第8話



「あー、おいしかった!」



お店を出て、二人で駅へ向かう。


電車に乗る駅は一緒で、方向が違うみたいだから、皆藤くんとは駅でお別れ。


思っていた以上に楽しかったかも。


皆藤くんも楽しんでくれてたかな?


そう思って顔を覗き込むと目が合った。



「新奈の食べっぷり見てると、俺まで顔がとろけそうだったよ」


「な!とろけてなんてないし」


「とろけてた。どろっどろにとろけてた!」


「ちょっ、どろっどろってやめてくれる?!」



必死に抵抗する私を見て、お腹を抱えて笑う皆藤くん。


なんか、そんな皆藤くんを見ていると、皆藤くんのペースに乗るのも悪くないなって思えてきた。



「新奈は思ってた通りの人のかわいい女の子だったなー」


「なにそれ」


「そのまんまの意味だよ?」



皆藤くんは本当に女子を褒めるのが上手だ。



「皆藤くんも実際喋ってみると喋りやすくて楽しかったよ」


「俺のこと今までどんな風に思ってた?」


「モテる人」


「なにそれ」


「そのまんまの意味!」



何だよーって言いながら皆藤くんは私の髪の毛をクシャっとした。


何気なくこんなことするから、たちが悪いと思う。


きっとそんな気がない子にも、自然とこんな事してるんだろうな。


これじゃあ、勘違いされちゃってもおかしくない。


でも私は、勘違いするわけにはいかないんだ。


だって皆藤くんのこと、好きになったらダメなんだから。



「てかさ、名前で呼ぶんじゃなかったっけ?」


「もうデート終わったんだからいいでしょ」


「家につくまでがデートですー」


「遠足みたいに言わないで」



なんでそこまで名前呼びにこだわるかな。


私は今でも恥ずかしいのに。


なのに皆藤くんは、前から私のことを名前で呼んでいたみたいに自然に呼ぶし。


やっぱりモテる人は違うなって思った。



「名前、呼んで?」


「やだよ、恥ずかしいもん」


「呼んでくれなきゃ、もっと恥ずかしいことするけど?」



そう言って、皆藤くんは私の歩く前に立ちはだかったから、ぶつかりそうになった。


そうだ、皆藤くんは私が”うん”と言うまで引き下がらない人だった。



「恥ずかしいことって、なに?」



「んー?キスとか?」



いやいやいや。



「さ、さすがにキスはなしでしょ!?」


「なんか、きっぱり言われるとさすがに傷つくんだけど」


「あ、ごめん」



いや、まって?


あからさまにしょんぼりしだした皆藤くんにのせられて、つい謝ってしまったけど、おかしいよね?


もう一回頭の中を整理しよう。


皆藤くんはデートってものを経験したくて私をデートに誘った。


面倒は嫌いだから、皆藤くんを好きにならなさそうな私を選んだんだ。


デートができればそれでいいんだよね?


そもそのあのカフェに行きたかっただけじゃないの?!


ここで私が、照れ臭そうにキスに同意したら、皆藤くんは面倒くさいんだよね?


どれだけ私を振り回す気なんだろう。


やっぱり皆藤くんの考えていることは、さっぱり分からない。



「名前、呼んで」



もう一回、真剣な顔でそう言う皆藤くん。


くぅ…。


やっぱり皆藤くんてしぶとい。


皆藤くんの声はさっきより低くて、なんかドキドキする。


…まあキスされるよりは。



「…伊吹くん」



もう一度慣れない名前を呼ぶ。


やっぱりちょっと恥ずかしくて、皆藤くんを直視できなかった私は下を向く。


すると目の前に立っていた皆藤くんは、私に一歩近づいて、私の顔を覗き込んだ。



「もう一回」



まさか覗き込まれるなんて思っても見てないから動揺する。


しかも顔、近いし。




「…伊吹くん?」


「くん外して?」


「…伊吹」


「よくできました」



皆藤くんはキレイな顔で笑って、私の頭を軽くなでてた。



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