FILE102:演劇サークルと見学
アデリーンが蜜月とともに、勝手極まりない動機から綾女を狙ってきた元カレを退けてから数日後のこと。
あらかじめ綾女本人から確認を取って、アデリーンは蜜月と竜平と綾女を連れて、当日に公演が行われる市民ホールに押しかけた。
放課後で、部活についてはそれぞれ一言断って来ていたゆえ、問題は無い。
「お邪魔します」
外観は2階建て、オシャレで近未来的な雰囲気だ。
人々が行き交っている中で一同はホールの中へと入り、ロビーから受付に移動し、手続きも済ませて劇場のほうに向かう。
とはいえ、行くなら練習が終わってからが好ましいと判断し、まずはロビーで待つ。
やがて、終わったのか演劇サークルと思しき面々が劇場から出てきた。
「おー、みんな来てくれてたの。こっちこっち」
舞台用の衣装――ではなく、レッスンウェア姿の綾女がアデリーンたち4人のもとにやって来ると、彼女たちを楽屋へと案内する。
「アヤメ姉さん、衣装はいいんですか?」
「今日はまだいーのいーの」
楽屋の作りは案外シンプルで、とくに綾女や演劇サークルの面々にとっては部室とはさほど変わらない。
強いて言うならば、その部室と比べたら豪華なところもあるくらいだ。また、同じサークルの部員と言っても、舞台上に立って演じ、歌う役者たち、ピアノなどの楽器を演奏する者たち、メイクを担当する者たち――役目も思いも人それぞれだ。
「何度か見学させてもらってるけど、相変わらずみなさん熱が入ってる……。尊敬しちゃうな」
そう呟いて感心したのは、葵である。高校では演劇部に所属しているためなのか、周りにあるものすべてにとにかく興味津々であり、いつものすました彼女とは違う顔を見せてはじめていた。
そんな彼女にアデリーンはこれまた、興味深そうに注目している。
「おや……」
耽美系でセクシーなキミ子ら、個性豊かなメンバーにレクチャーを行なっていた部長の新田古太郎がアデリーンたちに目を向け、中断してから彼女たちのほうに移動する。
髪型が天然パーマだからか、なぜかある程度の愛嬌が見られた。
綾女が連れてきた彼女たちを、チラチラと見ながら声を漏らす。
「見たことある顔と、見たことない顔とに分かれてるね。そこの金髪のお嬢さん、もしや綾女が言っていた――」
「はい。そのアヤメ姉さんの義理の姉妹に当たる……アデリーン・クラリティアナです」
スカートの裾もつまんで、彼女はおしとやかにあいさつをしてみせる。
竜平と葵は、新田とはたびたび顔を合わせているのでとくに言うことは無い――が、葵のほうはアデリーンと一緒にあいさつをした。
葵がこれから生きていく上で必要な社交辞令である。
口を緩めて笑う新田は、次に一房だけ垂らした前髪を指先でいじくっている蜜月のほうを見た。
「それでそちらのお姉さんは――」
「ジャーナリストの蜂須賀です。綾さんや弟さんとはお友達でして」
おどけてはいるが、落ち着いた物腰で蜜月は名乗る。
ハジけた内面を見せるのは、彼らともう少し仲良くなってからにしようと、そう判断していた。
普段の彼女を知っているアデリーンたちから見れば、なんだか格好よく映った。
とくにアデリーンと綾女は少し意地悪そうに微笑んで見守っている。
「部長の新田古太郎です。……あっ! 今日は取材で来られたとかでしたかねッ」
「えー、プライベートですよ。みなさんがどんな姿勢でお芝居に打ち込んでいらっしゃるのか、気になっちゃって。
「いえいえ部長です。ウチのこと記事にしてもらえたら、【アタ大】ももっと名が知られるんだけどなァ~~」
「はっはっはっ! 失礼ぶっこきました!」
蜜月と話している中で新田が言っていた【アタ大】とは、聖愛宕崇大学の略称にして愛称である。そして、蜜月は思わずボロが出かけたので口をつぐむ。
