第33話 ウザいけど子分のためにひと肌脱ぐよ

「久しぶりだね、

「お前、アバンなのか!?」


 シーマにとってアバンは「誘拐しようとして失敗した相手」であり「まだ鍛えられていないヒヨコのような稀人」だった。


 だが、自分とガラバの間に突然現れたこの若者の身体能力はシーマが知る何者よりも優れていたし、全身からみなぎる覇気と自信に満ち溢れた顔つきから別人のようにも思えた。


「おいおいアバン。こちらのご婦人はさんだぞ?」


 横から彼女を取られそうなので慌てて牽制に入るガラバだったが「すまない。シーマンは偽名だ」と当の本人に言われてシュンと肩を落とす。


「だがシーマも偽名だ。本当の名前は後で二人のときに」


 シーマは小声でガラバに告げるとイタズラっ子のようにウインクして見せた。そのダークエルフスヴァルトアールヴ種の褐色の美貌に撃ち抜かれて、ガラバはコクコクと頷くしかなかった。


「ガラバ。ビランとアルダムは無事かい?」


 アバンに言われたガラバは太い眉をしかめた。


「んぁ? あったりまえだ。なんでてめぇに心配されなきゃいけないんだ」

「君たちの頭領? 御頭? 親分? まぁなんだっていいんだけど、ルイードから言伝ことづてを賜ってきた」

「ルイードの親分から? どうしてお前に?」

「僕にとってルイード様は大師匠アークマスターだからね。とにかく伝言させてもらうよ」


 アバンは、一言一句間違わずにルイードの言葉を伝えた。


『てめぇら三人を追いかけ回して俺様の街にちょっかいかけてる帝国のオータムとかいうクソ男爵を黙らせて来る。BYウザ絡みのルイード』


「マジスカ」


 嬉しいやら困惑するやらでガラバは顔をひきつらせた。


「ガラバ、どうした?」


 引きつったガラバの表情を不思議に思ったのか、シーマが顔を覗き込む。間近にシーマの美貌を見たガラバは照れ隠しに目をそらして咳払いする。そのガラバの仕草を悟ったシーマも少し照れている。


「……」


 アバンは『なんでこいつらはイチャコラしてるんだ?』と眉をしかめているが二人はアバンを無視してホワホワした空気感を作り出している。


「シーマンさんは知らないと思うが、うちの親分のルイードさんは最強だ。おそらくオータム男爵は生きちゃいられないと思うぜ」

「はぁ? あのウザ絡みしてくるチンピラが最強!?」


 シーマにとってのルイードは「帝国追放のきっかけになった仇」であり「冒険者ギルドで新人相手にウザ絡みする厄介者」くらいの認識でしかない。


 飛翔寸前の高速疾走する飛竜に追いついて、その背中まで跳躍し、軽々とアバンの入った麻袋を抱えて、十数メートルの高さまで飛翔した位置からひょーいと飛び降りるなんて、どう考えても普通の身体能力ではないのだが、シーマは「そんなことはありえない。私が動揺したせいでそう見えてしまっただけだ」と常識と照らし合わせて否定していた。


 もちろんガラバは「そんなの朝飯前でやっちゃうだろう」と納得するだろう。


 ガラバたちは各地を転々とする間に、何度か一等級冒険者の戦いを見たことがある。確かに彼らは「プロ中のプロ」で自分たちが勝てるような相手ではなかったが、ルイードの強さはそんな一等級冒険者とは強さの次元が違う。異世界からやってくる【稀人】の中でも特殊な能力を持つ【勇者】たちですら、ルイードには勝てないんじゃないかと思えるほど、人外の強さなのだ。


「あのルイードが……」

「そう。オレたちの親分は強いんだぜ」


 二人が至近距離で愛を囁くかのようにルイードの話をしているのを、アバンはイライラしながら見ている。


「そろそろイチャコラするのをやめてもらっていいか?」


「い、イチャコラなんてしてないぞこんにゃろう!」

「そ、そうだそうだ!」

「……とにかく、君たち三人はもう何者からも追われることはないだろう。だからシーマ、君が受けた依頼も【無効】だ」

「なんでそれをお前が知って……」

「僕じゃない。ルイード様だ。あのお方は何でもまるっと全部お見通しだからな」


 アバンはそう言うと、自分の目の前の空間に指を這わせた。


「栄光ある空と時間の狭間の王よ、かの門を我が前に示し給う」


 短い詠唱と共に光が空中に線を描き始め、複雑な文様の魔法陣が出来上がる。


「な、なんだそれは……」


 シーマが目を剥く。


「これは師匠から教えて頂いた転移魔法だ」


「転移魔法!? そんなのが実在するのか!? おとぎ話でしか聞いたことがないぞ!?」


 混乱するシーマを横目にアバンは「ふっ」と鼻で笑う。


「これくらいのもの、ルイード様なら詠唱なしでパッと出来るよ」


「マジスカ」


 シーマが呆気にとられてガラバのような言葉を漏らす。


 もしも自分がルイードを殺そうと襲いかかったらどうなっていたかを考えると血の気が引く。


 転移魔法を使えるということは、敵対する相手を海溝深くに転移させたり、月に近い大空に転移させたり、岩石の中に転移させたり……いくらでも簡単に殺すことが出来るだろうと想定できたのだ。


「お? 誰かいるぞ」

「あれってアバンじゃね?」


 小川で汚物を洗い流してさっぱりしたクールなビランと元気なアルダムが戻ってきた。


「喜べお前ら。ルイード親分がオータムのクソ野郎を潰しに行ってくれた。これで俺たちは逃亡生活ともオサラバだぜ!」


 ガラバが満面の笑みで言うと、二人は顔を見合わせた。


「「マジスカ」」

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