アカネ奮戦記
Yosyan
初詣
『パンパン』
えっと、神社にお参りする時って二泊二日弾丸ツアーだっけ、なんか違う気がするけど、とにかく頭を下げて、
「今年こそ運命の男に出会えますように」
泉茜三十五歳、これは初詣だから今年で三十六歳。職業はフォトグラファー、オフィス加納所属。あれから、もう十六年になるんだ。
どうしてもフォトグラファーになりたくて、大学中退してツバサ先生の弟子になったのが二十歳の時。そこからツバサ先生にビシバシに鍛え上げられてプロとして専属契約を結んだのが二十二歳の時。
そこからプロのフォトグラファーとしては順調だったでイイと思う。しかしアカネには厄介な知り合いがいる。そう女神ども。それも五人もいるんだよ。そんな連中と知り合ってしまったのは、アカネにとって良いことか悪いことかは微妙過ぎる。
だってさぁ、ツバサ先生まで女神だったんだよね。ツバサ先生がいなかったらアカネがプロになれる可能性なんてゼロだったから、女神には感謝しないといけないところはある。だけどだよ、女神は突拍子もない悪戯をするんだ。
もともとのアカネは骨格標本のペッタンコ。体だけでなく顔もペッタンコで、髪はチリチリの天然パーマ。それでもだよ、生れてから二十二年も付きあってきたから愛着はあったんだ。そりゃ、もうちょっと胸だって欲しかったし、目をつぶらにして、鼻だってもう少し高く・・・
そしたらツバサ先生は突然トンデモない事を言いだしたんだ。その頃のツバサ先生は女神の自覚を取り戻した頃で、色々と力を試したかったぐらいでイイと思う。
『そうだユッキー、イイ機会だから練習しときたいけど』
女神は人の容姿を変えられるって言うんだよ。道理でどの女神も人とは思えない、いやあいつら人じゃなくて女神だけど、神々しいぐらい綺麗なんだ。その力は人にも使えるっていうんだけど、怖くなってどこまで変えられるか聞いたんだ。
『シオリの力ならなんにでも変えられるけど、たとえば・・・』
『たとえば』
『犬にするのだって可能よ』
ツバサ先生だって初めてやるわけじゃない。失敗したら犬になるって言われた上に、
『シオリ、そうっとよ。わたしでも犬まで行ったらホントに戻す自信ないし』
『わかった、わかった。さあ、アカネ観念せい。犬になってもユッキーが飼ってくれる』
ユッキーさんは犬になってもマルチーズにして飼ってくれるって慰めの言葉・・・そんなもの慰めになるか! そしてなす術もなくやられた。幸いなことにマルチーズにはならなかった。それどころか、
「これは誰ぇぇぇぇ」
骨格標本のペッタンコはツバサ先生ばりのポヨヨ~んになり、目鼻パッチリのサラサラ黒髪。そのうえ女神同様に歳を取らない体にされちゃったんだ。羨ましいと思うかもしれないけど、とにかく完全に別人みたいなものだから、
「どなたですか」
「あんた誰?」
「アカネだって。冗談じゃない、こんな娘を産んだ覚えはありません」
本人だって誰だかわからないぐらいだから、親兄弟までアカネと認めてもらうまで、そりゃ大変だった。とにかく靴のサイズまで変わるんだよね。それがだよ、二回目まであったんだ。今度は首座の女神のユッキーさん。またもや、
「これは誰ぇぇぇぇ」
ツバサ先生にやられた時はグラマー系の美女だったけど、今度は清楚というか気品のある面立ちで、スタイルだってスリム系でダイナマイトという代物。再び、
「どなたですか」
「あんた誰?」
「アカネだって。冗談じゃない、こんな娘を産んだ覚えはありません」
幸い三回目は今のところない。三回目がないように極力三十階は避けるようにしてる。美人にしてくれたのは感謝しないといけないかもしれないけど、この調子でやられ続けると、そのうちミスってマルチーズにされかねないもの。
それでもマルチーズの試練に耐えて綺麗にはなった。なったけど今年で三十六歳なんだ。アカネは独身主義者じゃない。もちろんレズでもない。結婚願望だって強いし、子どもだって欲しい。
どうしてだよ、どうして結婚どころか恋人の一人も出来ないんだよ。そりゃ、ツバサ先生が先に結婚したのは年上だから認める、マドカさんも同上。ショックだったのはミサキさん。ミサキさんは三座の女神にして、先代が香坂岬、今が霜鳥梢だけど、アカネより霜鳥梢は六つも年下なんだよ。そしたらコトリさんが、
「そろそろ売れ残りの会に入る?」
誰が入るもんか。でも真剣にヤバイと思い始めてる。キスさえまだなんだよ。当然だけど体もまっサラのまま。そりゃ、むやみに経験を焦るのは良くないだろうけど、無しで一生終えるのは絶対イヤだ。そしたら今度はツバサ先生が、
「要するに写真以外に取り柄が何もないってことだ」
いくらツバサ先生でも失礼だろ。そりゃ、四字熟語や諺や格言は苦手だし、方向音痴じゃないつもりだけど地理も苦手でよく迷子になる。とくに東京は苦手。日本語も怪しいと言われることもあるけど英語は論外。だから海外オファーは極力避けてる。
料理もホントは何を作りたかったか意味不明の物がしばしば出来上がるし、整理整頓も大の苦手で、掃除洗濯も好きじゃない。字は自分で書いたはずなのに読めなくなる時があるし、絵も下手っぴ。
人の話を聞いてないし、聞いてもしょっちゅう勘違いと早とちりする。教えられた通りにする事はまずないし、自分流儀はテコでも譲らない。とにかくお手本通りにするのが一番苦手。だから礼儀作法とか、マナーは天敵で・・・たしかにフォトグラファーになってなかったら、ロクなもんになってなかった気がしないでもない。
「でも写真だけは、呆れかえるぐらいの才能がある。フォトグラファーはアカネの天職だ。それだけで十分だろう」
この商売は合ってると思うけど、だからと言って男への縁も無いのはおかしいだろ。
「心配するな、必ず現れる。焦って変なのに遊ばれるな」
間違いじゃないけど三十六歳だぞ。でもさぁ、ここまで残っちゃったんだから、やっぱりロールプレイング・ゲームじゃなかった、ロシアン・ルーレット、これも違うぞ、なんだっけ。ええい、難しい言葉を使おうとするからややこしくなる。とにかく、
「イイ男が欲しい」
自分で言ってゾッとした。これって女神どもの口ぐせじゃないか。とにかく今年こそは恋人作って、根こそぎ経験して、ヴァージン・ロードを歩いてやるんだ。
「アカネ、歩くだけなら結婚式場の仕事に行ったら出来るぞ」
ウルサイわい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます