第14話 魔像

「く、クロ、様……! も、申し訳ございませんっ」


 セツナは慌てたようにクロの前に飛んでいき、跪く。


 肩は震え、まるで親に怒られている子供みたいだ……。


「何を謝ることがあるのでス? 私ハ、何を遊んでいるのカ、と聞いただけですガ」


「あ、遊んでなどいませんっ。ただ、あの者達の力が思いの外強く……」


「私は、あの小娘の眼を奪えと命じましタ。……両腕、両脚を失ってでモ、責務を果たすのがあなたの役目でハ?」


「も、申し訳ございません……」


「だかラ……ハァ、もういいでス。あなたにはガッカリしましタ」


 クロはセツナの髪の毛を鷲掴みにすると、無機質な瞳でセツナの目を見る。


「あの男の体ハ、あと数分後には死に至りまス。それまでに間に合いますカ?」


「そ、れは……」


 言い淀むセツナ。それもそうだ。こっちの戦力はまだ十分にある。この状況で、数分以内にレアナの眼を奪うのは困難だろう。そもそもそんなことさせないが。


「私はもう待てませン。どうするつもりですカ?」


「…………っ」


 目を泳がせ、言葉に詰まるセツナ。


「ジオウ、どうする……?」


「様子を見よう。今下手に動くと、シュユを殺されかねない」


 リエンに目配せすると、こくりと頷き、何が起きてもいいようにアンデッド軍を密かに散開させる。


 セツナの傀儡は、まるで時が止まったかのように微動だにしていない。


「……もういいでス。こうなったら強行手段を用いましょウ」


「ひっ……! や、やだ……クロ様っ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ! 思い出したくない……思い出したくないっ……!」


 ……何だ? 何をそんなに怖がってるんだ、セツナの奴は……?


「恨むなラ、己の境遇と不運を恨むことでス。──セツナとの契約を、破棄しまス」


 そう呟くと、セツナの体から淡い光りが溢れ……それが消えた。


 そして、次の瞬間。


「……ぁぁ……ぁあ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?!?!?!?」


 セツナの体から、黒く、禍々しいオーラが迸った。


 白目を剥き、体を痙攣させ、獣のような雄叫びを上げるセツナ。どういうことだよ、これ……!


「やだぁ……やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだああああああああああああ!!!! ごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」


 ぐっ!? な、何だこのとんでもない魔力量は!?


「レアナ、分かるか!?」


「わ、分からないわ! 明らかに、セツナの総魔力量を超えてる……! 一体どういうことよ……!?」


 レアナの眼でも分からないだと……!?


「お答えしましょウ。これから死にゆくあなた方ニ、冥土ノ土産でス」


 クロがセツナを地面に投げ捨て、その吹き荒れる黒い魔力へ手をかざす。


「これハ、思い出しているのですヨ。私の力で封印されていタ、三〇〇年間も奴隷として扱われてきた忌まわしい記憶。そして、この二〇年私の元で行ってきた悪行の数々ト、実の妹へ手を出してしまった深い後悔ヲ、この一瞬デ。それを元ニ、心ヲ、壊ス。そうすることデ、この世二つと無い極上の負の感情を生み出しているのでス」


 ……な、に……? こいつ、今なんて……?


 三〇〇年間の奴隷としての記憶。セツナほどの容姿だ。何をされてきたのかは、想像に難くない。


 それに加えて、二〇年間、クロに命じられてやってきたことや、シュユへの無慈悲な攻撃。それら全てを、今の一瞬で思い出している。


 それはもう、心を壊す壊さないの話じゃない。人を人とも思っていない、邪悪の所業……!


「ふふフ、素晴らしい負の感情でス。最後の最後ニ、いい仕事をしましたネ、私の傀儡ガラクタ


 っ、こいつ!


「殺す!」


 アンサラーを手に、クロへ向かって駆ける……!


「オォ、あなたも負の感情に心を蝕まれていますネ。実に素晴らしイ。それも頂きましょウ」


 クロは手を上に掲げると、まるで三日月のように口を割いた笑顔を作った。


「魔像ヨ、この空間にある全ての負の感情を吸収せヨ!」


 魔像……?


