FILE165:食事会くらい水入らずで
その翌日、綾女はクラリティアナ姉妹を車に乗せ、約束した食事会のためにファミレスを目指して雨上がりの道路を走っていた。
その後ろを葵を乗せた彩姫の車がついて行く。送迎のために乗せてもらうこと自体ははじめてではなかったものの、ロザリアは後部座席の窓から外の景色を純粋な目で珍しそうに見つめている。
助手席の後ろから妹たちの微笑ましいやり取りが聴こえる中で、アデリーンは前を向いたまま笑みをこぼした。
「でねー」
「いいですか、ロザリアさんもエリスさんも。先にお野菜を食べてからほかのものをですね……」
「わ、わかってますよーカガミ先生」
やがて、問題のファミレスに到着し、6人用の席に座ったところで――食事会が幕を開ける。
少しおしゃれをしてきたメンバー一同は思い思いのメニューを注文し、淹れてきた水でも飲んで待つことにする。
ここでヘリックスやロザリアの体調に関する大事な話をするべきかと考えたアデリーンだが、空気を読んでやめておくことにする。
「なーんか……昨日の夜中に事件が起きたらしくって……知ってます?」
葵が不安そうにしながらその話題を振ってしまった。
「タコのおばけみたいなやつに男性が絞め殺されて、女性がそのまま誘拐されたっていうアレ?」
「それです。わたしも同じ目に遭うかもしれないって思ったら、怖くって」
妹2人がびくつき、彩姫と綾女が複雑そうに顔を曇らせたのを見てアデリーンは流れを変えようとこう言うことに決めた。
「大丈夫よ、もし何かあったら私があなたたちを守る。それでいいわね?」
「はい。……ごめんなさい、楽しいこと考えなきゃね!」
「いろいろ心配なのは、私もなのよー。もうアオイちゃんたちも知ってたかもしれないけど、ロザリアがね、体調を崩しやすくなっちゃって……」
「ちょ、ちょっと、姉様!?」
これはわざとである。
気を遣ってくれた葵に感謝を示し、ロザリアからも笑顔を引き出したくてやったのだ。
実際、ロザリアは自然な流れで口元を緩め最初は戸惑ったが、そのままにこっと笑った。
「お待たせいたしました、ご注文のミックスグリルサラダ・スープセットとミラノ風ドリアのサラダセットです……」
「ぼちぼち全員分来るわよ! ロザリアちゃん、エリスちゃん、前向きに考えよう。ね?」
「はいっ」
かわいらしいウェイトレスがそのまかないを届けてから立て続けに注文の品がテーブルに運ばれてきて、その後……ファミレスの豪華料理を味わいながらの楽しいガールズトークは約2時間以上も続いた。
中には、身の回りの事や今後どうしたいかなどの話題も含まれており――。
楽しい時間というのはすぐに終わってしまうが、でも彼女らにとって良い思い出となり、とても有意義な時間にもなった。
◆◆
「それじゃ、私はエリスさんたちをおうちに送ってきますので。あとはごゆっくり」
食事会を終えてすぐのこと。
彩姫がアデリーンと綾女に気を利かせ、葵とエリスとロザリアをそれぞれ車に乗せて先に帰ることにしたのだ。
これで2人きりの時間が出来たというわけである。
残った2人は車で港のコンビナート付近にある公園まで移動する。
まだまだ、名物の夜景まではたっぷりと時間があるがひとまず近くのベンチに座った。
「アヤメ姉さん、こんな時になんだけど」
日夜を問わず活動し続ける工場に満ち満ちるエネルギーを感じ、見とれていたアデリーンだったが、そこでふと思い出す。
前々から気にしていたことを打ち明けるなら、今なのでは――と。
「んー」
「お父さんを……ウラワ博士を奪うようなことをして、ごめんなさい。もっと一緒にいる時間、ほしかったよね」
最初はすっとぼけていた綾女だが、アデリーンからの告白、恋愛的な意味ではなく――を聞き、のんきにしていた表情を真剣なものへと瞬時に変える。
「なーんだ、そのことか……。でも、そうしないと今のアデリンさんは成り立ってないんじゃないかな」
父が研究で忙しくて、留守にしがちでなかなか遊べなかったのはよくあることだったし、割り切りもついているからそこまで気にしてなんかいない。
顔色をうかがってないで、気負わずに話してくれたらよかったのに。
今更怒ったりなんかしないから――なんて、などと、綾女のほうはそう思っていた。
「父さんと過ごす時間がほしかったのは、事実だけどさ。今とはまた違った……アデリンさんとあんまり仲良くない【今】になってたかもしれないし」
「つまり、私に冷たくしてたかもしれないってことね?」
「私らがうまくいってない……なんて、とても考えらんないけどさ」
この2人の目と鼻の先にある砂場で、母親が見ている前で仲のいい子ども同士がケンカを始めた。
かと思えば、少し経ってからすぐに互いに謝って許し合い、打ち解けた。
何かを示唆していたのかもしれない。
例えばそう、……出会ったばかりでいきなり弟を連れ帰って来たアデリーンを見て、疑っていたが事情を聞いて分け隔たりなく受け入れた頃の綾女だとかだ。
「父さんを失ったことは確かにつらかったけど、だからこそ私は前を向いていたい。あなたといられる今のこの時間が大切なの。……アデリンさん」
彼女が振り向けば、そこには海風に紅色の長い髪をなびかせて感傷に浸る綾女がいた。
尊敬に値し、血のつながりはなくとも、実の姉妹も同然の――そんな綾女の微笑みがアデリーンを虜にする。
魅了された、という意味では綾女のほうも同じだ。
海から反射する光に照らされた黄金色の頭髪を梳かしてくすっと笑い、ある種の母性さえも感じさせるアデリーンの姿は綾女にとっての太陽なのだ。
本人は氷の力を操るから北風のほうがしっくり来る、などと思っていそうだが、それがなんだというのか。
こんなに優しくて、まばゆいほどに煌めいている人にはなかなか会えない。
「一番じゃなくてもいい。アデリンさんには、私の大切な家族でいてほしいな」
「やだな、おセンチなこと言わないでくださいよ……私だって二番目でもかまわないから、アヤメ姉さんと一緒にいたい」
いずれ別れる時はやって来るが、だからこそ――共に過ごし、同じ道を歩むのだ。
肩を寄せ合う2人の絆は堅く、永遠に続くだろう。
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