第21話 着ぐるみ士、雷獣王と勝負する

 ジャコモとリーアの説明を受けて、冒険者達が撤退を開始したのを見たアンブロースは、くいと顎をしゃくり、右目の傷を見せつけながら口角を持ち上げた。


「人間どもを逃がし、ジャコモとリーアまでも逃がしたか。賢明だ」


 その傲岸不遜な物言いに、着ぐるみの内側で眉間にしわを寄せながら俺は返す。


「お前が本気で戦ったら、ピスコボ森林は跡形もなくなるだろ、『雷獣王』アンブロース」

「当然だ。俺はこの森を気に入っているが、この森の木々までも気にしていられん」


 対して、彼は自分の周囲に残った木々に視線を向けながら答える。

 先程の戦闘と、アンブロースを殴り飛ばした際の影響で、既にサンダービーストと会敵した周辺の木々も、下草も、酷い有様だった。なぎ倒され、焦がされ、燃やされて……まるで焼き討ちでもあったかのような状況だ。

 そんな、既に森の様相を為していないに等しい森の中をゆっくりこちらに歩いてきたアンブロースは、俺から10メートルは離れたあたりで足を止める。そして、まっすぐに俺を見つめてきた。


「ジュリオ・ビアジーニ。そうか……『西の魔狼王』がちぎりを結んだ人間とは、貴様の事か」

「ああ……ルングマールさんは、俺に本当の弟のようによくしてくれた。今日ここに来たのも、お前に会うためだ」


 彼の言葉に頷きながら、俺も体勢を作る。いつ戦闘が始まってもおかしくはない。ましてや相手には詠唱なしで飛ばせる雷という、強力な武器がある。いくら一気に距離を詰められるとはいえ、遠距離攻撃をするには詠唱が必要な俺には、不利な距離だ。

 その雷が、バチバチと音を立ててアンブロースの頭上で瞬いた。


「よかろう。あらゆる魔獣の頂点に立つ者としての力を、俺に見せてみろ!!」


 彼がそう吠えた次の瞬間、俺に向かって飛んでくる雷。すぐさま横に移動して避けるが、攻撃はその一発では終わらなかった。矢継ぎ早に何発も、何発も俺目掛けて飛んでくるのだ。


「くっ……!」

「まだまだっ!」


 俺はすぐさま、まだ木が多く残る区域に飛び込んだ。その一帯を高速で駆けながら、攻撃が途切れる隙をうかがう。しかし雷は収まる気配を見せない。指揮を取る必要がなく、目の前の敵に集中できると、こうも雷を連射できるのか。

 木の幹に隠れようとしても、枝葉の中を飛び回ろうとしても、雷はジグザグに動いて幹や枝を回避しながら迫ってくる。隠れながら戦う意味は、あまりなさそうだ。

 即座に飛び出し、右手を前に。舌を最大限に素早く動かしながら唱える。


「破れ、破れ! 火矢フレイムアロー!」


 唱え終わった俺の右手から、炎の矢が飛んでいく。しかし一発ではない、俺が魔法を発動した右手から、アンブロースの雷がそうあるように、次々何本も飛び出していくのだ。

 魔法の詠唱の一節を二度繰り返し、効果を底上げする技術、重複詠唱ちょうふくえいしょうだ。今発動した炎魔法第一位階「火矢フレイムアロー」は、通常なら炎の矢を一発放つものだが、重複詠唱すれば連射性能を持つ。自分が放とうと思い続ける限り、MP魔法力を消費し続けて撃ち続けられるのだ。

