第19話

 私を安心させるようなリアムの声がする。


「大丈夫だ。帝都ならそう悪くはないと思う。エトルリア大陸でも一番住みやすいと思うが……伝手もあるからそこまで案内しようか?」


 リアムの優しい声に、ちょっと元気が出て来た。

 それで思ったのは、”テイト”ってなんだろうという事だった。


「”テイト”って何ですか?」


 リアムが目を瞬かせたから、何か不味い質問だったかと焦ってしまう。

 もしかして、国か都市の名前だったのかな……


「ああ、そうか、異世界から来たのなら知らないのは当然だったな……何度もすまない。改めて私が常識と思っている事は人に選っては違うのだと認識した――――それで、帝都、だな。『神聖ウーヌス帝国』というのがエトルリア大陸にはあるんだが、その帝宮があるのが帝都だ。皇帝が住んでいる所で、国の中心。つまりは首都だな。他の国では王都だが、あそこの国は帝国だからな、帝都になる。大きな国だ。この大陸では一番だな。治安もこの大陸では一番だろう」


 彼の言葉から考えると、その”帝国”はこの世界でも安心して住める場所、という事なのかな……?

 その中でも更に安心なのが”帝都”という事?

 そりゃ安全な国の首都な訳だから、一番ちゃんとしてるものなんだろう。

 あれ? でも東京って治安良かったっけ?

 東京でも場所に選るよね……

 なら帝都でも場所に選るんだろうし、そういうのを伝手があるって言うんだからリアムは詳しいのかな……?

 訊いてみても、大丈夫、だよね。


「リアムは帝都に詳しいの……?」


 彼は苦笑しつつ答えてくれた。


「まあ、多少はな。それで、どうする? 帝都に行くか?」


 リアムの言葉を聞いて、考えてみる。

 そして、この世界に来てからずっと思っている事を訊いてみた。


「――――あの、私が元の世界に帰る事って、出来ないんでしょうか……?」


 リアムは難しい顔になってしまう。


「……分からない。帰る術があるのかもしれないし、無いのかもしれない。私には判断できない――――すまない……」


 申し訳なさそうなリアムを見たら、私の方が申し訳なくなって慌てて声を掛ける。

 これは今日明日でどうにかなる問題じゃないんだと思う。

 なら今は後回し、置いておいた方が良い。


「あの、大丈夫ですから! 色々自分で頑張ってみます! だから、その、気にしないで下さい!」


 リアムは苦笑しながら私を見る。


「ありがとう。私も方法を探してみよう」


 表情を和らげたリアムに私はホッとする。

 だから、訊き辛い事を一気に訊いてしまおうと、リアムに会ってから不思議に思っていたことを聞く事にした。



 それはとても勇気がいる事で、訊いたらリアムに捨てられるんじゃないかとか、呆れられるんじゃないかとか、色々考えた。

 でも知らないままなのはやっぱり不安で、結局私は、彼と正直に向き合いたいのだと思う。

 どうしてかは分からない。

 だけどどうしても私は彼との関係は真っ直ぐでありたいと思っているんだから、ちゃんと訊こう!

 なけなしの勇気を搾りだし、彼を見詰める。


「どうした?」


 不思議そうなリアムの表情を見て、ちょっと息を吐いてから訊いてみる。


「――――あの、どうして、そんなに私に親切なんですか……?」


 ようやく私の口から出たのはそんな言葉で、訊きたいのとはちょっと違う。

 本当に訊きたかったのは、どうして助けてくれたのかなのです。

 だけど私はそれを聞くのが不思議と怖くて、どうしても聞けなかった。



「趣味だな」


 さっくりとリアムが言った言葉に耳を疑う。

 思わずオウム返しにしていた。


「趣味?」


 リアムは頬を掻きながら苦笑していた。


「正確には私の信仰する教義に合致するからだな。教義を実践するかどうかは自由なんだし、実践したらそれは趣味だと個人的には思っている」


 私には驚きの連続で、どうにも分からない。


「――――それだけですか……?」


 リアムはコクンと肯く。


「ああ。ミウは信仰する神はいないのか?」


 そう言われると、何を信じているのかが分からなくなった。

 クリスマスとハロヴィンもお祝いするけれど、お正月には神社に行くし、三が日の内にお寺にも行く。

 お盆もお寺に行くし、春秋の彼岸にもお参りに行く。

 曾お祖父ちゃんのお葬式は仏式だった様な……

 なら仏教、だよね……

 宗派なんだっけ……?

 そういうのは妹の美彩が熱心で、私は三が日とお盆はお寺に行くけど、お彼岸は行かないなんてざらで、でも妹は行っていたはず。



 ――――私って、なんか中途半端だ……



「良く分かりません……家族には信じている宗教があったみたいですけど、私はそういうの疎くて……」


 肩を落としながら呟いていた。

 まるで元気が無くて、自分の不確かさとかが怖くなる。

 思い出したのは、お父さんの言葉だ。

 海外だと顕著らしいが、過激なのは宗教を信じない人の方らしい。

 神を信じないという宗教を信じているのだから、そうなるものだとか。



 お父さんはこうも言ってたっけ。

 日本は多神教だけど原始宗教的な側面もあるから、他の多神教と比べても寛容、らしいとかなんとか。

 えっと、唯一神教、拝一神教、多神教、自然崇拝の原始宗教だったかな……その順で他の宗教に対して厳しい、だったっけ?

 なんか朧げだけど、そう言っていた様な気がする。



 なら、こっちの宗教次第で私の立ち位置とか大変なんじゃ……

 馴染む努力をしないと、目を付けられちゃうかもしれないし……

 そうなったら絶対困る。

 悪目立ちして良い事なんてないって思うんだよね。

 ……どうしよう……



「それはまた難しいな。だが何も特に信仰していないのは逆に良いと思う。こちらの大陸はウェリタス教以外は信じられていないからな……下手にこだわりがあると苦労するだろうから」


 リアムの言葉に、ただ瞳を瞬かせるしか私には出来なかった。

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