「なに言ってるんですか
「……
アデリーンたちや劇サーのメンバーたちが笑う中、新田は咳払いして場を静かにさせる。
これは、「仕切り直して大事な話をするぞ!」――という合図だ。
「ちゅうもーくッ! 次の練習までに
20代ながら張りのある渋い声で、新田はそう連絡する。
その後メンバーらはそれぞれの持ち場につき、アデリーンたちはせっかくなので話を聞いて回ることに決めた。
女性陣がいずれもビジュアル面で大いに恵まれていたので、メンバーの視線は彼女らに釘付けだ。
まるでスポットライトでも浴びたかのように――。
「えーと、金髪のお姉さん。お名前は……」
「アデリーン・クラリティアナです」
「そうそう、クラリティアナさんだったね。さっき部長と話してた……。ウチでやってかないですか?」
「あいにく大学はもう卒業してしまって……」
スカウトを断り、綾女からも「ごめんねー、そういうわけだから……」と告げたところで、一同は化粧台の前に立つメイク担当のスタッフのもとへ足を進める。
そのスタッフは男性で、ちょうど女性メンバーに協力してもらい、メイクの練習をしているところであった。
「ソータくん、相変わらずいい腕してるねぇ」
綾女からそのソータへとほがらかに声をかけた。ソータと呼ばれた少し頼りなさそうな青年はいったん手を止めて振り向き、彼の練習に付き合っていた女性メンバーは目を閉じて静かに微笑む。
「やあみなさんはじめまして……。僕ねぇ、役者やってみたくてこの劇サーに入ったんだけど。いざステージに立ってみたら、何か違うなーって思ってさ」
「それで今、メイクアップアーティストのほうをおやりになられていると……」
「ズヴァリそーなんです!!」
「テレビの前のあなたです!」とでも付け足しそうなポーズで、人差し指を差すソータ。
だが綾女からは、「人を指差すんじゃない!」と注意されて、少し萎縮した。
それを見てアデリーンと蜜月と葵と竜平は笑い、とくにアデリーンはツボにはまっていた。
「ところで、アタシは
そう言って、ソータの練習に付き合っていた女性メンバーが視線をアデリーンたちのほうに向ける。
劇をやっているだけあってなかなか整った顔をしていてスタイルもよく、メイクが落ちてすっぴんになればまた印象が違ってきそうな、そんな雰囲気だ。
「なんだかごめんなさいね。あ、でも……アオイちゃんならどうかしら?」
「ワタシも同感です。ワタシとアデレ……おっほん! アデリーンはもう学生じゃないんで、そういうのは彼女にやってもらってはどうかと」
突然無茶ぶりをされて、葵は自身を指差して驚く。
他の誰かに人差し指を向けたわけではないので、これには綾女も注意はしなかった。
「ええええーっ! わたしですか!?」
「葵ちゃんだよおーッ」
「ちょっと月子! まあいっか。葵ちゃんも演劇部なんだしさ、やってみ?」
「お、お義姉さんがそう言うなら……」
月子と綾女がまたも葵を驚かし、周囲が盛り上がっている中で竜平は少しいじけ出す。
「お、俺は?」
そんな竜平の肩を、蜜月が軽く叩いた。元来の顔の良さを活かした笑みを浮かべると、励ましの言葉でも送るのか――と、思われたが。
「イケメンから美少女と美女へと、時代は移ったのだ。あきらめなぁ~~~~」
竜平としては、自分も舞台に立って
「どんまい」
「同情が一番の屈辱だアアアアアアアアアアア」
アデリーンが優しく声をかけたのが追い打ちとなり、竜平は頭を抱えて情けない叫びを上げて笑い者にされたのである。
姉の綾女にさえも――。
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