第6話 着ぐるみ士、説明を受ける
冒険者ギルドのカウンター奥は、スタッフの執務室の他、来客との応接室も用意されている。
俺はその応接室に――正確には、
ソファに腰を下ろすには、大きな着ぐるみはさすがに邪魔になる。換装のスキルで収納にしまい、今の俺は人間の姿を支部長に晒していた。
緊張の面持ちを露わにする俺に、彼は深々と頭を下げる。
「この度の強制解雇については、心中お察しします……と申し上げるのが筋ですが、先程の能力鑑定について、二、三点、伺いたいことがありまして」
「分かってます。『これ』についてですよね?」
アルナルドの言葉にうなずきながら、俺はフェンリルの着ぐるみの頭だけを換装し、かぶってみせた。
白みがかった灰色の毛並みに、青く輝く瞳を模した
フェンリルの頭部だけをかぶった俺に、アルナルドが大きくうなずく。
「はい。その着ぐるみは、どういった経緯でお持ちになりましたか?」
彼の言葉に、俺は再度、今夜に我が身に降りかかった一連の
突然の解雇通告。リーアとの遭遇。着ぐるみの作成。そして意気投合。
事のあらましを説明すると、彼は腕を組みながら息を吐いた。
「ああ……なるほど。リーアさんが人化して冒険者登録したのも、それが理由で」
「俺に力を七割渡して、残り三割の力で俺の力になろうと言ってくれたんです。俺に
着ぐるみの頭を戻して話しながら、俺の声はどんどん尻すぼみになっていった。
正直、リーアがここまでオルニの町の人に受け入れられていなければ、リーアの人化転身が安定したものでなければ、俺の目論見は水泡に帰していただろう。魔物が冒険者としてギルドに登録された、という事例は過去にもあるが、そのほとんどが人間社会に馴染んでいたり、魔物でありながら魔物に敵対したりするが故の
それに、俺がフェンリルの着ぐるみを身につけて自分のステータスを確認した時、そこまでする必要が無かったことを理解したのもある。もっとも、リーアに力を貸してもらわなければ
「はい、先日までのジュリオさんのステータスなら、リーアさんに従魔になっていただくことは出来ませんでした。しかし
アルナルドもその理由は分かっているようで、あごひげを触りながら鼻を鳴らした。
俺は先日まで「調教」のスキルが無かったが、フェンリルの着ぐるみによって「調教」スキルを手に入れた。文句なしというやつだ。
「講習を受けていただければ、
ジュリオさんは『調教(魔獣)』と『調教(神獣)』どちらもレベル5でお持ちなので、
「そんなにですか……」
アルナルドの言葉に、俺の声色は沈んでいた。
嬉しくないわけではない。高レベルのスキルを保有すれば、それだけ出来ることの幅も広がる。神獣と契約できれば、俺のパーティーはますます強くなるだろう。
だが、いろいろすっ飛ばして最高ランクのレベル5というのは、どうにも収まりが悪い。ステータスのぶっ飛び具合を考えると、何をいまさらという感じだが。
げっそりとした俺に追い打ちをかけるように、アルナルドはうなずいて口を開いた。
「そんなにです。しかもそれに加えて『魔狼王の威厳』をお持ちなので、魔獣種と神獣種の魔物に対して強烈な
自らお声をかけるどころか、逆に魔物の側から『従魔契約を結んでください』と持ち掛けられるでしょう。資格取得して早々に、
「うわ……」
彼の言葉に、俺は自分で引いていた。「魔狼王の威厳」がそんな効果のスキルだったとは。
てっきり、魔獣相手に
いいんだろうか、俺は勇者でも何でもない、一介の冒険者なのに。
「我ながら恐ろしくなってきたんですけど」
「とてもその通りだと思います。ですがそれ以上に恐ろしいスキルが、二つございます……いえあの、『精霊親和』と『神霊親和』が恐ろしくないはずもないのですが、それ以上にものすごいものがですね」
真顔で支部長を見れば、支部長も真顔で俺を見つめ返す。
そうして彼は俺にも見えるように表示した俺のステータスの、スキル欄の一点を指さした。
「これです。『魔狼転身』、そして『魔王の血脈(獣)』。当ギルドに過去所属した全ての冒険者に、このスキルを保有されていた方はいません……リーアさんの一家は例外ですが」
「まあそうですよね、この着ぐるみ、リーアから作りましたし」
「そうなんです。そのスキルをしっかりきっかり引き継いでいらっしゃる。なんて恐ろしい」
話しながら、アルナルドが小さく身震いした。俺はどうやら、とんでもないものを作り出してしまったらしい……が、後の祭りだ。
そうして、スキルの解説画面を開きながらアルナルドが話し始める。
「『魔狼転身』はフェンリルとしての能力を最大限に発揮する、
「……デメリットはあるんです、よね?」
そのスキルの効果に目を見開きながら、俺は問いかけた。
肉体変化と戦闘力の大幅なブースト。デメリットが無いはずもない。しかして、彼は神妙な面持ちでうなずいた。
「私も伝え聞いたことがあるくらいですが……発動中は、強烈な飢えに襲われるとか。空腹な獣と化すわけです。目に付く敵の一切を、容赦の一片もなく食らいむさぼると。あとは、ええと」
説明をしながらも、アルナルドの手元では忙しなくスキル解説の画面が動いている。
冒険者ギルドの
だが、しばらく検索しても目当ての情報は見つからなかったようで。画面を閉じながらアルナルドが頭を下げた。
「人間がこのスキルを保有した記録がないので、何とも言えませんが、きっと他にもあると思います、すみません」
「いえ、大丈夫です……『魔王の血脈(獣)』の方は?」
小さく首を振りながら、俺はもう一つのスキルの方に目を向けた。
「魔王の血脈」。カッコ書きの中のものはともかくとして、どう考えても魔物由来の、というより
複雑な表情をする俺に、アルナルドが真剣な目を向けてくる。
「その名の通り、歴代魔王の血に連なる者であり、魔王の力を継ぐものであることを示すスキルです。
ビアジーニさんの場合は神魔王ギュードリンの力を継いでいますので、
「はー……」
その説明に、俺はため息を吐く他なかった。ソファの背もたれに身を預け、力なく執務室の天井を見上げる。
人外のステータス。魔獣種と神獣種を配下に置く力。魔王の血。フェンリルへの変身能力。
これを、俺はほぼ何の苦労もせずに、ほいと手に入れてしまったわけだ。
「リーアが、この着ぐるみを着ていたら世界最強、とか言ってましたけれど……」
「まさしく、世界最強です。名だたる勇者はおろか、今代の魔王、獄王イデオンすらも凌駕するでしょう」
身を起こし、すがるようにアルナルドを見つめる俺だ。言外に、「持ち上げすぎだ」と言ってほしい気持ちを込めて。
しかしアルナルドが返してきたのは全力での同意だった。それどころか、魔王も凌駕する、というお墨付きまで付いてきた。
「マジか……」
俺はその場に崩れ落ちそうなくらいに、がっくりとうなだれた。
こんな強大な力、俺に使いこなせるのだろうか。今からとても、不安で仕方がなかった。
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