第58話 着ぐるみ士、区長と会う

 もう隠さなくてもいいやと転身を解いて狼人ウルフマンの姿に戻った俺は、ギュードリンに連れられて城下町の大通りを抜け、城の前までやってきた。


「ここが私の城だよ」

「はー……」


 前方に手を伸ばすギュードリンの指し示す先を追いながら、俺はため息を吐いた。

 背は高くないが大きな城だ。自治区が出来てからおよそ五年、作られてからまだ日が経っていないこともあって、石造りの壁面に汚れや傷は見られない。魔王城の石壁は勝手に傷を修復する魔法石で造られているともっぱらの噂だが、ここの城は特にそうした魔法はかけられていないように見える。

 そして石壁に使われている石材のあちこちに、魔界文字で魔物の名前が刻まれていた。きっと、町の魔物がギュードリンのために力を尽くして、この城に使った石を運び、組み上げて建てたのだろう。

 城を見上げながら俺が感嘆の声を漏らす。


「時が時だったら、魔王城って呼ばれていたわけですよね、これが」

「今でも町の魔物たちは魔王城って呼ぶよ。その方が収まりが良いらしいし……それにイデオンのことを嫌っている魔物も多いからね」


 城門をくぐり、扉の前まで歩きながらギュードリンが説明する。

 すっかり獄王派と神魔王派に分かれている魔物たちだが、神魔王派の魔物は殊更に獄王イデオンを毛嫌いしているとギュードリンは話していた。それ故、彼女のことを今でも魔王と呼ぶのだろう。

 城の扉の前では、これまた屈強な獣人の魔物が二人、鎧に身を包んで槍を片手に警備をしていた。ギュードリンと俺たちの姿を認めて、槍の石突で足元の石畳を打ち鳴らす。


「魔王閣下、おかえりなさいませ。そちらの方が、例の?」

「ああ、そうだ。シグヴァルドには話を通してあるね?」


 気安く片手を持ち上げたギュードリンが返事を返すと、扉の右側に立っていた狐獣人の兵士がにこやかに微笑んだ。


謁見えっけんの間でお待ちです。皆様、どうぞ」

「ありがとうございます」


 丁寧な所作で扉を開けてくれる兵士に頭を下げながら、俺は『魔王城』の城内に足を踏み入れた。世が世なら魔王領の魔王城になれるこの城、魔王と一緒に立ち入ったなんて、冒険者仲間に話したら飛び上がられることだろう。

 城の中は魔王の城らしく荘厳な作りになっていたが、決してきらびやかではなかった。必要最低限の調度品ちょうどひんや絵画が飾られたホールが、俺たちを出迎える。

 城のホールを進みながら、俺は首を傾げて問いかけた。


「ギュードリンさんがいるのに、シグヴァルドさんが謁見の間を使って良いんですか?」

「私から、使うように言ってあるんだよ。外向きの統治者はあの子だからね」


 俺の言葉にギュードリンは苦笑しながら返事を返す。なるほど、区長というならこの区の統治者。謁見の間に座るのに何の違和感もないというわけだ。

 そうこうする内にホールの奥の扉を抜け、待機の間に入る。そこの先にある扉をくぐったら、謁見の間だ。扉の脇に立つウルフがギュードリンを見る。


「ご到着ですか、魔王閣下」

「ああ、開けるよ」


 狼に短く返事を返しながら、ギュードリンが視線を向けるのは俺の肩の上だ。そこから飛び降りるアンブロースと、その向こうのリーアに声をかける。


「リーア、アンブロースも転身は解きな。言うまでもないと思うけど」


 ギュードリンに声をかけられた二人が、こくりとうなずきながら俺から距離を取った。そして俺と、俺の肩に乗ったままのティルザが目を見開く。

 なんでわざわざ、城の中で転身を解かないとならないのだ、とも思うのだが、リーアもアンブロースも特段疑問に思う節はないらしい。


「はーい」

「それが魔王と謁見する際の『ルール』であるからな、仕方ない」

「そんなルールあるんですか、魔物には……」

「チィィ……」


 リーアとアンブロースが転身を解き、ウルフとサンダービースト本来の巨体に戻ったのを確認したギュードリンの手が、扉の取っ手を握った。ゆっくりと扉を押し開けば、城のホール同様に華美すぎない内装の謁見の間が現れる。

 謁見の間を固める獣人の兵士たちが並んで俺たちを出迎える、その向こう。大きな玉座に腰を下ろす、狼耳と尻尾の生えた見た目50代の銀髪の男性が俺たちを見ていた。


「おかえりなさい、お母様、リーア」

「ただいま。連れてきたよ」

「伯父さん、ただいまー!」


 存外に丁寧な口調で話しかけてきた男性に、ギュードリンとリーアが返事を返す。「おかえり」「ただいま」とは何とも家庭的だ。血族なのだからある意味当然の対応でもあるが。

 ギュードリンとリーアに目を向けていた男性が、その透き通った水色の瞳を俺へと向けてくる。切れ長の瞳からの鋭い眼光が俺を射抜くと、表情を緩めながら胸に手を当てた。


「そちらの方が、ジュリオ・ビアジーニ殿ですね。お初にお目にかかります、ギュードリン自治区の区長を務めております、シグヴァルド・ファン・フェーネンと申します。よしなにお願い申し上げます」