 アンブロースも勿論回避するが、何発か矢に当たったらしい。毛皮の一部に焦げを作りながら、呵々かかと笑った。


火矢フレイムアローでこの威力とは、それでこそ神獣よ!」

「俺がその枠に収められるのは心外だな!」


 俺を褒める言葉に言葉を投げ返しながら、俺は火矢を放ち続けていく。正直、神獣としては半端者の俺だ。カテゴリとしては、人間の範疇にいたい。

 と、その瞬間だ。アンブロースの纏う魔力が急速に高まっていく。


「ならば見せてやろう、本物の神獣の魔法を!!」


 そう吠える彼の周囲には電光が散っていた。高威力の魔法を放つ合図だ、間違いない。しかしてアンブロースが、大声で詠唱文句を発する。


「立ちふさがる者は滅するが定め、闇の中でこそ輝きを増す猛威もういをここに! 雷電爆破エレクトロバースト!!」

「うっ!?」


 唱えられた魔法名に、俺は息を呑んだ。光魔法第九位階「雷電爆破エレクトロバースト」。術者も巻き込むほどの広範囲に、雷と閃光を伴う大爆発を起こす魔法だ。こんな魔法を使われては、逃げ場がない。

 俺が身を縮こませようとした次の瞬間、耳をつんざくほどの大音量と、全身に叩きつけるような衝撃が俺を襲った。目を閉じたはずなのに、着ぐるみの中にいるのに、視界が白一色に染まる。

 衝撃が去って、ゆっくりと目を開けば、俺の周囲実に100メートルほどが、惨憺さんたんたる有様だった。

 根こそぎ折れた木が俺のいる場所から反対方向に軒並み倒れ、俺の周辺に生えていた木などは木屑になるまでに粉砕されている。笑えるくらいに、頭上には抜ける空。

 俺はゆらりと立ち上がって咳き込みながら、自分がかぶった木屑や砂埃を落とした。どうやら、爆発の衝撃で十数メートルは吹っ飛んだらしい。


「ゲホッ……光魔法第九位階。詠唱一節省略してこの威力かよ……初めて見た……」

「ほう、あれを受けて未だ立っているか。冒険者でこれを受け切った者は、ついぞ記憶にない」


 俺がまだ生きていることに、アンブロースは驚いた様子だった。

 正直、俺自身もびっくりしている。あれだけの極大魔法をまともに喰らって、減ったHP体力は二割弱。まだまだ十分戦える状態だ。

 だが、他の冒険者はそうはいかないだろう。S級の冒険者でも、HPは四桁後半がせいぜい。俺のステータスですら一万を超えるダメージを負う今の一撃を食らったら、どんな体力自慢だろうと一発で戦闘不能だ。記憶にないというのもうなずける。

 いよいよ人間らしからぬことになってきたな、と自分で思いながら、俺は小さく口角を上げた。


「そいつは光栄だね」

「ハ、だがそうでなくては俺も本気を出す意味がない。貴様も本気で来い!」


 アンブロースも久方ぶりに心が沸き立つのだろう。楽しそうに笑みを向けながら俺に吠え立てる。

 そう言われたならやるしかあるまい。俺は一気に地を蹴った。あちらが木々を軒並み砕いてくれたから、遮るものは何もない。


「言われなくとも――!」

「ぬっ!」


 一気に距離を詰めて肉薄しながら、俺は連続で拳を打ち込んでいった。右、左、右、左。それを身体で受け止めるアンブロースはどんどん後ろに下がっていく。

 だが、その攻撃が効いている感覚はない。何か、布の詰まった革袋を叩いている感触がした。


「(パンチを打ち込んでも深く入った手ごたえがしない……絶妙のタイミングでいなされているな)」

「どうした、闇雲に攻めるだけでは俺に打撃を――ムッ!?」


 俺を弄ぶように攻撃を捌いていくアンブロースだが、途端に困惑の声を上げた。

 当然だ、一瞬の合間に俺は彼の前から姿を消しているのだから。その僅かな間に、俺が移動したのは――


「上かっ!」

「うぉらっ!!」


 高く跳び上がったところから、体重を乗せて蹴りを放つ。急降下してくる俺を見上げるアンブロースが身をくねらせてそれを躱そうとする、のだが。

 俺は即座に両手を彼に向かって突き出した。


疾風はやてとなりて貫け! 閃光衝グリント!」


 光魔法第二位階「閃光衝グリント」を、位置を変えた彼の顔目掛けて放ってやる。蹴りはフェイク、当てるつもりの攻撃はこっちだ。

 光の帯が輝きながら、アンブロースの顔面に激突する。ぐ、と彼の頭が大きく振れた。

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