推測

 騒然とする会場。その注目のすべては、舞台上の僕に向いている。


 珍獣にでもなったような扱いに、思わず眉を顰める。


 地位の高そうな男性が、遅れて慌ただしく駆け付けてきた。


「スクリーン」


 僕の内心が伝わったのか、そんな指示が出されると、半透明の光の幕が一面を覆った。一瞬で僕と傍聴席のような空間との間が遮断された。

 こちらからは向こうの様子がうかがえるが、向こうからは見えない状態になったようだ。

 浴びせかけられていた無数の好奇の視線から解放され、一息つく。


「大丈夫ですか? 気分はいかがですか?」


 責任者(推定)が、日本語ではない言語で問いかけてくる。意味はすぐに理解できた。


「ハ、ハイ……、モン……モンダイ、あり、まセン……」


 流暢ではないが、僕の口からも、同じ言語の返事が出る。もう少し慣れれば、おそらくもっと普通に使いこなせるようになりそうだ。


「言葉が……? ああ、失礼。私はこのオルトワ処刑場の責任者のナビエと申します」


 男が動揺も隠せないままに、自己紹介する。僕の言葉が少々不自由だったことに、幾分の戸惑いを見せたようだ。


 しかし、処刑場か――いきなりの結構なパワーワードが飛び出してきたものだ。


 なるほど、だから僕は囚人のような扱いだったわけだなと、妙に納得した。

 囚人どころか、電気椅子で処刑される死刑囚そのもののシチュエーションだ。それも明らかに公開処刑の類。


「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 どこか探るような半信半疑の表情で問うナビエ氏に、僕も簡潔に自己紹介を返す。まだ長いセンテンスはしゃべれそうにない。


「来栖幸喜と、申シ、まス」


 名前を答えただけで、オルトワ氏は驚きを隠せないように目を見開いた。

 沈黙をもって様子を見守っていたスクリーン内にいる施設関係者も、息を呑む。


「失礼します」


 医務官を名乗る白衣の女性が、僕の手を取り、小さなスマートホンのような機械をかざした。昔観たアメリカのSFドラマに似たようなシーンがあったなあと思い出す。


 されるがままにその様子を眺めながら、僕は自分の白くてシミも皺もない華奢な手に、目を奪われた。

 断じて僕の手ではない。僕の口から発される声も、先程から澄んだ高いものだった。


 どうやら僕は、ライトノベル好きで夢見がちな健太君の大好きだったあの状況に立たされているらしい。さすがに、認めざるを得ないようだ。

 僕の担当患者だった彼のオススメを、何冊も読んできている。その中の場面が、いくつか思い返された。


「脳波、バイタル、健康状態、すべて問題ありません。毒物の残留も確認できません。思考波パターン――不一致です」


 手の甲から心臓、首筋、こめかみなど、なでるように検査機器らしい装置を当てていく。そんなことで全部診断できれば世話はないと突っ込みたいところだが、黙って成り行きを見守る。


 まだ、思い通りの言葉が出てこないのだ。

 本来なら僕は、職場では理屈屋と揶揄される程度には口の立つ方の人間なのだが、実に歯がゆいものだ。


 毒物の残留という不穏なワードで、推測の手掛かりがまた一つ増える。この公開処刑(仮)は薬殺系であったようだ。


 僕の状態がまったく問題ないということで、また驚きの声が漏れる。

 いや、むしろ最後の、何やらが不一致というのが、一番どよめいた気がする。直後に、やっぱり、とか、本物だ、とかの囁きが聞こえた。


 これまでの状況から察するに、死刑で致死量の毒物を投与され、しかも息を吹き返したと言われた以上は、一度は心肺停止が確認されたということなのだろう。


 それが、何故か復活して、なおかつ死因となったはずの薬物の痕跡が跡形もなく掻き消えていたというなら、驚くのは無理もない。


 死刑執行直後、衆人環視の下で間違いなく死んだばかりの遺体が、何事もなかったように動き出したなら、確かに掛け値なしのホラーだ。あの混乱にも納得するしかない。僕の職場ですら遭遇したことはない。


 が、それはともかく見守り隊の皆さんも、いい加減慣れてほしいところではある。僕もそろそろ驚き慣れてきた。

 当人の僕がこんなに落ち着いているのに、みんな動揺しすぎではないかね。


 ナビエ氏が、僕の反応をうかがいながら提案してきた。


「まずは落ち着ける場所に移動しましょう。車椅子は必要ですか?」


 僕は首を横に振って、立ち上がった。ストレッチのように少々手足を伸ばしてみたが、体の動作にこれといった不自由はなかった。


 ただ、明らかに視点が低い。バランスも少し取りにくい。

 だが、長年付き合ってきた年相応の腰や膝の痛みは一切なかった。思わず両手で確認したが、やはり豊かな胸がある。続いて下も確認。

 まぎれもなく女性で確定だ。

 今現在、真面目に現状認識の確保に努めている最中なので、周りの皆さんは引かないでいただきたい。


 無意識に鼻の上に手をやり、中指が何の手応えも得ずに空を切る。

 なるほど、眼鏡もない。

 しかし、数メートル先の人の顔までクリアに見える。


 もう、断定してもいいだろう。

 本当に、これは今までの僕の体ではないのだ。


 処刑された女性死刑囚の遺体に、僕の意識が入り込んだと考えていいいだろうか?


 そして、周囲の人間もそれを確実に認識している。

 中の僕が、前とは別人であることを。だからこその「不一致」なのだ。


 【チェンジリング】と叫ばれたのを思い出す。

 その辺りの説明も、これから詳細にしてもらえるだろうか。

 

 ともかく今は、あまり愉快とは言い難いこの空間から、連れ出してもらえるだけでもありがたい。


 僕はもう一度だけ、悲痛な声で僕に呼びかけたあの青年に視線を送った。


 こちらからは、向こうの様子が見える。

 大半の見物人が退場しつつある会場で、彼は今も席を立たないまま、そこにいた。


 彼は確かに、僕をマリオンと呼んだ。

 愛しそうに、苦しそうに。


 だとするなら、彼の目の前で処刑されて一度死んだこの体は……。


 彼は微動だにせずただ僕だけを、真っ直ぐに見つめていた。スクリーンの向こうにいるはずの、すでに見えない姿を求めるように。

 その表情は、受け入れられない現実を前にして、耐え難い苦痛に打ちひしがれているようだ。


 職場で、数えきれないほど見てきた顔だ。

 大切な者を失ったばかりの、絶望を噛みしめるような……。


 居たたまれなくなるほどの想いに視線を逸らして、促されるままに背を向けた。

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