第49話 着ぐるみ士、元魔王に問う

 さて、また雑談を始めようか、という空気になったところで、俺はさっと手を挙げて言った。


「あの、ギュードリンさん。俺、実はアルヴァロ先生にお会いした後、そちらの自治区にお伺いしてお会いしようと思っていたんですけど」


 そう、ここにギュードリンが来ていることこそ予想外だったが、元々はアルヴァロに挨拶をして必要な話をして、ギュードリンと連絡を取る方法を得たら、ギュードリン自治区に向かって出発する予定だったのだ。それが彼女がここにいる。こんなに幸運なことは無いだろう。

 いろいろと順序をすっ飛ばしての邂逅に、ギュードリンも目を見開く。


「へえ? うちに来るつもりだったんだ」

「お……っ、いや、今のお主なら、問題なく行けようが、のう」


 そして俺の言葉を聞いて、アルヴァロが再び絶句した。その彼も、俺が元々ギュードリンへ渡りをつけてもらうためにやって来たことを話せば、すぐに納得の表情になった。

 肩の力を抜く彼に、俺が苦笑を見せる。


「まぁ……リーアと出会う前の俺だったら、死んでも行こうとは思わなかったと思いますよ、先生」

「今の貴様は良くも悪くも魔物寄りであるからな。このお方の血縁に連なるゆえ、『門番・・』もすんなり通すだろう」


 アンブロースも俺の膝の上で小さく頷きながら、俺の腕に前脚を乗せてきた。

 ギュードリン自治区は深い森に囲まれており、森にかけられた魔法によって侵入者を阻み、森の内側に誰も通さないようになっている。「門番」と呼ばれるその魔法をかいくぐれるのは、ギュードリンが認めた人間および魔物のみ。だから今の俺だったら、ほぼ問題なく抜けられるわけだ。

 これが、ギュードリン自治区が自治領として世界全体から認められ、また獄王イデオンから独立性を保っている大きな理由だ。ギュードリン派の魔物にとっては、まさしく楽園だろう。

 そしてその楽園の長たるギュードリンが、嬉しそうに大きく頷いた。


「そうかそうか。いいね、君なら大歓迎さ。うちの子たちもきっと、君と会えたら喜ぶだろう」

「喜ぶ……ですか」


 彼女の満面の笑みに、俺の胸中は複雑だった。

 今でこそ「着ぐるみの魔狼王」として名前が知られ、魔物寄りの立場の冒険者という立ち位置も馴染んできたが、つい先日まで俺はその反対側の立場にいたのだ。

 「白き天剣ビアンカスパーダ」の一員として、ブラマーニ王国の冒険者として、着ぐるみ士キグルミストとして、俺はたくさんの魔物をその手にかけてきたというのに。

 だから、俺の口からはごくごく自然に、戸惑いを露わにする言葉が出ていた。


「いいんですか。俺、ついこの間まで普通の人間で、魔物をあれこれ退治してAランクまで上り詰めた、冒険者の一人ですけれど」


 俺の沈鬱な表情と言葉に、ティルザが首を傾げた。思えば彼女の前でこんな顔をするのは、きっと初めてだっただろう。


「チィ?」

「ふむ」


 戸惑うティルザを見上げながら、アンブロースも鼻を鳴らす。何か言いたげな様子だったが、小さく声を漏らしただけで彼女は何も言わなかった。

 リーアに至っては完全にきょとんとしている。俺が発した言葉の真意を汲み取るには、彼女はまだまだ幼いのだ、きっと。

 目を二度三度と瞬かせるギュードリンに、俺は言葉をぶつけていく。


「ルングマールさんと契りを結んだことだってそうです。俺はリーアの善意で、冒険についてきてもらっているに過ぎない……そのリーアから力を分けてもらって、着ぐるみまで作らせてもらって。それなのに、家族に迎え入れてもらって、こんなに力をつけさせてもらって……大っぴらにギュードリン自治領の中に入って、いいのかと」


 俺の漏らした本音に、誰もかれもが押し黙った。

 そう、俺は結局、リーアにもルングマールにも個人的に・・・・気に入られた末に、こうして立っているに等しいのだ。アンブロースについては直接相対して分かりあったし、ティルザはホーデリフェから託されたから、この二頭には明確に俺についてくる理由があるが。

 正直、収まりがずっと悪かった。俺のメンタルはまだまだ人間の冒険者のそれなわけで、分不相応な力を預かっただけ、と言っても過言ではないはずなのだ。

 そのままじっと、自分の手を見ながら黙りこくる俺に、ギュードリンが唸りながら腕を組んだ。


「うーん、やっぱりそうか。人間って皆そういうとこ・・・・・・気にするよねぇ」

「えっ」


 その、俺の悩みの全てを、人間全てに当てはめるようなことを言いながら真剣に唸るギュードリンに、思わず目を見開く俺だ。

 何を分かった風に、と口を突いて出そうになる寸前で思いとどまる。彼女は俺より何倍も長生き・・・して、何十倍もの人間をその目で見てきているのだ。試行回数が俺とは段違いだろう。

