第56話 タッチストーン・ザ・グッドフェロー
上空から重量級の苔玉が飛来した……と誰もが感じた。しかし実際には、深緑色の帽子やマントに身を包んだ何者かが土埃を上げて地面に着地していたのだった。着ぐるみのようなぽってりとした見た目は愛嬌があったが、眉間に深く刻まれた皺と渋みを帯びた声は壮年の男性を思わせたし、どこからともなく現れた神出鬼没さに美兎達は当惑の表情を浮かべる。
「可憐な女性達にこんな惨たらしい仕打ちをするとは!
「これが我輩の、斬鉄剣!」
横一文字に振り抜かれた刃がマンドラゴラの首を断ち切った。間髪入れず、緑の剣士は死の雄叫びを上げる直前だったマンドラゴラの口腔に刃を突き立て、その絶叫を封じた。
「また、つまらぬものを斬ってし……むむぅ!?」
緑の剣士が見得を切っている間に、ゴブリン達はその脇を走り抜ける。言わずもがな、その目標は侵略者に怯える村人達と、彼らを守る美兎達だった。
「おのれどこまでも無粋な連中! 決め台詞くらい最後まで言わせんか!」
緑の剣士が追いつく前に、ゴブリンが美兎達に襲い掛からんとする。反応が遅れた美兎達の前にアニーが躍り出て、長くしなやかな指で大きく円を描くと、彼女の周囲の宙空にいくつもの魔術陣が現れる。
「ほら貴方達、呆けてる場合じゃないわよ。守るために戦うと決めたのなら、怖れてはいけない。そして……躊躇ってはいけない」
言下、収束された魔力の光条が魔術陣から放たれる。膨大な魔力を高い収束率で凝縮した砲撃は、発射の衝撃で一帯の砂塵を巻き上げるほどの威力で、直撃を受けたゴブリン達は存在の痕跡すら残さず消滅していた。
無詠唱でこれだけ大規模な魔術を扱うのは、いかにエルフといえども容易なことではない。魔術行使は生まれ持った魔力容量、属性、特性に左右されるが、アニーはいくつもの天資に恵まれて尚、魔力を巧みに操り、感覚的にその性質を把握し、洗練された術の行使を可能とする類稀な才覚の持ち主だった。まだまだ駆け出しの魔術師であるシエラやロザリーは、稀代の天才術師が事もなげに起こす離れ業を唖然として見つめることしかできなかった。
一同が静まり返る中、緑の剣士は殊更誇張するかのような咳払いをしながら近づいてくる。
「あー、そこのお嬢さん方。悪逆非道なマンドラゴラを打ち払った勇者がここにおりますぞー。惚ける暇があるなら熱烈な感謝の抱擁でもしてみちゃどうだい? 我輩の身体は一つなのだから、早い者勝ちですぞ」
脂下がって腕を広げる緑の剣士だったが、ロザリーとシエラは非好意的な視線を向けてじりじりと距離を取る。その一方で、アニーは臆することなく気さくに声を掛ける。
「どこのどなたか存じないけど、助けてくれてありがとう。私はアン・メアリー・ハサウェイ。アニーで構わないわ。貴方は?」
アニーの名を聞いて、緑の剣士はひどく驚いた様子でのけ反った。
「そうか……君がアニーか。ようやくお会いできた。是非ともお伝えせねばならんことがある」
軽快な口振りから一転した神妙な雰囲気に、その場の誰もが息を呑んだ。
「君は……我輩の妻だ! とりあえず再会のハグを」
アニーに抱きつこうとする緑の剣士は、シエラの魔術によって四方を魔力の檻に取り囲まれた。
「姉さま離れて!」
「コイツ絶対危ないヤツだよ!」
双子のエルフに行く手を阻まれても、緑の剣士の気勢はいささかも衰えない。無実を訴える囚人かのように、魔力の檻の中からアニーに呼びかけ続ける。
「悪い魔女に毒リンゴを食わされて記憶喪失になってしまったのは不幸だった! しかしどうか思い出してくれ! みんなの人気者にして善き隣人、美と正義を愛する
「キモい! 何もかもキモい!」
一際大きなロザリーの拒絶が村内を駆け巡った。
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