


 だが、本物の「化け物」がプルプルと身を震わせているのに気がついて、ガラバは全身から血の気が引いた。


『ルイードさんが怒ってる!?』


 普段からルイードの身近にいるガラバだからわかる。ルイードが怒るというのは、救国の勇者たちを怒らせる以上の恐怖なのだ。


「てめ……てめぇ……」

「あ? また貴様か」


 ルイードが肩を怒らせて自分の前に出てきたので、長剣の男は面白くなさそうな顔をする。


「どけ。今はその女を切り刻んで楽しんでいるところだ」

「そういう悪者のセリフはぁぁぁぁぁぁ!! 俺が言うもんだろうがぁぁぁぁぁぁ!!」


 ルイードが激高すると、長剣の男はもちろん、ガラバとシーマも周りの冒険者たちも「え」と目を点にする。


「おい、遠巻きに見てるだけの冒険者ども! てめぇらはさっさと衛兵を呼んでこい! 今の時間ならサザン通りに二人くらいいるはずだ! それと受付の嬢ちゃんたちは机の下の武器AK47なんかに触らず何もせずに下がってろ! てかまだ依頼掲示板の前にいるそこの新人バカ! てめぇは死にたくなかったら建物から出てろ!」


 ルイードが怒鳴り散らしながら命令すると、何故かみんななんの疑問も持たず言われた通りに動いた。まるでそうすることが当たり前だとがしたのだ。


「貴様、一体何者だ」

「俺様はルイードだっつってんだろうが! てめぇの脳みその記憶容量は煎餅以下か!!」


 ウザ絡みするチンピラ冒険者というお株を奪われてキレたルイードは、長剣の男を強く睨みつけた。

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