うちにレアリティNの女の子が来ました! でも可愛さはHR級です!!
蝶知 アワセ
序章1 『夢月ノゾムという少女 その1』
青空に触れるかのように伸びる、巨大な大樹。
その大樹が見下ろす広場では多くの女子ががひしめき合って輪を作り、中心で戦う二人の少女に歓声を送っていた。
一方の少女はぴんと背筋を伸ばし、木刀を相手に付きつけていた。彼女はすでに疲れ切っているようだ。全身から滝のように汗を流し、肩で息をしている。もう一方の少女は姿勢を低く保ち、斧を担いでいた。こちらの少女はまったく疲労した様子が無く、少しも息が乱れていなかった。
「勝負あったんじゃありませんこと、ノゾムお姉様?」
金髪の少女が斧の先を地面に付き、余裕の表情で相手を見やった。黒髪の少女は木刀を強く握りなおし、首を横に振った。
「まだまだ……。逃げない、負けない、諦めない! それが武士魂です!!」
そんな彼女を見物人は嘲笑し、対するクルミにはファンからの応援の声が送られた。
「もう無理でしょー、ノゾム」
「大人しく諦めなよー」
「クルミ様、超カッコイイですー!」
ノゾムと呼ばれた少女は地面を蹴って駆けだし、相手との距離を詰める。金髪の少女、クルミはやれやれと肩をすくめ、ごつい斧を軽々と持ち上げた。
「相変わらず諦めの悪いこと。ケガをしたって知りませんことよ」
ライトはクルミの眼前まで接近すると、彼女の頭を狙って横薙ぎに木刀を振るった。クルミは腰を落としてその攻撃をかわし、斧を突き出してノゾムの土手っ腹に先端を打ち付けた。
「ごふっ……」
痛恨の一撃だった。
お腹を押さえてノゾムは崩れ落ちて、地べたに横たわった。それでもなお、木刀は固く握って手放さない。
「勝者、小野崎(おのさき)クルミ!」
羽の生えた白い球体状の猫が勝負の結果を告げる。ギャラリーは蜂の巣をつついたような歓声を上げ、勝者を称えた。
「小野崎クルミに敗者の夢月(むつき)ノゾムから五十の光輪(ライトリング)が移ります」
目を回して倒れているノゾムの胸ポケットから黄金に輝く輪が現れ、彼女の頭上を一回転してからクルミの胸ポケットに付いた校章へ吸い込まれていく。
「おーっほっほっほ、当然の結果ですわ! もーっと実力を付けてから挑むべきでしたわね、お・ね・え・さ・ま☆」
クルミは高らかに笑い、観客に手を振りながら立ち去った。
観客もさっきのクルミの活躍を興奮気味に語りつつ、その場を後にした。
広場は数分で人気が無くなり、地べたに転がったノゾムだけが取り残された。
○
ここ、私立百合之空女学院には特殊な教育システムがある。
天使決闘(エンジェリック・デュエル)。生徒同士が強さを競い合い、相手を下して光輪を奪う戦い。
光輪を多く集めた生徒の学校生活は豊かなものになり、反対に少ないと貧しいものになる。
例えば寮。百合学院は完全寮制で、全生徒は長期休暇以外、寮での生活を強制されている。その寮にはランクがあり、光輪が多い者は楽園という名前の寮で生活する。庭に巨大なプールがある高級ホテルのような場所だ。クルミ達のようなエリートクラスの生徒はここに住んでいる。次に地上の春。アパートのようなごくごく普通の学生寮だ。そして最下層の者は枯れ園で暮らさなければならない。雨漏り、床抜け、その他想像しうるものから予想外の不便や恐怖が待ち受けるこの世の地獄。
他にも学食の値段、授業の質等、あらゆるものが光輪によって決まる。
力こそ全て、そういう考えが間違っているという反発もあった。
しかしそのシステムが採用された後、学園の運営は驚くほどスムーズになった。学力も部活動の成績も飛躍的に伸び、特殊なシステムに興味を持った多くの入学希望者が集まった。
不満を持つ者は力なき者だけになり、彼等の意見は当然のように黙殺された。
こうして百合学院に天使決闘が定着し、やがて他の学校にも広まっていった。
余談だが、ノゾムは言う間でも無く枯れ園住まいで、その中でも底辺の位置にいる。
夕日が柔らかな光で包む河原に、土手の上から黒く長い影が伸びた。
「ううう、今日もやられました!」
ノゾムは大きな声で叫び、そのまま「わぁーっ」と奇声を上げて傾斜を駆け下りた。しかし途中で石に蹴躓いてそのままごろごろと坂を転げ落ち、原っぱの上で大の字になってようやく止まった。
「はぁ……、どうして私はこんなにポンコツなんでしょう」
ノゾムは眉を八の字に寄せて呟き、溜息を吐いた。
ふと真っ白な綿を付けたタンポポが目に止まり、何気なく手を伸ばした。
「……なんだか綿あめみたいで、美味しそうですね~」
朝に小さなおにぎりを一個食べて以来、ノゾムは何も口にしていない。だから綿タンポポを見てお腹を鳴らしても、仕方の無いことだった。
一度唇をすぼめて、タンポポに大きく息を吹きかけた。宙にいくつもの綿がふわりふわりと舞い上がり、風に乗って空への旅に出た。
「とっても綺麗です」
まるで詩集の挿絵のような光景だった。茜空に揺れる黄色い夕日が、白い綿を幻想的な色に染める。その情景をノゾムは幸せそうな笑みで眺めていた。
