第27話 第三章 服部(はとりべ)一族の秘密

「…。岳…、起きて…。」

 身体を揺さぶられている感覚と、かけられていた言葉に我に返った岳は、頭をぶるぶると震わせた。そして辺りを見渡したと同時に驚愕した。

 あれだけ煌びやかに飾られていた装飾品等は愚か、高早瀬の宅すら綺麗さっぱり消滅していた。

 敷地だけと化した空間が、少しの瓦礫と共に広がりを見せる中、その端々にこちらを怪訝そうに眺める野次馬の群れがあった。

「あ、あめたんに吉備津彦。これは一体どういう事になっているのじゃ?」

 天鈿女と吉備津彦は、お互い困り果てたように顔を合わせると、二方同時に深い溜息をつかせた。

「聞きたいのはこっちの方よ。ホント、ニニギ命様もやってくれるわよね。これってまさかの証拠隠滅ってやつかしら…。」

 言っている意味はよく理解できなかったが、皆が無事であるならよかったと岳は思った。

「しかし天鈿女様、この先服部一族の命運はどうなってしまうのでしょうかねえ…?」

 激しくもじゃもじゃになった美豆良を解きながら吉備津彦は呟くように言うと、土に汚れた顔を擦りながら天鈿女は疲れた表情を無理やり綻ばせて、遠くに視線を浮かばせた。

「さあ…。この話は高早瀬が勝手にやらかしただけだと思うし大丈夫だと思うわよ?一応この建物諸共、全て無くなっちゃった訳だし…。」

「まあ…。確かに。」

 この二方に分からない事など、どう足掻いても理解できない事など明白だと思った岳は、その場へと起ち上がると、背を伸ばしながら胸一杯息を吸い込んだ。

 端々に囁かれている野次馬の呟きはさて置き、自分を呪いから護るべくこの地へと訪れた中で、ある意味安寧ではなかったものの、過ぎ去った今となれば苦笑してしまう描写の数々が確実に記憶へと記録されていた。

 まだまだ始まったばかりではあるのだが、濃厚且つ斬新なこの旅を心底楽しんでいる自分がいる事に気がついて、ふと二方の方を眺めてみると、何やら騒がしく声を上げて言い争っている。

「アンタね、何で初めからニニギ命様の顔知らないのよっ!!と言うか、崇神の大叔父という事は直系の筈なのに何で国津神とか言い放ってるのどこか矛盾を感じるわ…。」

「いや、これはと申しますとですな…。かくかくしかじか、まるまるうまうまの是非がありましてですな、色々とあるのでございますよ…。」

 その返答に正にほくそ笑む仕草の天鈿女。

「あ…、まさか…。もしかして、もしかしたらば、もしかするの?吉備津彦…うふふふ。」

「天鈿女様っ!!もしかしませんぞっ!!これは敢えて申し上げ奉るが、それこそ所謂、下衆の勘繰りってやつでございますぞっ!!!」

 正しく売り言葉に買い言葉。ここは上司と言えども堪らなく言葉を荒げた吉備津彦に対し、気高い天鈿女は聞き漏らす訳もなかった。

「下衆…。アンタっ!!誰に向かってそんな口きいてんのよっ!!分かったわ…、アンタがそんな調子なら、お姉さまと狭野に言いつけちゃうんだから…ふんっ!」

「いや、それだけはマジ勘弁なんすけど…。」

「いーーーやっ。私を下衆呼ばわりした事ちくっちゃうんだからっ!!吉備津彦のバカバカバカっ!!!」

「いやーーー、天鈿女様。いやーーーーー。」

 そんなやり取りの二方に、夕暮れの優しい光が降り注いでいた。

 辺り一面を、まるでその日の終りを告げるような虫の声が鳴り響いている。

 岳はふと、宵闇迫る夕暮れの空の中に弥生の顔を感じて思わず見とれていると、あの場所にいた金の鳥が群れを成して羽ばたき飛んでいる姿を垣間見た。

 ふと岳は思った。

『あの金玉、今取ったら問題にならないのかな?』、と…。

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