「っ! ジオウさん、レアナちゃん、あれ!」


「……何だよ、あれ……?」


「嘘……さっきまであそこには何もなかったはずよ!?」


 気持ち悪い笑みを浮かべる一つ目の顔に、でっぷりとした体。その両腕には、人の頭を逆さにしたような壺が抱えられている。


 あと……デカい。とにかくデカい。巨大化したペルと同じくらいありそうだ。あれのせいで、距離感が狂いそうになる。


 魔像と呼ばれたそいつの持っている壺が、赤色に怪しく光る。


 そして──ガクッ。脚から力が抜けたように、踏ん張ることが出来ずに倒れた。


「な、に……!?」


 何が……何があった……!? 毒? 麻痺か? くそっ、力が入らない……!


『あれは……!? お兄ちゃん、あれは「非情魔像」です! 負の感情を吸い取る魔像、です!』


 なっ、負の感情を!?


「ど、どおりで……さっきまでの殺意や憎しみが綺麗さっぱりなくなったはずだ……!」


 ちくしょうっ。分からんが清々しい気分だ……!


 後ろを振り返ると、レイナもリエンも力が抜けたのかへたりこんでいる。セツナも、体から迸っていたドロドロの魔力が消え、気絶していた。恐らく、あの魔像が吸収したんだろう。


 セツナが気絶したからか、シュユを捕らえていた氷塊が粉々に砕け散った。


「リエン!」


「はい!」


 リエンがエタの時空間魔法で、シュユを回収する。まさか、セツナにシュユを拐わせた理由が、セツナの心を壊す為だとは……外道め……!


『お兄ちゃん、あいつを壊す、です!』


「わ、分かってる……分かってるが……!」


 くそっ、何でだ……何で力が出ない……!


「これまでの戦いの中で蓄えられた疲労……回復させていたとは言エ、それを支えていたのハ、私への怒りと憎しみだったはずでス。それを奪われたラ、力が入らないのは必定ではないですカ」


 くっ……クロ……!


 前を向くと、魔像の前にクロと……気絶しているのか、虫の息のレイガがいた。


「本来なら小娘の眼が揃えバ、セツナの負の感情を使う必要は無かったのですガ……致し方ありませン。強制的ニ、儀式を始めましょウ」


 ……儀式、だと……?


「クゥ、何だか分かるか?」


『「非情魔像」は、負の感情を集める、ですっ。その負の感情を悪魔の肉片を持つ人間に与えると、肉片が活性化して真の悪魔に変化する、です!』


 ……つまり……。


「レイガの中にある悪魔の肉片を活性化させて、完全な悪魔として復活させるってことか……!」


『です!』


 人間の体に寄生して乗っ取るのではなく、完全な悪魔にする。それがクロの狙い……!


「させません!」


 リエンの腕が動き、セラが弓矢を構え、矢を放つ。


「《殲滅の氷矢デストロイ・アロー》!」


 放たれた矢は無数の氷の矢に分裂し、目にも止まらぬ速さで魔像へ迫る。


「邪魔をするナァ!」


 クロがドスの効いた声を張り上げる。と、氷の矢の進行方向が変わり、全て俺達に向かってきた。これは、時空間魔法のカウンターか……!


「《暴食》!」


「レーヴァテイン!」


「アンデッドマジシャン!」


 各人が、迫る氷の矢に対応する。だが……しまった、セツナ!


 氷の矢が、気絶しているセツナへ向かい飛ぶ。敵対していたとは言え、こいつもある意味被害者だ、ここで見捨てるのは夢見が悪すぎる!


 間に合え、間に合え、間に──。






「《煌王のスパーク・殲滅刃アナイアレーション》!」


 っ、閃光の刃……!? この魔法は……!


 氷の矢がセツナへと当たる直前、光の刃と衝突し、小規模の爆発と煙を周囲に撒き散らした。


「ふぅ……起きてみれば……これはどういった状態なのだ。……ふぇっくしゅん! さ、寒い……寒いぞ……!」


 ……何とも、締まらないが……。


「まあ、色々あってな。……助けに来たぜ、シュユ」

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