「よ……よろしくお願いします」


 男性――シグヴァルドが俺に自己紹介をするのに合わせて、俺も慌てて頭を下げた。

 思っていた以上に丁寧に応対されて、少々むず痒い気持ちもある。というかこんな丁寧な口調で挨拶をしてくる国のトップなど、俺には経験がない。

 俺の内心の焦りなど気にすることもなく、シグヴァルドは俺に話しかけてくる。


「ルングマールやサーラから伺っております。ルングマールとちぎりを交わし、末弟として血族に加えられたことを。フェーネン一族一同、新たな家族を歓迎いたします。封身を施している身ゆえ、かような姿での挨拶をご容赦ようしゃください」

「えぇと……ありがとう、ございます。き、気にしないでください」


 ここまで丁寧に応対されると、逆に慣れない。俺の心の中はパニックだ。

 俺のどぎまぎしながらの答えに、シグヴァルドがゆるゆると頭を振る。


「こちらこそ。能力も行動力もある者が血族に加わるのは喜ばしいことです。聞けば早々に、ジュリオ殿はX級に認定されたとのお話。その若さにして生物としての高みに到達なされたこと、家族としても誇りに思います」

「ひい……」


 もう、勝手が違いすぎて訳が分からない。引きつったような声しか俺の喉からは出なかった。

 勇者パーティーの一員だった俺は、色んな国の国王、君主に謁見したことがある。だがどの君主も居丈高で横柄で、そういう相手なら俺も慣れている。

 だがそれとは真逆のこの対応。こんな時、どんな思いで話を聞けば良いのかさっぱり分からない。

 混乱しっぱなしの俺をよそに、シグヴァルドは再び視線をギュードリンへと向けた。


「ところでお母様、フェーネン一族の家長かちょうとして、ジュリオ殿のパーティーを『群れ・・』と認める手続きは、既に?」

「あ、まだだ。自治区に戻ってきてからやろうと思ってたんだけど」


 彼の言葉にハッとしたように、ギュードリンが手を打った。どうやら何かやろうと思っていたことがあるらしい。

 しかし、その際に耳慣れない単語が彼の口から飛び出した。「フェーネン一族」という単語も気になるが、それ以上に。


「群れ?」


 その単語をオウム返しする俺だ。全員の視線が俺へと向けられる。

 さっぱり意図を掴めないでいる俺に、ギュードリンが人差し指を立てながら笑った。


ウルフとしての行動単位だよ。冒険者がパーティーを組むみたいに、ウルフも群れという集団を形成して行動する。その群れを群れとして認めるのは、群れを束ねる家長である私の役目だ」


 曰く、ウルフは三頭から十数頭の集団を形成して行動し、その集団の中で家族のようなつながりを作るらしい。その群れが大きくなればなるほど、群れの中で多数の小さな群れを内包するほど、群れのリーダーがウルフの中で権力を持つのだそうだ。

 アンブロースが続けて言う。


魔狼王フェンリルというのは強大な群れの長の証でもある。シグヴァルド殿はこの自治区、ルングマールはオルネラ山を中心とした西部地域の群れを束ねる。貴様のパーティーも広義の意味では群れだからな、フェンリルを正式に名乗るならギュードリン様に認めて頂く必要があるのだ」


 アンブロースの言葉にかくんとあごが落ちる俺だ。確かに彼女にそんな話を聞いた記憶はあるけれど。

 今まで散々『魔狼王フェンリル』の称号を冠してきて、他人からも『魔狼王フェンリル』と呼ばれて、自分でもそう言ってきたのに、それが正式に認められたものではなかっただなんて。

 これでは自称していたのと何ら変わりがないではないか。恥ずかしくてうつむく俺だ。


「えぇ……正式にって、俺、今まで自分で言ってたのが自称してたみたいですごく恥ずかしいんですけど」

「何を言ってるんだい、ジュリオ君は立派にフェンリルしてるじゃないか。後で手続きしてあげるから、しゃんとしな」


 そんな俺の背中をギュードリンがぱしんと叩いた。なんだろう、すごく居たたまれない。

 困ったように笑いながら、シグヴァルドが口を開いた。


「そうですね、お母様との手続きが終わりましたら、城内をご案内いたしましょう。それでは、話題を変えまして……お母様」


 と、シグヴァルドの声が一瞬、冷え込むように冷たい色を帯びた。その声を聞いたギュードリンも一転、真剣な目つきになる。

 凛とした空気が謁見の間に満ちる中、シグヴァルドが重々しく告げた。


「報告いたします。自治区に獄王の手のものが・・・・・・・・現れました・・・・・

「へぇ……?」


 その言葉に、ギュードリンの目が面白そうに細められる。同時にリーアとアンブロースの目が大きく見開かれた。

 まさか、自治区そのものにまでイデオンの魔の手が伸びていたなんて。信じられない気持ちになりながら、シグヴァルドの話に耳を傾ける俺だった。

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