FILE137:被験者は語る
人々に迷惑が掛からないように、一同は場所を付近の公園へと移す。
なにぶん、
椅子に座らせてもらった男――逃亡者・徳山は顔を曇らせた状態で、まずは簡潔に話し始めていた。
「自ら改造人間になりたいと……?」
「ああぁ……。詳しく話したら、長くなっちまう。テイラーさん、旅行中とお聞きしたからには、あまりお時間は……」
「続けてください」
彼の前でかがんで、虎姫は彼へと許可を出す。
決して他人事ではないし、何より彼の人となりを知っておきたかったのである。
徳山は周りにいるアデリーンたちを見回してから、決心のついた顔をした。
「――おれの学歴が高卒止まりじゃ、女房や子どもが生きて行くのに邪魔になっちまうだろうって気にしててさ。だからこの歳で大学に入って、勉強もし直して、司法試験を受けて合格を目指そうと思った。だけど、何も実を結ばなかった。良かれと思ってやったことすべてが裏目に出て、まだだ、まだだとあきらめずに打ち込んできたが、その時には余裕が無くて周りが見えなくなっちまって……。女房は出て行っちまった。息子を連れてな」
「そんなことが……」
「おつらかったでしょう。……おつらぁい……」
ざわついてから嘆くは、小百合と春子だ。
この厳しい社会に見放されたとでもいうのか?
ここにいた誰もが目を背けたくなるような出来事が、彼の口から次々に飛び出す。
「結局、女房と息子どころか、親族全員にまでとんだ迷惑をかけちまったわけだ。それから何もかも嫌になったところに、コックさんみたいな服を着た偉そうな身なりの男が現れて、こう言って来たんだ」
≪あなたはとてもいい目をしている。人生に絶望して……一切の望みも見出せない、汚れきった目だ。我々のもとで働いてみないか?≫
彼は、その男の詳しい姿までは覚えてはいなかった。
――ただ、エレガントにさえ見えた立ち振る舞いの端々からは危険な香りがしていたことと、仰々しくて気取った口調であったことは強く印象に残っていたようである。
「人が弱ったところにつけ込むなんて」
「ヘリックスめ……」
いかにもあの連中が好んでいそうなことだ。
他人の不幸ではあったが自分のことのように哀しみ、静かな怒りを覚えながらも、アデリーンは徳山が語っていた男の特徴に覚えがあるような表情と素振りを見せ、蜜月もまたピリピリしている。
「……そうだ。あいつらに乗せられちまったおれは、実験場みたいなところに連れて来られて…………、流されるままに改造手術を受けた。あのジーンスフィアとかいうカプセルの性能をテストするための……。でも、脳ミソまで改造されそうになったところで、急にやっぱり嫌だ! ……そう思ってね」
「それで逃げ出して、ヤケになっていたと?」
ヘリックスのアジトに拉致された際のことを、目をむいておびえた顔をして語った彼を、蜜月は疑っていた。
なので、彼にかけた言葉もどこかトゲのあるニュアンスを含んでいたし、表情も辛辣なものだったのだ。
「……恥ずかしい限りだ! おれは、ますます何のために生きているのか……」
徳山が己自身を傷つけ続けていると見たアデリーンは、彼に手を差し伸べて彼の手を握る。
親友がそうしたのを目にした虎姫もまた、胸に片手を添えてから何か決心した顔をして徳山のほうを向く。
「あなたのお気持ちは伝わりました。徳山さんにヘリックスの手が及ばないよう、お守りさせていただくことを改めて誓います」
「思い直したとはいえ、自分からモンスターに成り下がったヤツの言うことを信じるんですか?」
徳山駿という男のことを信用しきれない蜜月は、彼と虎姫に向けて苦言を呈す。
アデリーンは首を横に振って、いったん手を離すと蜜月へ詰め寄る。
「揉め事に発展してしまうのか」と、綾女たちは不安がったが――。
「待ってミヅキ」
「罠かもしれないんだよ? 駿さんがスパイだったらどうするの。あまり一緒にいすぎちゃ危険だ」
「本当は私も同じこと考えてたけど、あの人があそこまで言ってくれたんだもの。信じてあげましょうよ」
「……やれやれ、お人よしだねえ。ワタシもそのお人よしに助けてもらった身だけど……。いいよ、あんたが言うなら仕方ないわね」
しぶしぶ彼女からの提案を受け入れた蜜月は、表情を和らげて徳山に振り向く。
すると彼を立たせ、うつむいていた顔も前を向かせた。
これにはアデリーンも、綾女や葵も微笑む。
「徳山さんのことは我々がお守りします。当分は、博多市内にある我が社が管理している施設をお使いください」
「匿ってくださるんですか!? しかし、自分と、世界レベルの企業であるあなた方とは釣り合わな……」
彼としては虎姫による計らいは嬉しかったが、この施しは受けられない。
断ろうとも思った矢先に、アデリーンが彼の肩を叩いた。
「いいんです、トクヤマさん。ヘリックスとは責任をもって私たちが戦います」
「な、なんて勇敢なお嬢さんなんだ。すまない……!」
「アデリーンと呼んでください」
彼女の言葉や想いが、徳山には――いや、皆からすれば頼もしいことこの上なかった。
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