大会当日
『甲陵倶楽部附属馬術会長杯障害馬術大会』
長ったらしい名前だな。
「ここですねアカネ先生」
「そうだよ」
ここも久しぶり。最後に来たのはツバサ先生の乗馬を見に来た時だっけ。タケシを馬場に案内しながら、
「アカネ先生、噂には聞いていましたが立派ですね」
「まあね、古いから」
タケシの写真は迷走したままだった。あれこれと方向性を探る努力をしていたのはわかるけど、ついにつかんでない気がする。あれは方向性じゃないんだけど、迷いだしたら、ああなるんだよね。
「タケシ、ここからは別行動でね。それと最後のアドバイスをしとくね。自分の撮りたいものを撮るんだよ。それがカギなの」
タケシも馬場の周囲を熱心に見て回ってる。今のタケシには何が見えてるんだろう。なにを頭に描いてるんだろう。とにかく一発勝負、頑張って。大会会長の挨拶があったんだけど、コースが変更だって。
この大会もツバサ先生と見に来たことがあるけど、馬場と森の周回路のミックスで行われるはずだけど、
「・・・今回は外部からの招待選手がおられ、より公平を期すために馬場での障害馬術のみに変更します」
へぇ、これで仕事がラクになった。森の周回路までカバーするのは大変だもんね。それにしてもリッチなもんだ。屋外馬場の広さこそ北六甲クラブに負けるけど、立派な観覧席には屋根まで付いてるんだよ。
観客は会員と招待選手の関係者だけだけど、さすがセレブの会で、みんな着込んで来てるよ。日本の大会と言うよりイギリスの大会みたいな雰囲気だな。飲んでるものだって、紙コップにビールじゃなくて、グラスにシャンパンだもの。そのぶん、クライアントとしてはウルサ型だけど。
まずは予選みたいなタイムトライアル。しっかし、よくこんなところにシノブさんたちは勝てたもんだよ、
『神崎愛梨選手、甲陵倶楽部所属、馬はメイウインド』
ほほぅ、あれがタケシの言っていたシノブさんのライバルにして優勝候補筆頭か。他の馬も立派だったけど、群を抜いてるのはアカネでもわかる。競技が始まったけど、こりゃ鮮やかだ。華麗としてもイイだろ。タイムもダントツやん。
甲陵倶楽部が終わると次は外部招待選手だけど、馬の差だけでも歴然だよな。あれじゃ、勝負にならないよ。なんのために招待したのかわからないぐらいだもんな。
『結崎忍選手、北六甲クラブ所属、馬はテンペート』
シノブさんは結崎忍を名乗って出場だな。夢前遥じゃ大変なことになりかねないからだろ。シノブさんの馬も立派。メイウインドに匹敵するぐらい。あっ、走り出した。これは力強い走りだよ。速い、速い、神崎愛梨を抜いちゃったじゃない。なんと予選一位じゃない。
ここで昼休憩。タケシと一緒にお弁当。アカネは会員だからクラブハウスのレストランも使えるんだけど、あそこはドレスコードとかにうるさいからお弁当にした。
「どうですかアカネ先生」
「さすがはタケシね、すっごく美味しいよ」
へへへ、お弁当はタケシに作ってもらった。これもアカネが作るって言ったら、
『アカネ、撮影は午後もある』
『トーナメント制の二回戦から決勝までですね』
『だからアカネが作るな。食った奴が七転八倒する』
そこまで信用してないかと思ったけど、
『文句があるなら、前科を並べようか』
結構です。だからタケシに作ってもらった。
「どうタケシ、思い通りに撮れてる」
「はい、バッチリです」
あれっ、タケシの顔が吹っ切れてる気がする。これはもしかして、最後の最後に何かつかんだのかもしれない。そうよタケシはアカネが見込んだ弟子だもの、きっとやってくれる。
「それにしてもシノブさん凄いですね」
「あれぐらいはやると思ってた」
だってだよシノブさんは四座の女神なんだよ。アングマール戦では軍事教練担当もやってたはずなんだよ。その中に騎馬隊の養成が入ってるはずだもの。
「これは決勝が見ものですね」
「見とれてないで、しっかり撮ってね」
午後からはトーナメント戦になったけど、やはりシノブさんと神崎愛梨は抜けてるよ。準決勝はそれぞれアジア大会代表と、国体県代表が相手だったけど軽く一蹴って感じだもの。それもまだ余力を残してる感じ。
そうそうこの大会の特徴はトーナメント戦重視なんだけど、甲陵倶楽部ではデュエロと呼んでるんだ。一対一のタイマンって意味だけど、出走前には同席するし、選手同士も話もするんだよね。
ツバサ先生に聞いたんだけど、その時にお互いが賭けることもあるんだって。名誉とか、なにか大事なものを。最近ではそこまでないらしいけど、かつては名誉のために家屋敷まで賭けてたらしい。
決勝の先攻は神崎愛梨とメイウインド。目を剥いたよ。準決勝までの走りとは別物。ワールド・クラスの走りってあれほどのものかと感嘆させられた。あれこそ人馬一体そのものとしか見えなかった。
後攻のシノブさんも凄かった。神崎愛梨を華麗とすれば、シノブさんは豪快そのもの。アカネも仕事だけど、ファインダー越しだけど見とれそうになったもの。やっぱりシノブさんに勝って欲しいし。勝ったのはどっち。
『三五・六六秒』
えっ、まさかの同タイム。審判長が出てきて、
『同点、同タイムにより十分後にジャンプ・オフを行う』
延長戦になっちゃったよ。なにやら二人が話してる。そうしたら神崎愛梨が審判長のところに行ってなにか告げてる。
『ジャンプ・オフは対戦者がこれをデュエロとしており、両者の合意により森のコースを含むものに変更します』
なんだって。今からコース変更されても対応しきれないよ。ええい、ままよ。アカネを舐めるなよ。どうもジャンプ・オフは先攻後攻が入れ替わるみたいで、シノブさんが先攻。馬場の障害コースが終わると猛然と森の周回コースに。
なんちゅう速さ。あれって全速力に近いんじゃない。あっと言う間に見えなくなっちゃった。あれが障害馬術の走りなの。森の周回コースはあきらめた。あんなもの追いかけられるものじゃないし。
シノブさんの様子は会場の大型ビジョンでわかるけど、もうすぐ帰ってくる。あれ? 神崎愛梨が馬に乗って出てきた。シノブさんがゴールラインを駆け抜けると神崎愛梨は降りちゃった。あれはどういうこと。
どうも神崎愛梨は走らないみたい。ということはシノブさんの勝利。やったぁ、すごいすごい。表彰式にはドデカイ金杯が出てきた。あれを授与されるんだな・・・
これは興奮ものだったよ。こんなに面白いものだとは思わなかったもの。ただ仕事は仕事。帰ってチェックをやらなきゃ。
「タケシ、撮れたか」
「はい、自信作です」
「言ったな」
これだけ晴れやかな顔をするタケシを初めて見た気がする。あれは自分の世界をつかんだ顔だよ。やはりタケシは持ってたんだ。これでメデタシ、メデタシだよ。
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