第5話 ラジオ運動

 引っ越しをした翌日の朝。

 なぜかやたらと早起きしたアスカちゃんさんに、


「ステラ、ラジオ運動に行きましょう」


 そんな風に誘われたわたしは、近所の公園にやってきていた。


 でも「ラジオ運動」だなんて、ちょっと変な言いかただよね。

 普通「ラジオ体操」だよね?


 あ、あれかな?


 「ラジオ体操の歌」はJASR〇Cの管轄だから、ここで出すと色々と問題になるからかな?

 だから「ラジオ運動」って言い換えてる、とか?


 フェアユースすら許さない、1か0の二進法スタイルのJ〇SRACは、細かいところまでうるさいしね。

 わたしはそう当たりを付けた。


 そんなことを考えているうちに、ラジオ運動が始まった。


 チャンチャーチャ、ラチャチャチャ、チャンチャーチャラー♪


 あれ?

 なんだかすっごく聞いたことあるイントロだよ?


 もしかして普通のラジオ体操なのかな?

 なーんだ、わたしの考えすぎか。


 ――そう思っていた時期が、わたしにもありました。


『新しい麺が来た~♪ うどんの麺だ~♪』


 !!??


「な、何この歌っ!? まさか、うどんを礼賛らいさんしているの!?」


 わたしは驚きのあまり声を上げてしまった。

 すると、


「ラジオ運動、つまりラジオUNDO。UNDOとはつまりUDON=うどんでしょ? ラジオ運動とはつまり『ラジオうどん』ってわけね」


「!!??」


「体操で身体を動かしながらうどんを褒めたたえることで、効率的に脳にうどんパワーをいきわたらせることができるのよ」


 アスカちゃんさんがひどすぎる説明をしてくれた。

 ぶっちゃけ意味が解らない。

 

 でも、これだけうどんを礼賛されると、ふとしたことで「うどん」と口走ってしまいそうになる――はっ!


「もしやこれは、うどん洗脳ですね!?」

 わたしはその結論に行きついてしまった。


「ふふふ、やっと気づいたようねステラ。あなたはいい後輩だけど、あなたが蕎麦好きなのがいけないのよ」


「ひどい! 信じてたのに!」

「大丈夫よ、すぐに気持ちよくうどんを褒めたたえるようになるわ」


「く――っ! だけどわたしは、耐えます! この洗脳に耐えてみせます! この心に大空に輝く蕎麦の太陽がある限り、わたしは耐えることができるんです――!」


 その後も、うどんを褒めたたえる歌が延々と続いていった。


 アスカちゃんさんたちはなにも言わずに、それに合わせて体を動かしていく。


 くっ、まさかこんなことになるなんて……!

 でもわたしは高い志を持った生粋の蕎麦派!


 こんな歌くらいで洗脳なんてされなんだからねっ!


 蕎麦の~ままの~♪

 自分になるの~♪


 わたしはいつかの銀河アイドルデビューに向けてこっそり作詞作曲していた必殺の蕎麦ソングを、念仏のように心の中で唱え始めた。


 うどんによる洗脳には、蕎麦ソングで対抗するのだ!


 耐えるんだステラ!


 May the SOBA be with you!

 蕎麦とともにあらんことを!


 わたしが必死にうどん洗脳に耐えていると、


「ねぇステラ……今、蕎麦って言ったでしょ?」


 ひぃっ!?


 気が付くと、感情の色を全く感じさせない真顔のアスカちゃんさんが、これまた全く感情の伝わってこない静かな声で言いながら、わたしの顔を下から覗き込んでいたんだ。


「えっ、いや、まさかそんな」

「今チラッと聞こえた気がしたけど?」


 やばっ!

 心の中で唱えていたつもりが、口に出ちゃってたみたい――!


「き、気のせいですよ、アスカちゃんさん。や、やだなぁ。あ、ほら、体操が続いてますし、話すのはこれくらいにしておきましょう! いっちにー、いっちにー!」


「まぁそう言うことにしておいてあげましょうか」


 その後もわたしは心の中でマイ蕎麦ソングを歌うことで、うどん洗脳に耐えきったのだった。

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