第6話 入学試験で重症小動物を完治させた
午前中の試験の内容は、想定通り取るに足らないものだった。
筆記試験と小論文が各一時間だったのだが……どちらも大した難問は無く、私は30分で全問解き終えて、残り時間を見直しに回すことができた。
あんな問題じゃ、合格最低点が満点近くになってしまうのではないかとさえ思うレベルだったが……まあそもそも倍率がどのくらいなのかも知らないし、多分、明らかな問題児以外は全入させる前提とかなのだろう。
何にせよ、結果について憂慮する必要は一切ないはずだ。
などと考えつつ、私は昼食を取ることにした。
私はまず人目につかない場所に移動すると、王都の市場で調達したフライパンを精霊収納から取り出し、それを魔法で加熱していった。
「インダクション・ヒーティング」
私が発動したのは、電磁誘導加熱魔法——前世にあった「IHコンロ」という調理器具を模した雷属性魔法だ。
フライパンが温まってくると、私はそこに油をひき、精霊収納から取り出したカット野菜を入れて炒め始めた。
しばらくすると、野菜の良い香りがふんわりと立ってきたので……私はそこに塩コショウを数回振って、味付けをした。
レタスの芯の部分を味見し、柔らかくなっているのを確認すると、そこで火を止める。
「いただきます」
私は小声でそう呟き……精霊収納から取り出したパンと共に、野菜炒めを食べ始めた。
「うん! 美味しいわね……」
シャキッとするレタスの食感、しっかりと火が通ったタマネギの甘み、程よくピリリと効く塩コショウ……その絶妙なハーモニーを堪能していると、昼食はいつの間にか空になってしまった。
「は〜! ごちそうさま」
昼食を食べ終えた私は、満足した気分で試験会場に戻った。
が——問題は、ここからだった。
◇
午後の試験は、実技試験。
試験内容は、外傷のある小動物を、補助魔道具を使って回復魔法で治癒することだ。
試験官の事前説明によると、補助魔道具の効果は、「聖女の素質がある者が触れると魔力が回復魔法に変換される」というもの。
まだ自力で回復魔法の術式を構築できない未熟な聖女でも、この魔道具さえあれば回復魔法が発動できるという話だった。
発動が遅い、待機時間があるなど実用性には欠けるものの、今回のような試験にはうってつけのアイテムなのらしい。
試験の点数は、小動物の治り具合で判断されるとのことだ。
正直、受験者のほとんどが聖印判定の日まで全くトレーニングを積んでない前提なら、初期状態の聖女の個人差を測るくらいの意味合いしかない気がするのだが……教会側には、何か私が考えつかないような意図でもあるのだろうか。
まあ何にせよ、私の場合は、魔道具の耐久値を超えない程度に魔力を流して最高点をもぎ取るだけの簡単な作業である。
などと思いつつ……私は試験官に呼ばれると、補助魔道具が置いてある場所まで移動した。
そして補助魔道具に手をかざし、魔力を流そうとしてみる。
だが……そこで私は、想定外のハプニングに見舞われてしまったのだった。
「あれ……魔力が流れない?」
なんと……私が補助魔道具に魔力を流そうとしても、補助魔道具には一切魔力が流れないのだ。
流れないと言うよりかは……補助魔道具が、私の魔力を拒否しているような感触がある。
「まさか……」
その現象を受けて……私は、一つの可能性に思い至った。
この魔道具……おそらくは、属性魔法を覚えさせた精霊の魔力を受け付けない仕様になっている。
このタイプの魔道具は、前世でも開発が試みられていたが……それらの内実用に至ったものは、一つとして存在しなかった。
理由は一つ、どんな開発者にも、致命的な欠点が解消できなかったからだ。
その「致命的な欠点」こそが……「精霊に属性魔法を覚えさせた聖女には、使用不可能」というもの。
この理由から、この魔道具は前世では「全く使い物にならない」とされ、一切普及しなかったのだ。
とはいえ……前世の自分が死んでから今に至るまでは、かなりの年月が経っている。
試験の事前説明でこの魔道具について聞いた時には、「属性魔法周りの欠点は解消できたんだな」とばかり思ったものだった。
だが実は、そんなことはなく……目の前にあるこの魔道具は、前世の欠陥品と同タイプのものであるようだ。
属性持ち精霊を持つ聖女が「無才印」と呼ばれ、爪弾きにされている理由はこれか。
私は謎が解けたような感覚になると共に、多少強引にでも試験官に回復魔法が使えるところを見せなければと感じた。
試験の形式にはきちんと従う気でいたが……魔道具がそんな仕様では、背に腹は代えられない。
「すみません、魔道具を通してだと上手くいかないみたいなんで……直接小動物を治癒してもいいですか?」
私は試験官に、そう尋ねてみた。
「直接だと? できるなら別に構わんが、入学前の聖女候補にそんなことができるはずが……」
構わないんだな、言質は取ったぞ。
「ヒール」
私は試験官の言葉を聞くや否や……目の前の傷だらけの小動物に回復魔法をかけた。
すると、小動物の傷はみるみる小さくなっていき……一秒も経たないうちに、外見上は完全に無傷となった。
「……って、できてる!?!?」
その様子を見て……試験官は目を丸くし、上ずったような声を上げた。
だが……今のは所詮、対症療法だ。
回復魔法をかけた際分かったことだが……この小動物は、出血性の毒素を出す感染症を患っている。
「ターゲット指定破壊——
私は更に、小動物の体内にある、感染症の原因となっている病原体を破壊し尽した。
これでようやく、この小動物を完治させたというわけだ。
「えっ治ったのにまた別の魔法? ていうか、今なんか聞いたこともない魔法が出てきたぞ……あんた、いったい!?」
そんな私の様子を見て……試験官は、採点する手が震えだしていた。
そんなに驚くことだろうか?
父にしてもそうだが、ターゲット指定破壊魔法はそんなに珍しい魔法じゃないはずなのだが……。
一瞬私はこの試験官に精神安定魔法でもかけるか迷ったが、やめておいた。
試験官の精神状態に干渉する魔法など、不生を疑われる原因になりかねないと思ったからだ。
「これで大丈夫でしょうか?」
「大丈夫も何も、これ以上何を要求する余地があるって言うんだ……」
頼むから、動揺して採点ミスするのだけはナシにしてくれよ。
私はそう願いつつ、試験場を後にした。
入学試験の行程は、これで全てだ。
実技試験が半ば強行突破になってしまったことなど、不安が残らないわけではないが……まあ後は、果報を寝て待つのみだな。
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