第37話 着ぐるみ士、谷の底に向かう

「いや、ジュリオ、待って、いろんな意味で待って」


 フェニックス達を助け出し、彼女達に体温調節を補助するため、炎魔法第一位階の加熱ウォームを使う中、ノーラが信じられないと言わんばかりに目を見開いて俺を見てくる。

 何事か、と彼女の方を向くと、ノーラが俺の頭上、そこに表示されているであろうステータスを指さしながら声を張り上げた。


「この魔力枯渇の只中で? 火炎操作フレイムオペレートを三分は使って? それでMP魔法力が一割どころか五分ごぶも減ってないの?」


 彼女が物申したいのは、俺のMPについてだ。

 火炎操作フレイムオペレートは発動している最中にどんどんMPを消費するタイプの魔法だ。その消費量は何気に多く、高位の魔法使いソーサラーでも一分間の連続使用でMPを半分は持っていかれる。

 それが、俺が先程三分間・・・炎を上に逃がし続けて消費したMPは390。魔力枯渇で100ほどMPが空中に拡散しているとしても、二分にぶ弱しか消費していない計算だ。

 アニータも信じられないものを見る目で、俺の頭上のステータスを見上げている。


「信じられないです……空気中の魔力を使ってMPを回復できないどころか、MPが空気中に拡散していく状況下で、そこまで魔法を使ってみせるだなんて」

「とてつもないな……MP消費軽減のスキルでも持っているのかい?」


 トーマスも不思議そうに首を傾げている。二人に対して、俺はゆるゆると首を振った。別に消費量が少ないんじゃない、俺のMPの最大量が莫大ばくだいなだけだ。


「いや、炎魔法に関しては、軽減系のスキルは無いはずです。風魔法なら『魔王の血脈(獣)』が軽減に効果を発揮するんですけど」

「今の仕事を成し遂げて、その程度の消費で済んでいるのなら、私たち三頭はこの環境下でも気にせず魔法を使用できる、と言えような。リーア、貴様はどうだ」

「だいたい100ちょっと減ったくらいかな? 全然平気よ」


 アンブロースもくい、と頭をリーアの方に向けると、リーアも両腕を広げながら笑う。彼女たちについては、何も魔法を使っていないので魔力枯渇で持っていかれる分しか減っていない。MP最大値の少ないリーアですら、減少度合いは二分にぶ足らずだ。

 これなら、MPが徐々に減っていく状況だろうと、問題なく魔法を行使できる。もちろん、俺達なら、というただし書き付きで。


「見ての通りです。『枯らす者』エフメンドは、俺たちならきっと討伐できる。この環境下でも、恐れるほどじゃない。だけど、そいつの居場所までたどり着くには、皆さんの協力が必要です」

「我々はエフメンドが、この峡谷のどこにいるのかを知らない。それを知り得るのは、今は貴様らだけだ」


 俺と、アンブロースの言葉を聞いて、その場の全員が神妙な面持ちになる。

 そう、俺達でさえも、悠長に峡谷の地下洞窟を探索している場合ではないのだ。

 長時間の探索はそれだけMPを削る。討伐を終えたら恐らく魔力枯渇は解消し、再びMPが自然回復するようになるだろうが、討伐する際にMP切れを起こしたら、暗くなって戦いにくいだろう。

 すぐにエフメンドの居場所までたどり着くには、「踊る虎ダンザティーグレ」と「七色の天弓アルコバレーノ」の協力が、必要不可欠なのだ。

 観念したように、ノーラが深くため息をついた。


「分かった、分かったわよ。もちろん手伝うわ、それでいいんでしょ?」

「露払いは、僕たちに任せてください……さっきも、そう言いましたし」

「道案内は私がします。皆さんは安心して、私についてきてください」


 アルフィオが自分の胸を叩き、アニータもゆるやかに微笑む。

 よし、これなら間違いなく行ける。自信を持ってうなずいた俺は、幾分か生気を取り戻したホーデリフェに目を向けた。


「分かりました。それじゃ早速降りましょうか。ホーデリフェさんたちは、ここで休んで魔力を少しでも回復させてください」

「はい……ありがとうございます」


 ホーデリフェも先程よりはハリのある声で、返事を返してくる。この調子なら、この場所でしばらく休んでいれば、自力で体温を維持できるようになるだろう。

 と、ロセーラが困惑顔で自分の横に並ぶ冒険者達を見やった。


「でも、これだけの人数だぞ? ジュリオたちは飛翔フライトを使っても問題ないだろうけど、私達は……」

「あ、そこは心配要らないです。ちょっと離れて……」


 彼女の言葉に俺はすぐさま反応すると、「踊る虎ダンザティーグレ」と「七色の天弓アルコバレーノ」の面々から距離を取った。そしてリーアと一緒に人化転身を解き、ウルフの姿へと戻る。


