一章7 『アンラッキーはお互い様です。』
「あ、あのI」
「……何だ?」
僕は少し緊張しながら答えた。
「えっと、その……。さっきの、嬉しかったです」
「さっきの?」
「ええ。……私がいじめられているのを助けてくれて、嬉しかったんです。ありがとうございます」
「あ、ああ。でもあれは、自分が満足したかっただけで……」
自分の目論見が崩れたのに気付き、僕は狼狽えつつ頷いた。
「それでも、ですよ。えへへ、これだけ言っておきたかったんです。ありがとうございます」
死亡フラグをぶっ立てて、ノゾムはにっこりと笑った。
もうタイムアウトだ、これ以上は待っていられない。僕は彼女に簡潔な指示を飛ばした。
「ノゾム、光輪を出せ! それを頭上で限界まで開くんだ!」
「え!? あ、はい!」
ノゾムは指示通り光輪を出現させ、火炎弾へと掲げた。それは最初、腕輪ほどの大きさだったが、次第にフラフープぐらいに、そして台風の目サイズまで広がっていく。当然、光輪はもう火炎弾がすっぽり入る大きさだ。火球は音も無く、光輪の中へ吸い込まれていった。
「な、な、何でござるかそれは!?」
口をあんぐりと開けて叫ぶ陽炎に、僕は言ってやる。
「ただの収納ボックス……いや、リングさ」
「ちーがーいーまーす! これは万能輪といってですね……」
「ノゾム、時間が無い。とっとと跳躍してくれ」
「ううー、まったくもう」
まだ何か言いたげに唇を尖らせていたが、ノゾムは素直に指示に従ってくれた。Yバーンは次の火球のエネルギーを溜めていたが、まだまだ発射には時間が掛かりそうだった。
僕達はYバーンの背中が見下ろせるほどの高度まで達した。
「……やっぱりあるな、深い傷が」
「それでI、どうやってYバーンに攻撃するんですか? 確かに今の私は普段よりも倍の力を出せていますが、それでもあの竜に攻撃してもかすり傷にすらならないと思うのですが……」
「鶏かお前は、数秒前のことすら覚えていないのか?」
「え……? あ、そういうことですか!」
ノゾムはさっきの光輪を出現させ、火球を受けた時のサイズまで広げた。
「……ま、まさか!? Yバーン、そこから逃げるでござる!!」
今更気づいても、もう遅い。光輪は限界まで口を開き、その直線状に奴の全身はしっかりと重なっている。
「いけ、ノゾム! ぶっぱなせええええええ!!」
「合点承知です!」
光輪から巨大な火球が飛び出す。その火力は空気を揺らめかせるほど強力で、速度は隕石にも勝るほど速い。
Yバーンは振り返る暇も無く、その攻撃をもろに傷で受けた。
「グオオオオオオンッ!」
傷口から真っ赤な炎が一瞬にして上がり、Yバーンの身体を包んでいく。火の粉が爆ぜて、パチパチと単調で乾いた音が絶え間なく鳴り続ける。奴は呻きながら体を大きく震わせ、徐々に高度を下げていった。
「Yバーン、Yバーン! しっかりするでござる!!」
「ウオ、オオオン……」
陽炎の声に答えるようにYバーンは鳴くが、その声は弱々しく、静かな鳴き声のように聞こえた。
やがてYバーンの全身を炎が覆い、地面に落下すると同時に、奴は泡のような小さな白い光となり、地面に溶けて消えた。
僕達の前に一枚のスクリーンが現れ、WINの文字が浮かぶ。その下にはノゾムの名前と、獲得EXPが表示された。彼女のレベルは一から十まで上がり、様々なステータスが強化された。だけど僕達はそれを素直に喜ぶことはできなかった。
「そ、そんな……、Yバーン、Yバーン……ッ!」
陽炎は地面に膝をつき、顔を伏せてぼろぼろと涙を流し、人目もはばからずに泣いた。それはまるで大切な家族を亡くしたような、胸が締め付けられる姿だった。
Yバーンが消えると同時に、世界は金色の鱗粉を空に撒き散らしながら狭まっていき、全てが空へ帰る頃には元の世界に戻っていた。
僕と陽炎の服も格好も現実のものに戻っていく。ノゾムもちゃんと隣にいた。しかし陽炎の肩に乗っていたトカゲもどきは、影も形も無かった。
奴はゲームの中で僕らが倒し、そして死んでしまったのだ。
「……そんな、嘘でしょう」
ノゾムの瞳から頬に、一筋の雫が流れた。
陽炎は腕で涙をぬぐいつつ、立ち上がった。だけどその顔には、しわくちゃな笑みが浮かんでいた。
「……嬉しいでござる。貴君も、共に悲しんでくれているのでござるな」
「当たり前です!」
ノゾムが鼻水をすすり、声を絞り出して言った。
「だって、だってあなた達は、あんなにも仲が良くて、心を通わせ合っていたのに……。いえ、そんなことは関係ありません。時間を共にした存在が亡くなってしまうのは、理屈抜きで悲しいことです……」
陽炎は何度も息を詰まらせながら、声を震わせて言った。
「……ありがとう、でござる」
彼はふらふらとした足取りで僕達の横を抜けて、もう何も言わずに公園を去っていった。
僕達は声を掛けることもできず、そして彼が去った後もただ黙って、出口をぼうっと眺めていた。
桜の木々の向こう、そこで笑いあって歩く人々の姿が、まるで別世界のもののように思えた。
「……I。もうやめましょうか?」
唐突にノゾムはゲームの放棄を提案してきた。だけど僕はわざとワケがわからない風を装(よそお)って問い返した。
「何をだ?」
「ST……このゲームをですよ。このゲームは他のものとは訳が違います。きっとたくさんの時間を奪われるでしょう。たくさんの恐怖を味わうでしょう。そしてずっと私といないといけません。……それでも君は、このゲームに参加しますか?」
「……するしかないさ」
僕はスマホを取り出し、STの利用規約を表示してノゾムに見せた。
そこには、『STでの戦いが一ヶ月間行われなかった場合、キャラを剥奪(はくだつ)します。予(あらかじ)めご了承ください』と書かれていた。
ノゾムは口に手をやり、「嘘っ……」と小さく声を漏らした。
僕は肩を竦めて言った。
「参加するしか、選択肢は用意されてないってことだ。お前と離れないためにな」
「えっ、わた、私と!?」
今度は悲壮感からかっと顔を赤らめ、羞恥を露(あら)わにするノゾム。
僕は大きくうなずき、拳を振るって熱弁した。
「お前は確かにゲーム上じゃレアリティNかもしれない――だけど可愛さはHR(ホーリーレア)級だ! こんな子と一緒にいられるチャンスをむざむざ逃すのは、オタクの名に泥を塗る行為である――というか、そんなのと関係なく僕はノゾムと一緒にいたい!! 可愛い女の子とイチャイチャしたいんだ!!」
「あ、え、は、はあ……」
段々とノゾムの熱が、僕と反比例して冷めていく。
「ゆえにこそ! 僕は参加しよう――STに! ノゾムとのドリームライフを満喫するためになあッ!!」
「あ、もう分かりましたから……」
ノゾムは呆れたと言いたげな表情で肩を落とす。
「……IもIで引き運悪いらしいですけど、私も相当に運がなかったみたいです」
「え、どういう意味?」
「なんでもないですよ」
なぜか思いっきりため息を吐かれた。
僕はわけがわからず首を傾げていた。
ノゾムはそれきり黙り込み、場は乾燥した静寂に包まれる。
どこかから、カラス共の鳴き声が聞こえた気がした。
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