「……うん、こんな所で落ち込んでてもダメですよね。明日も……いいえ、今日から頑張らないと!!」
がばりと起き上がり、両拳を握り締める。すでに彼女の顔には落ち込んだ様子は無く、やる気と情熱に満ち溢れていた。
「……それにしても、夕日ってミカンみたいですよねー」
その言葉に答えるように、再び彼女のお腹がグーっと鳴いた。
「はわわ、またお腹が鳴っちゃいました……。だ、誰も聞いてないですよね?」
彼女は慌てて辺りをきょろきょろと見渡す。誰にも見られていないことを確認し終え、ほっと肩を下ろす。その瞬間。
「あ、あの……」
急に背後から声をかけられた。ノゾムはぎょっと肩を跳ね上げて背後を振り向いた。
「ふえええっ! ……あ、ナルミちゃんでしたか」
ノゾムの背後にいたのは桃色の髪の、大人しそうな少女だった。
彼女は夢葉(ゆめは)ナルミ。ノゾムの後輩だ。
下級生といっても強さということに観点を絞れば、ナルミはノゾムより何倍も上の存在だ。しかし彼女はあまり戦いを好まないため、住んでいる寮はノゾムと同じ枯れ園だった。
「あ、はい……。相変わらず大きいですね、ノゾム先輩の独り言」
「えへへ、黙っているのが苦手でして」
ノゾムは頭を掻いて照れ笑いをした。その視線がふいに下がり、胸で止まった。少し動くだけでもたぷたぷと揺れるほど大きく、服が破れてしまいそうなほどだった。
「……ナルミちゃんのお胸って、とっても美味しそうですねー」
だらだらと涎を垂らしながらナルミの胸を凝視するノゾム。その視線を受けた彼女は顔を赤らめつつ身をよじる。
「た、食べちゃうんですか……わたしの、お、おっぱ……」
「えっ!? ええと……」
「ちょっと恥ずかしいけど……、ノゾム先輩ならいいですよ」
身を捩(よじ)るその姿はいじらしく、心をくすぐる色香が立ち上っていた。ノゾムは顔から蒸気を上げつつも、慌ててパントマイムのように手を振り否定した。
「いいいいえ、決してそういう気持ちは微塵も欠片も露ほども無くてですね!」
テンパっているノゾムを見て、ナルミはくすくすと笑った。
「冗談、ですよ」
からかわれていることに気付いたノゾムはいじいじとした雰囲気を纏い、膝を抱えながら地面の上を転がった。
「む~、ナルミちゃんは意地悪です!」
拗ねてしまったノゾムに、今度はおろおろしながらナルミは言った。
「え、えっと、ごめんなさいごめんなさい! お願いですから、その、許してください……」
ノゾムはしばらく黙り込んでいたが、やがて「ぷぷぷ……」と音を立て始めた。
「せ、先輩……?」
恐る恐る顔を覗き込むと、ノゾムは必死に笑いをこらえようとしていた。
「ぷぷ、冗談ですよ、冗談!」
すぐにやり返されたことに気が付いたナルミは少しの間ぽかんとしていたが、やがてノゾムと一緒に笑い始めた。ナルミの笑みは控えめだが、見る人を幸せにする明るいものだった。
「あはは、もう先輩ったら……」
「えっへへー」
満足いくまで笑いあった後、その反動で彼女達はどちらも話さずに黙り込んだ。けれどもそれは息の詰まるような沈黙ではなく、心が休まるような空気が二人を包んでいた。しばらくしてナルミが口を開いた。
「残念、でしたね」
「……やっぱり見てたんですか」
会話はすぐに途切れた。二人の沈黙を川のせせらぎが遠慮がちに埋めた。
「でも大丈夫です! 今日が負けても、明日がありますから!!」
ノゾムは快活にそう言い、校章に手を当てた。
「私は絶対に負けません、逃げません、何度だって挑んでやります。そうでないと、無理して学園に入れてくれたお父さんやお母さんに申し訳ないですし。何より、諦めずに全力を尽くすことこそが武士魂ってものですから!」
校章は大きな黄金の輪を出現させた。ノゾムはその輪の中に手を突っ込む。普通ならば突き抜けて見えるはずのノゾムの腕は、輪を境に肘より先の部分が消失していた。すぐに彼女は輪から腕を引っこ抜く。その手にはさっきの戦いで使っていた木刀があった。
「今はまだ夢月家のしきたりで木刀を持つことしか許されていない私ですが、いつか伝説の剣を握れるぐらいに強くなって見せます! なんてったって私の夢は、エクスカリバーを手に戦うことなんですから」
真っ直ぐな瞳で夕日を見つめ、熱く語るノゾム。しかし彼女とは対照的に、ナルミの表情は暗かった。
「……でも、ノゾム先輩の光輪はあと十個しかないんですよね」
ナルミの声は悲観の色に染まりきっていた。
「先輩、天使決闘は……人生は、スポーツとは違うんです。負け続けたら何かを失う。そして全てを失ったら再挑戦なんて許されない。諦めてこの学校を去るしかないんです。それでも先輩は、逃げずに戦うんですか?」
「モチのロンですよ、ナルミちゃん!」
その声に迷いは無く、ただ曇りの無い明るさだけがあった。
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