第3話 半分悪魔、半分巨人

 俺を見つめてくるシクラメンのような鮮やかな双眸。


 暗黒の中でもはっきり浮かぶ漆黒のミドルボブの髪。


 黒色のゴスロリ服を更に魔改造し、へそ丸出しの服。


 だがそれ以上に目を引く巨大な体と、側頭部から生える鋭利な角。左右二本ずつ、合計四本の角が生えている。


 こいつが、ギガントデーモンの中に潜む悪魔か……。


 ……俺のイメージだと、牙むき出しで凶悪で残忍で、俺を見つけたら一瞬で食い殺してくるような、そんな感じだったんだが……。


「…………」


『? お兄ちゃん、お客様、です? 敵、です?』


 こてん、こてんと首を左右に傾ける巨大ロリ。


 ……何か思ってたのと違う!?


 お、落ち着け。こいつはこんなナリだが、悪魔には違いない。それにこの巨大な体を考えても、巨人族の力も持ってると考えた方がいい。ギガントデーモンの意思であることは間違いないだろう。ここは慎重に……。


「……俺はお前の敵じゃない。ただ、お願いをしに来たんだ」


『敵、違うです? ……確認する、です』


 確認? 何を……。


『あ〜〜〜〜……』


 ……おい待て。何で口開けてんの? 何で俺をそんなものに近づけてんの? 止めろよ、絶対止めろよ! ちょっ、待っ……!?


『むっ』


 ぱくっ。


「ぁ……」


 …………。


『もごもご、もきゅ、もきゅ。ぺっ』


 べしゃっ。


『かいせきちゅ〜、かいせきちゅ〜。ろ〜でぃん、ろ〜でぃん』


「…………」


『敵対意思、無い、です。確認した、です』


 ……はは……汚された……汚されちまったよ、俺ぁ……。


 この世界でもローブに付与された魔法は効くのか、体にまとわりつく粘液は綺麗さっぱり消えたが……精神的にかなりキツい。どうしよう、帰りたい。


 ……いや、諦めるなジオウ・シューゼン。ここで心を折るんじゃない。ここで心を折るようなヤワな鍛え方はしてないはずだろ。しっかりしろ、俺。


 ……気持ちを切り替えてると、巨大ロリが俺を見下ろす。


『ジオウ・シューゼン。二一歳。ユニークスキル《縁下》。右腕無し。……クゥの腕、欲しい、です?』


 なんかプロファイリングされたぞ。食ったものを解析する力でも持ってるのか?


 俺も俺なりにこいつの力を推測する。……ん? クゥ?


「クゥってのが、お前の名前なのか?」


『……ラフノラ・リシテル・クゥレニア・ゼノ・ダーレア・ナタラ。クゥ、三番目、です』


 名前長っ。


「えっと……三番目っていうのは、どういうことだ?」


『……三番目は、三番目、です。クゥ、右腕、です』


 ……ラフノラ・リシテル・クゥレニア・ゼノ・ダーレア・ナタラ。三番目、右腕……ふむ。


「クゥレニア。それがお前で、右腕に宿ってるギガントデーモンの意思。それは間違ってないな?」


『ん』


「となると、ラフノラ、リシテル、ゼノ、ダーレア、ナタラって奴が他にいるってことか」


『ラフノラ、頭。リシテル、左腕。ゼノ、左脚。ダーレア、右脚。ナタラ、体。今、バラバラ、です』


 ……確かリエンが、ギガントデーモンは今バラバラに封印されてるって言っていた。それぞれの中に、クゥレニアと同じ意思が宿ってるってことか……。


「……話を戻そう。クゥレニアが言った通り、俺は今右腕がない。そしてお前の腕は今、俺達の元にある。それを俺に使わせて欲しい」


『……じょーけん、ある、です』


 条件?


 クゥレニアは俺の前に女の子座りをすると、俺を見つめてきた。


 感情が読み取れないほどの無機質な瞳。だが、どこか悲しそうな……寂しそうな、瞳だ。


『クゥ、みんなに、会いたい、です』


「……もう、どれくらい会ってないんだ?」


 聞くと、クゥレニアは指を折って数え。


『……五〇〇〇年から、数えてない、です』


 五〇〇〇年……それは、クゥレニアにとってどれほど長い時間なのか想像できない。もしかしたら一瞬のできごとだったのかもしれない。だが、数えるのを止めたってことは、それ以上に長い時間を……。


『……ねぇね達も、いもーと達も、寂しがってる、です。会いたい、です』


「……何で寂しがってるって分かるんだ? 離れてたら分からないだろ?」


 問うと、クゥレニアは首を傾げ。


『クゥ、寂しい、です。なら、みんなも寂しい、です。……違う、です?』


 …………。


「……いや、間違ってないよ。多分、みんなも寂しがってると思う」


『です』


 俺にこの子を否定することは出来ないし、するつもりもない。五○○○年以上離れ離れで、こんな何もない真っ暗な空間に一人でいるんだ。この子の心中を俺がどうこう言うなんて、間違ってるもんな。


 でも。


「それ、どう信じればいい?」


 問いかけると、クゥレニアの目が少し見開いた。


「半分とは言え、お前は悪魔だ。悪魔の言葉を全て鵜呑みにするほど、俺もボケちゃいないぞ」


『……でも、半分は巨人、です。クゥは、巨人、です』


 濁りのない、綺麗なシクラメン色の瞳。


 過去にやり合った悪魔の瞳は、命乞いして来たときに目が濁っていた。奴らは願い事や自身に都合の良い嘘をつくときに、分かりやすく目の色が濁る。それは間違いないだろう。


 だがクゥレニアの瞳は、一切の濁りも影もない。巨人とのハーフだろうけど、こんなに濁らない瞳ということは……本当に、本心から仲間に会いたいって思ってるのかもな。


「……悪かった。信じてみるよ」


『です。クゥ、嘘つかない、です』


 心外だと言いたげにふんすっと鼻息を荒くするクゥレニア。いや悪かったって。


『それと、お兄ちゃん。クゥのこと、クゥ、呼んでほしい、です。クゥ、愛称、です』


「そうか? なら、俺もお兄ちゃんじゃなくてジオウって呼んでくれ」


『……お兄ちゃんは、お兄ちゃん、です』


 何でそこ頑ななんだよ。


「……ま、何でもいいや。これからよろしくな、クゥ」


『ん。よろしく、です。お兄ちゃん』


 差し出されたクゥの手を握る。


 その瞬間、クゥの体が煙状に変化すると、俺の体にまとわりつき……俺の意識は、暗闇に落ちていった。

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