FILE105:聖愛宕崇大学演劇サークルpresents 聖魔戦記~愛と哀しみの英雄伝~


「やっぱり舞台っていいもんだね。練習ん時から、みんなすっごく上手かったのが更に上達してらあ」


「綾女がああして舞台に立てたのも、あたしらがこうしてあの子の舞台を観られるのも、アデリーンちゃんたちが頑張ってくれたおかげだよ。ありがとう、本当にありがとう」


「いいんですよ、サユリお母さん。私たちはアヤメお姉さんの幸せを願って行動しただけですから」


「へへへ……」


 アデリーンと蜜月がベストを尽くしたことにより、綾女や聖愛宕崇の演劇サークルはしっかりと守られ、公開リハーサルも無事に成功を収めた。

 その蜜月はアデリーンのすぐ隣――ではなく、小百合の隣の席に座って、上演中は逐一様々なリアクションを見せていたという。

 蜜月本人としては、最初からこのリハを全部見ることが出来なかったことが心残りである。


「皆様、本日は観に来てくださってありがとうございました。明日はいよいよ本番です。今日と同じく……いえ、それ以上の感動と興奮を皆様にお届けしたいと思っています」


 マイクの前で、ヒロイン・アイリシアを演じきった綾女が決意を胸にキリッとした笑顔で誓いを立てる。

 その場に居合わせた者たちは、万雷の拍手、笑顔、感動、明日への期待、涙も――ありとあらゆる喜びを彼女たちに贈った。



 ◆



 そして、公演当日――本番開始前。

 市民ホールに集まっていた演劇サークルのメンバーがメイクや衣装合わせを行なっている中、綾女は白や淡い桃色を基調とした内装の化粧室で顔を洗い、その後鏡に映り込んだ自身の顔を覗き込む。


「ダメダメ。作るんじゃなくて――自然に。よしッ」


 そう自身に言い聞かせ、言葉通りに笑顔を作るのではなく、ごく自然に笑ってみせた綾女は化粧室を出て、速やかに楽屋へと戻る。

 メイクや衣装担当のスタッフのもとへ行き、ヒロインの衣装を速やかに着た後、女性スタッフにメイキングをしてもらう。


「また、いつものアレやってきたね?」


「うん。基本中の基本だけど、一番大事なやつ。私、予想は裏切っても期待は裏切らないから。ここまで来たんだし、みんなの想いを無駄にはしないよ」


 メイクや着替えは手早く、それでいて一切手を抜くことも無く。

 綾女はあっという間にヒロイン・【アイリシア】になりきった。

 まるで演じる役の【魂】が降りてきてその身に宿ったように目を輝かせている――。


「やっぱり一流よねー、頼子のメイクは! サンキュー! 今の私はパーフェクトにアイリシアだわ!」


「どういたしまして。頑張ってらっしゃい、アイリシア!」


 メイクアップ担当の【頼子】に対して頷き、ほかのキャストと並んで待つ――。

 そして幕が上がり、開演。前日のリハーサル以上の観客が見守っている中で、彼女たち演劇サークルはとんとん拍子で劇を進め、楽しませていく。

 旅立ちのシーン1つをとっても、リハーサルの時とはまた趣が違う。

 勇者の旅立ちを見送る綾女演じるヒロイン・アイリシアも、勇者も。

 勇者の旅は続き、魔法使いの少女と、穏やかで気品のある女僧侶、タフで頼もしい男戦士がそろったところでキャンプをする場面へと入った。

 裏方を務めるスタッフたちがひっそりと努力をしたおかげで、背景は夜へと変わり、照明もそれに合わせて色や光の当たり方を変える。


「昨日全部見たわけだけど、やっぱり本番だと違って見えちゃうわねー。ふふふっ」


「やっぱり? ワタシこのシーンの時は、ちょうど席外してたんだよね……」


 星空の下でたき火を囲みながら話し合う勇者一行を演じる劇サーの面々を見て、アデリーンと蜜月が口々につぶやく。

 その時、「来るぞー……」と、何かを予感した口ぶりで竜平もつぶやき、葵から人差し指を立てられて注意される。


「勇者様はこんなに素敵なのに。浮いた話のひとつもないのかしら?」


「いや……。その、故郷に残してきた幼なじみがな。俺の事を慕ってくれていて――」


「いいじゃないですか! それでどんな人なのですか?」


 紫髪で盛りヘアーの魔法使い・【ルーナ】と、青髪でスリット付きの礼服に身を包んだ僧侶の女性・【セラピィ】が一斉に勇者へと問う。

 戦士・【グラッド】は寝転がりながら、話を聞いている――という状況であったが、次の瞬間だった。


「こんな感じよ~♪」


 なんと、勇者の帰りを待っているはずのアイリシアが歌って踊りながらその場に現れたのだ。

 スポットライトも浴びて――。

 心なしか彼女を演じる綾女も楽しそうだ。


「で、出たーッ!」


「アヤメ姉さん……素敵ッ!!」


 竜平を押しのけてきた葵と手を合わせて、アデリーンは喜ぶ。

 蜜月と小百合は顔を向け合ってにっこりと笑い、劇場内の誰もが幸せと元気を分けてもらう形となった。


「アイリシア!? ど、どうしてここに……」


「街一番の魔法使いのおじさまから、声を届けるだけでなく姿かたちも投影できる通信魔法を教えていただいたの」


「あ、あ、あなたが勇者様の!? 言っとくけど、勇者様は将来アタシとくっつくんだからね!」


「むー、添い遂げるのは私よ! 私のほうが付き合い長いんだし!」


 勇者たちが驚く中で、魔法使いと幼なじみのアイリシアによる寸劇がはじまり、場内は爆笑の渦に包まれて和む。

 この場面は、コメディエンヌとしての顔も持つ浦和綾女の本領が発揮される場面でもあった。

 それはアデリーンをはじめとする公開リハーサルから見ていた人々ももちろん同じであったが、彼女らは先の場面・・・・を既に知っており、笑える一方で既にも心の中では済ませていた。


