FILE167:蜜月の限りなきジャーナリスト魂

 同じ頃、ヘリックスの本拠地・ヘリックスシティに点在する禍々しい城の内部。

 首領のギルモアが座する玉座の間にて、ゴスロリ衣装に身を包んだダークロザリアが謁見をしていた。


「いきなりですが、マスター・ギルモア。おじいさまと呼ばせていただいても?」


「人造人間風情が思い上がるな! お前はいつから、わしの孫になった?」


 不敵な笑みで甘える声を出すが、非情なギルモアは惑わされない。

 つまらなそうな顔をしたダークロザリアは頬を膨らませ、そのままいじけ出す。

 眉をひそめたギルモアは、少し唇を噛みしめた後、しぶしぶわがままを許すこととする。


「やめぬか! お前の好きなように呼ぶがよい……」


「では、よろしくお願いしますね。お・じ・い・さ・ま」


 組織の長として、後々面倒なことに発展することを防ぎたかったのだと思われる。

 決して、【孫には甘いおじいちゃん】などになったのではなく。

 その割に、心底困っているような顔をしてはいたのだが……。

 そうして、鼻歌でも歌いたい気分になったダークロザリアは「るんるん♪」と玉座の間を出て階段を降り、下の階の大広間まで移動した。


「ギルモア様と何をお話ししたっ?」


 早速噛みついた。

 つまらない男だが、彼女にとって一番御しやすく、もてあそびやすいドリューがだ。


「教える義務なんかない。それよりドリューさん。あたしのお馬さんになりなさい」


「な、なんだとー!? お子ちゃまのくせして偉そうに!!」


「馬がしゃべるなぁ!」


 ワガママ意のままに言いたい放題のダークロザリアに対して彼が顔を醜く歪めてキレ散らかし、他の者たちが彼を残念がるか嘲笑う、という光景もすっかり日常化している。

 今回、ドリューは怒った彼女に脛を思い切り蹴飛ばされてしまった。

 うずくまったところを引っぱたかれて、彼は苦悶の表情で彼女や元同僚らをにらむが、圧に負けて情けない顔になってしまう。


「うっ、ぐぐっ……ひ! ひひーん!!」


 更なる屈辱が彼を待つ。

 結局、ダークロザリアとは親しくもないのにお馬さんごっこに付き合わされることになってしまったのだ。

 それがどれほど耐えがたいものだったかは、想像にかたくない。


「今日も今日とてじゃじゃのお守りとは、ご苦労なこった」


「さぞ胸クソ悪いでしょうね。しかしこれも、あたくしたちの崇高なる理念を実現するためには欠かせないこと」


「そんな役目、私はごめんだがな。くははははははははははッ」


 腕を組んで嘲る青年、禍津。

 冷静に分析しながらも憐れむ女、キュイジーネ。

 みじめな思いをする元幹部を見下して笑う壮年の男、ジョーンズ。

 反応は三者三様だが、いずれもドリュー・デリンジャーにとっては屈辱以外の何物でもない。

 やがて乗馬するのも飽きたダークロザリアは突然降りて、ドリューを乱暴に蹴った。


「言わせておけば! あんたらねえ! お調子に乗ってるけどねえ! ぼくがWEB界隈で流行ってるよーな追放モノの主人公だったらね! 全員ざまあみろってやり返されて、今頃落ちぶれてるんだからな!?」


 彼が怒りに身を任せて立ち上がったその時、どこからともなく割り込んで、未だ先の戦いの傷が治りきらず療養中の兜円次がドリューへと近付く。

 額から右目にかけて包帯を巻いており、普段以上に不気味で、今しか見られない痛々しさをアピールする。


「ボブッ」


「ふっ、残念だがお前にその手の主人公をやれる資格など無いのだ……あきらめろっ!!」


 現実を知らしめるための平手打ち……を、受けてからの、ひどくゆがんだ顔でうめき声を上げながら転倒。

 元幹部のドリューが現在進行形で醜態をさらしていることには、傍から見ていた久慈川も頭を抱えた。


「かつておれを僅差で谷底に蹴落とした男があのザマだ。こんなに笑える話がありますかね?」


「その彼があんな調子ではな。先が思いやられるねえ……」


 一番の友人だったジャン・ピエールを助けないどころか見捨てた相手であるデリンジャーを心配しながらも、彼は部下の1人・【ジャックドー】から預かった資料に目を通していた。

 裏切り者のDNA改造実験体No.0と蜂須賀以外で、なにかと自身らの計画の邪魔ばかりして来る相手――【アンチヘリックス同盟】への対処に関するものだ。



 ◆◆◆



 ヘリックスシティでそのようなことが起きていたとは知らないアデリーンは、どういうわけか蜜月の自宅まで誘われてお邪魔していた。

 なぜか葵と竜平もいたので最初は戸惑ったが、互いによく知った仲なのですぐに気にしなくなった。


「ミヅキ、ちょっと危ない橋を渡りすぎなんじゃない?」


 王冠とユニオンジャックの柄で上下をそろえた青っぽい服装の彼女はリビングの机の上で頬杖を突き、呆れた顔で相棒に鋭く指摘する。

 痛いところを突かれた蜜月だが、強気な姿勢を崩さない。

 竜平と葵はというとテレビの前のソファーに座って、オープンワールドのいわゆる百合ゲームを遊ばせてもらっていた。


「これはこれで、い~~んだ。それに足はとっくに洗ってる。いざって時は出頭する覚悟だって――」


 唐突に咳払いをするが、彼女も彼女なりに覚悟を決めていることは伝わったので、とりあえずアデリーンもホッと一息つく。


「まー、ともかく。フリージャーナリストとしての腕の見せ所ねっ。タコのおばけっていうのはきっとディスガイストだ。それと警部さんや、葵たんたちが会ったオバサンたちによれば、1人目の被害者が出るのと同時刻にホストも1人行方不明に……調べる必要は大いにある。ワタシに任せてくれ」


「え~~~~? ほんとに~~? 危なっかしくて見てられないわ」


 マンガじみた大げさな表情と言い方をした彼女のその顔は信用しきれないという顔だ。

 しかし心配していたからこそ、こういう態度を取れたのである。


「わたしもー」


「はははっ。ワタシったら信用ねーのな~……とにかく! 竜平っち、ワタシらはいつでも一緒にいられるわけじゃあないから、葵たんをしっかり守ってやんな」


 出されたグレープサイダーを飲みながら話を聞いていたアデリーンに、蜜月の人差し指が差されるが、言われるまでもなく彼女は頷いて強い意志を見せる。

 育ての父の遺児の片割れと、そのガールフレンドである。

 綾女に任せっきりにしていないで、守りきらなくてはならない。


「それじゃーなー」


 適当なところで切り上げて、アデリーンは蜜月の自宅マンションを出てバイクに――乗らず、付近の公園前まで歩いて行く。


「それでどこへ行かれるんですか?」


「お二方には悪いのですが。1件だけ付き合ってほしいところがあるの。それはねー、そーれーはー……」


 葵からの質問に、アデリーンはからかうような仕草と笑顔で答えた。

 彼女が行こうとしている場所とは――。

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