第30節 志惟七ちゃんへ 2018/03/17
第242話 志惟七ちゃんへ
志惟七ちゃんへ
志惟七ちゃん、志惟七ちゃん、志惟七ちゃん。
今、可愛いその名を呼んでも、返事が来ない。
私には、どうすることもできなかった。
無念でならない。
あの夏、志惟七ちゃんが来てくれて、私はどれだけ喜んだか。
私は、志惟七ちゃんのお世話で生きる大切さを教わった。
生活して行く上でも明るさを取り戻した。
元々、暗かった訳ではないが、具合を悪くしていた。
若いなりにも生きて行くのに難しい面があった。
蛍光灯に例えるならば、切れかかった瞬きをしていた。
志惟七ちゃんといると楽しかった。
志惟七ちゃんにご飯やトイレやお風呂のお世話をさせて貰った。
志惟七ちゃんと家から出てお散歩もできた。
志惟七ちゃんはおもちゃが大好きで可愛らしかった。
志惟七ちゃんが何もしていなくても勿論可愛い。
志惟七ちゃんの寝姿でも十分被写体になる。
志惟七ちゃんにカメラマンの気配を気付かれてしまうが。
志惟七ちゃんはドライブも好きだった。
志惟七ちゃんと別荘へ行った時も秋田へ行った時も心配した車酔いもなく旅を楽しめた。
志惟七ちゃんといた私は安定していたのだろうか。
志惟七ちゃんのお陰で、子を授かれた。
しかし、心音が殆どないと診断された我が子は、年をまたいで流れてしまった。
私は、どん底を覗いた気がした。
勿論、志惟七ちゃんは癒しになった。
けれども、やらなくてはならない旅路があった。
私は、秋田へ一人旅に出た。
夜行バスで行ったもので、道中、全く眠れなかった。
夫のご実家へ行き、謝った。
大切な大切な子を僅かの間にお別れしてしまったと。
夫の祖母が、痛ましいと仰ってくれた。
義理の母も気にしてくれた。
夫の祖母は、お姑さんが厳しくて当時にしては子どもが少なかったと、いつか事情を聞いた。
一週間位お世話になった。
些細な事を気に残したまま。
帰りも夜行バスで、更に色々な事を抱えて眠れなかった。
失った物と得た物と。
亡くした者とこれからの者と。
星一つ見えない道を辿り、一夜明ければ夫に会えた。
それから、数年後になる。
残念な事には残念な事が続くものだ。
不幸な事に不幸な事とは言わない。
私達は、夫の勤めていた東京の会社が倒れたので、秋田へと住まいと仕事を求めた。
引っ越しは、業者を頼らずに、車で三往復した。
高速道路の割引の都合で、一週間毎に行き来した。
夫が、最後に志惟七ちゃんを連れて来てくれた。
二日程経って、納屋の上にいた志惟七ちゃんの件で、生き物はダメだとのおおせがあった。
直ぐに、志惟七ちゃんを実父が東京から引き取りに来た。
私は、その後、がんばっていた気がするが、体調を崩して入院した。
ここからのいきさつは、不明な点が多い。
何があったのか、志惟七ちゃんは父方の叔父の所へお世話になりに行った。
その叔父は、生き物好きで、他にもちびちゃんと言うミックスの中型犬を飼っていた。
叔父の奥さんがお亡くなりになり、叔父も突然の病で亡くなってしまった。
私が物心ついた時から、遊んだりお風呂に入れて貰ったりした大切な叔父だった。
私は再び東京へ行く事となった。
秋田で退院した後、具合の悪かった私を父が高速道路で急ぎ迎えに来てくれた。
父が着いた朝には、田植えだと言うので、家人が向かいの農地で作業中に車で去った。
義理の父は、がんばんなさいと窓越しに仰った。
父とは朝ごはんをサービスエリアで食べ、渋滞をラジオで過ごし、家には寿司があるとの母の嘘に騙されて深夜に東京の新しい住まいに着いた。
お出迎えしてくれたのは、寝ていた母と食べ残しの高めのお寿司だった。
私は、志惟七ちゃんを探した。
しかし、東京には、もう志惟七ちゃんはいなかった。
うさぎの
それと、父母だ。
私は、元々入院していたので、続けて入院する手続きになっていた。
断って、別の病院へ通院する話になったと思っているが、通院先の医師は入院先から紹介されて来たと言う。
通院もままならなかった。
通う事ができない。
できていた事ができなくなって来た。
志惟七ちゃんがいたら、お散歩もできていたのに。
志惟七ちゃんは、私の自立のお友達ではないが、大切な存在だ。
その後の志惟七ちゃんの行方については、母の主張による話しか知ることができない。
父方の叔父が亡くなった後、犬を沢山飼っている女性が志惟七ちゃんは血統書もある綺麗な犬だから連れて行って幸せに暮らしている。
叔父の最初に飼っていたちびちゃんは、野山を駆けずり回っていたミックス犬だから選ばれずに残ったので、うちで引き取ったと母の脳が言う。
私には、理解できない。
でも、志惟七ちゃんと暮らす住まいを用意したりできなかったのは、私のせいだとは思う。
ちびちゃんは、性格のいい可愛い子だ。
見た目は、もさっとしたベージュの中型犬だ。
人をみて懐くようで、私にもよく懐いてくれる。
可愛い澄子ちゃんは、後にお墓に入った。
ちびちゃんは、大きな病気をした事もあったが、今年も元気に尻尾を振ってくれている。
私にも名前の通りの春が来た。
子どもに恵まれて、夫も傍でお話しをしてくれている。
それでも、空を見る。
志惟七ちゃん、あなたに会いたい……。
元気かい……。
泣いていないかい……。
ママより
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