 だからこそ、俺の言葉を人間全てに当てはめたとして、拡大解釈とは言えない。それを裏付けるように、難しい顔をしながら彼女は話し出した。


「アルヴァロも同じこと聞いて来たんだよ。『これまで多くの魔物をこの手で殺してきたのに、今更自治区に客人として招かれていいものか』ってね。ジュリオ君もこれまで冒険者として活動してきた中で、いろんな魔物と出会って、時には殺してきたんだろう」


 話をしながらアルヴァロの肩に手をかけるギュードリンだ。唐突に肩を叩かれた彼がびくりと身を強張らせる。その反応を見るに、実際に問うて、同じように返されたのだろう。

 まっすぐに俺を見てくる彼女にこくりとうなずきを返すと、納得したように彼女もうなずいた。そして手をひらひらと動かしながら、ソファーの背もたれに身を預ける。


「でも、私たちにとって既に殺された魔物のことは、それこそ『どうでもいい』。君もどこかで聞いたことはあるだろ、魔物の生まれ方について」

「あ……あー、前にアンブロースが話していた、『魔力が高まれば、勝手に増える』って、やつですか」


 彼女の発言に、俺の口が思わず開いた。そういえばピスコボ森林の植林の手伝いをしていた時に、アンブロースからそういう話を聞いたんだった。

 魔物は自然と発生する。だからたくさん殺されようとも問題はない。自分の部下なり、友人なり、家族なりをあれだけ俺達が殺したのに、彼女は随分あっけらかんとしていたが、こうして話を聞いていると、魔物にとってはそれが普通・・なのだな、と改めて思い知らされる。


「そういうこと。私たち魔物は『家族』って概念が希薄だからね、人間と魔物で殺し殺されしてたとして、顔見知りがいつの間にかどこかに行った、くらいなもんさ。しかし優しいねえジュリオ君、冒険者なのにそんなこと気にしていたのか」


 開いた口が塞がらない俺に、ギュードリンがニコニコしながら明るく話しかけてきた。

 優しい、か。確かに元々性根が優しい方だとは思っていたけれど。

 俺の瞳が力を取り戻すのを待って、彼女は再び口を開く。


「魔物を殺した人間が会いに来たとして、私たちから見たら『強い人間がやって来た』ってだけだし。その強い人間が私たちを殺そうとせず、話をしたい、仲良くしたいってんなら、私たちは喜んで迎え入れる。冒険者も冒険者でない人間に対しても、私たちは同じように、人間として扱うしね」


 彼女の、至極当たり前のことを話すように発せられた言葉に、俺は胸の奥がチクリと痛むのを感じた。

 これがルングマールのように、一般の魔物だったらそういうものか、で済んだだろうと思う。しかし彼女は、決してただの魔物ではない。今はその位を辞したとはいえ、魔物の王として君臨していた者なのだ。

 その魔王が、これほどまでに人間に融和的なことを言ってくると。一応現役の冒険者である俺としては、複雑だ。

 頭の中で思考が渦を巻く。渦からはじき出された思いが、俺の口を突いて出る。


「なら、なんで……」

「うん?」


 ぽつりと零された俺の言葉を聞いたギュードリンが首を傾げた。そんな彼女に、俺は静かに疑問を述べた。


「なんで、イデオンと、配下の魔物は、そうしないんでしょうかね……?」


 何故、ギュードリンとイデオンでこれほどまでに方針が異なるのか。いくらギュードリンの方針に反対して即位した王とはいえ、ここまで魔物の動きが、考え方が大きく異なるのか。

 正直分からない。俺がオルネラ山で解雇を言い渡される前までと、それから後で、俺が出会ってきた魔物たちが、どうしてこんなにも違う・・のか。

 俺の胸から吐き出された思いを受け取ったギュードリンが、うっすらと笑った。


「簡単なことだよ」


 そう言いながら彼女は自分の胸に手を当てる。世間一般の人間と全く見分けのつかない、年齢のわりに随分肌つやのいい胸に。


「私は、人間と魔物は同等だと考えている。けれどあいつは、人間より魔物の方が上等だと考えている。その違いさ」

「あ……」


 彼女のその簡潔な言葉に、俺はハッとした。

 人間にも「人間は魔物より上等だ」という者はいる。ナタリアなどまさにそのタイプだ。魔物にもそういう考え方をする連中がいて、その連中が今、魔王の座に就いている、そういうことなのだ。

 呆れたようにため息をつきながら、ギュードリンが両手を顔の前から離すようにして言う。


「魔物も一枚岩じゃないからね。現に大別して、イデオン派とギュードリン派に分かれているだろう? あいつはこっち側にちょいちょい手を出しているけどね」

「あぁ……ホーデリフェさんにやったみたいに……」


 彼女のため息交じりの言葉に、俺も深くため息をついた。きっと彼女も、元魔王として色々と悩みは尽きないのだろう。

 やっぱり、彼女と直接話を出来てよかった。俺は予期せぬ彼女との出会いに感謝しつつ、ギュードリンの話にもう一度耳を傾けるのだった。

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