「ほら。こうして、俺、リーア、アンブロースにそれぞれ二人ずつ、分かれて乗ればいいです」

「「あー……」」


 そう、つまりは俺達三頭が彼ら六人の脚を担えばいいのだ。俺達の体格なら人間二人は問題なく乗れる。そうして俺達が飛翔フライトを使って下まで降りる。そういう算段だ。

 納得したように、各々が伏せた俺たちの背中に乗っていく。俺の背にはノーラとアニータが、リーアの背にはミルカとロセーラが、アンブロースの背にはアルフィオとトーマスが乗る形だ。


「じゃ、じゃあその、失礼します……」

「うわぁ……ジュリオもっふもふだぁ……こいつ……」


 恐る恐る俺の背中を両手と足で挟むアニータの前で、ノーラが俺の首元の毛に両手を突っ込んで、何やら恨みがましいことを言っている。なんでだろう。

 ともかく、彼女達を背に乗せて峡谷の際まで歩き、首をぐるりと回して念を押す俺だ。


「じゃあ皆さん、しっかり掴まっていてくださいね?」

「途中で手が離れて落ちても、私は責任を取らないからな」

「いっくよー!」


 アンブロースも、リーアもそれぞれ冒険者に声をかけ、ぐっと両脚に力をこめる。

 そして。


「「空を駆けろ! 飛翔フライト!」」


 魔法を発動させながら、俺たち三頭は一気に空中へと身を躍らせた。

 体重が一気に軽くなり、足先が空気の層を掴む。このまま前に進めば空中を走るように向こう岸へと渡れるが、今は谷底が目的地。首を下に向ける。

 と。


「え――」

「ちょ待――っ!?」


 ミルカとアルフィオの声がしたと思ったら、俺の両脇に位置していたリーアとアンブロースの姿が、既に遥か下にいた。


「えっ」


 俺は切り立った崖の上を、比較的速度を抑えめにして駆け下りるようにしながら、目を見開いた。

 あの二頭の降下速度は、ほとんど自由落下の勢いだ。ロセーラの長い髪がぶわっと宙に舞い上がっているのも見える。飛翔フライトの効果切れだとか、重量オーバーだとか、そんなことでは決してない。

 あの二頭、間違いなく着地の時だけしか・・・・・・・・飛ばないつもりだ。


「いやぁーーーーっ!?」


 ノーラが悲鳴を上げながら前方に手を伸ばした。耳をつんざく声に頭がぐらりと揺れるが、今は文句も言っていられない。

 程なくして俺が谷底に到着すると、そこには傷一つなく平然としているリーアとアンブロース、そして彼女たちの背中の上でへたり込んでいる四人の姿があった。

 予想通りだ。二頭は落下するだけ落下して、着地する時だけ飛翔フライトの効果で飛翔、緩やかに着地したのだ。

 確かに二節省略した飛翔フライトだと、一般的には飛翔できて十数秒。これだけ深い峡谷だとそういう使い方をするのも分からなくもない。だから基本的には一節省略まで、がこの魔法の通例だ。

 しかし、俺達は別だ。二節省略したって三分は優に飛んでいられる。つまり、彼女達の魔法の使い方・・・の問題である。

 ノーラがわなわなと身体を震わせながら、大きく声を荒げた。


「バッ……カじゃないの、アンタたち!?」

「す、すまない、ほんとすまない。悪気はなかったんだ、絶対」


 ノーラに顔を寄せながら、必死に俺は謝る。謝ってどうにかなるわけでもないが、悪いことをしたのは確かだ。

 アニータがぽかんとしながら、静かに声を漏らす。


飛翔フライトを、二節省略して使う人、初めて見ました……」

「し、心臓が、まだ、バクバク言ってる……」


 トーマスが腰が抜けた様子で、アンブロースの首にすがりながら声を発した。これは、すぐには立てそうもない。

 そしてこの問題を引き起こした当のリーアは、何が起こったのか、自分のしたことが何を引き起こしたのか、さっぱり分かっていない様子だった。


「ジュリオ、あたしたち、何かおかしいことした?」

「えー……まあその、おかしいと言えば、そうだな……」


 首を傾げる彼女に、俺は視線を宙にさまよわせる。

 どう説明しようか、この後どうやって先に進めばいいか、思考を巡らせる俺だった。

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