「ついに倒したぞッ!」


「シャアアアアアアァァァ……。そ、それがしはいったい……。お前たちは……? そうか、それがしはあの時操られて」


「どういうことだ蛇の王!?」


 やがて物語は佳境へと向かわんとしていた。

 専用に組み立てられたセットと背景を組み合わせて作られた――紫の体を持つ巨大な蛇の王を勇者が倒したとき、王の体から邪悪な魔力のオーラが抜け出して消滅したのだ。

 なお、蛇の王の声は劇サーの副部長によってアテレコされている。


「魔王プルガサールだ……」


「魔王ですって!?」


「そうだ。ヤツが、それがしの前に突然現れて、邪なる魔法の力でそれがしのことを――! そこから先は、まるで悪夢を見せられているようじゃった」


 突然明かされた衝撃の事実。

 とはいえ、リハーサルの時から見ていた客は例外なくこの展開を知ってはいるのだ。


「すごい迫力だったね。この辺はわかっててもやっぱり衝撃的っていうか……」


「感動系の作品を見たり読んだりして、わかっていても泣いちゃう時ってあるでしょう? それと同じようなものよ」


「ですよね。いよいよだ……わたし緊張してきちゃった」


 特撮作品かと見まがうような大迫力の戦いの後にすべての元凶の存在が明かされるという、王道の構図。

 定番中の定番ではあったが、見るものすべてを惹きつけるだけのパワーがそこにはある。

 葵とアデリーンは、ほかの観客の迷惑にならない程度に語らう。


「きゃあああああアアアアアアアアア!?」


「我がもとに来るのだ娘よ……!!」


 魔王の居城へと向かうその道中で、ヒロインが件の魔王に手にかかり連れ去られてしまう。この先の展開と、彼女と彼らが辿るを知っている観客たちは既に感情があふれ出しそうになっており、必死でせき止めているところだ。


「グハハハハハハハッッッッ! 虫ケラどもめぇ、お前たちに世界が救えると思うかァ!!」


「魔王め……許さん! 絶対に貴様を許さない!」


 クライマックス――魔王プルガサールとの決戦の時だ。

 その魔王を演じるは劇サーの部長である新田古太郎。

 立派な角を生やした兜をかぶり、プロ顔負けの特殊メイクによって顔面は真っ青に、血のような赤黒いマントに全体的に黒っぽい鎧とローブも着たその姿は、まさしく諸悪の根源そのもの。

 表情にも力が入っており、勇者の前に立ちはだかる最後の敵にふさわしい仕上がりとなっていた。


「私にかまわないで! どうか魔王を――」


 綾女が演じるアイリシアは禍々しい色合いの鎖で縛られ、まるで魔王の手で命までも握られているようだった。

 こうした場面でもぬかりなく、女優魂にかけて綾女は必死の叫びを上げて演じきる。


「これなるは我が魔力の鎖。これが何を意味するか分かるな? そうだ、この娘の命は我輩が預かったも同然なのだ。我輩を殺せばこの娘も死ぬぞオオオオオオオオ!! グワハハハハハハハハハハハ――――ッ!!」


 アイリシアを人質にとり、勝ち誇ったように高笑いするその姿は邪悪そのもの。

 魔王プルガサールを前に、ついに勇者の怒りが爆発して総攻撃がはじまる。すべては世界を救うため、アイリシアを無事に助け出すために。


「覚悟はいいな! どおおおりゃああああああああ!!」


「観念なさいな、魔王ッ! 業火よ!!」


「裁きの光よ! 聖なる剣となって魔の王に突き刺さらん!」


「ウガアアアアアア! な、なんだというのだ……。まだこのような力が、貴様たちに残っていたとでもいうのか!?」


 グラッドの必殺奥義、ルーナの必殺魔法、セラピィの光魔法が一斉に魔王へと命中する。

 各々の特技や魔法に合わせてそれらしい効果音やエフェクトが使用され、この最終局面を大きく盛り上げる。

 極めつけは剣を掲げて魔王へと突撃する勇者の鬼気迫る表情だ。

 必ず倒すという決意が見られ、対する魔王は勇者たちの攻撃に耐え続けていたものの焦りが見え始めている。


「いっけー! 魔王なんかやっつけちゃえ! ……はっ!? しまった、ヒーローショー見てる時のノリでつい……」


 応援上演とかそういうのではないのに、熱が入りすぎてしまったので――蜜月はちょっとだけ、恥ずかしい思いをする。

 アデリーンたちはそんな彼女の愛嬌のある姿に笑みをこぼした。


「ウオオオオオオオ! トドメだッ! 魔王プルガサール!」


「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァアアアア……」


 そして、勇者による最後の一撃が魔王に振り下ろされて決着がついた。


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