FILE090:それはまたの機会に

 

 その頃――アデリーン、蜜月、綾女の3人は浦和家まで帰っており、3人とも遠慮なくくつろいでいた。


「今日は【のばら園】に行かせてくれてありがとね」


 綾女が伸びをしてから、2人へそう告げる。


「こっちこそありがと! 綾さんというお友達ができて、やっちゃんも喜んでたし。あの子、立場上不安やストレスを溜めてしまいがちだからね……。きっと癒しになったと思う」


 蜜月は、八千代が綾女と知り合えたことに関して、この場を借りて感謝を告げる。

 アデリーンは、茶を淹れてくれた小百合のそばで2人を見守っていたかと思えば、寄り添って「わーっ」と驚かす。


「ふふふ……フェイさんにも会えて良かったわ。元気でやれてるみたいで」


「お知り合いって言ってたもんね。私もまた会いたい……あれ? ところで母さん、リュウがいないみたいだけど」


 フェイの魅力について彼女としばらく同居生活を送っていたことのある蜜月が語り明かそうとした時、話題は竜平に関するものへと変わる。

 いったん気持ちを抑えた蜜月は、「それそれ、それだよ。ワタシも気になってたんですよね」と、人差し指を綾女に向けてアデリーンから注意される。


「気にしてくれてたんだねぇ。竜平なら葵ちゃんとデートしに行ったわよ」


 その疑問に小百合が答え、にぎやかしになった蜜月はまた人差し指を前に出して、「いよいよ、け、結婚を前提に……?」と、拡大しすぎた解釈の仕方をする。


「ミヅキッ!あなた一言多いわよ」


「め、めんご……言いすぎた」


 上目遣いで怒ったアデリーンが力強く蜜月の肩をつかむ。少し、弱気になって謝罪した。

 気を取り直して、2人は綾女と小百合に視線を向ける。


「そのうち帰ってくるだろーし、何も心配さいらないよ。それより……今度、うちの劇サーがリハやるのよね」


「じゃあじゃあ、見学しに行っちゃってもいいですか?」


 手を合わせ、目を燦然と輝かせたアデリーンの口から質問が飛び出す。少し視線をそらして考えてから、綾女は答えを出した。


「キャンパスは関係者以外立ち入り禁止だからねー。ちょっと厳しいわね。でも、当日に貸してもらう予定の劇場ならいいと思うよ」


「じゃ、その時に日程と場所だけ教えてちょ! サークルの皆さんにも会えそうな感じかな」


「もちろんよぉ」


 オーバー気味に喜ぶ蜜月をなだめるつもりが、アデリーンも彼女のノリにつられて肩を組んでまではしゃぎだす。


「……あ。そういえば綾さんは何大だっけか。安芸大?」


 ここで補足――安芸大とは、【安芸山大学】の略称である。

 ちなみに竜平や葵が通っているのは【安芸山大学経済学部附属高校】だ。


「また違うところだよ。詳しくは、今度劇サーのみんなに会ったときにでも☆」


「だってさ。お楽しみはとっておくものよーミヅキ」


 先延ばしにされて少し気落ちした蜜月。なお、アデリーンは綾女がどこの大学に通っていたかは既に知っており、綾女と一緒にわざと意地悪をした形である。

 それからも盛り上がってはいたが――そんな折、綾女のスマートフォンに電話が入る。

 竜平からだ。


「どったの、リュウ? お姉ちゃんたちならお家にいるけど」


『たたた、大変だ。俺の友達の通ってる高校の先生が……』


「お友達の先生になんかあったのね?」


『先生がバケモノになって、みんなおかしくなったって俺と葵に泣きついてきて……』


「なんですって? バケモノになったって、事情はよくわかんないけどヤバイってことはわかったわ。早くうちに帰って……」


 通話中、綾女がデート中だったはずの竜平に催促を入れた直後の事だった。


『わ、わかうわあああああああああああああああああああああああああ!?』


「リュウ? リュウ……竜平ッ!?」


 耳をつんざくほどの必死の悲鳴とともに、通話は切れた。

 どんちゃん騒ぎから一転、騒然とした浦和家だが、ただごとではない様子から、アデリーンは1人だけ流されることなく、持ち前の超感覚によって何か察する。


「まさかヘリックス!」


 身の毛がよだつほどの衝撃を受け、恐怖と不安を顔に出すも「こうしちゃいられない」と、綾女は立ち上がり、弟とそのガールフレンドたる葵を助けに行こうとするが――アデリーンが止めた。


「私、アヤメ姉さんとサユリ母さんの代わりに行ってきます」


「ちょ、待てよ。あんた1人だけに任せておけない。ワタシも行く」


 蜜月も彼女について行こうとする。

 ここで小百合と綾女を守りたかったが、ヘリックスがどうしても始末したがっている自身がここに残ってしまうと、かえって2人に危険が及ぶ恐れがあったためだ。


「……アデリンさん、蜜月ちゃんも、竜平と葵ちゃんのこと頼みます」


 断腸の思いで大切な2人のことを託して、綾女は母とともに怪人との戦いに向かうアデリーンと蜜月を見送った。

 今はただ、2人のヒーローの勝利を願うことしかできないのか。

 そのヒーローたちはというと、浦和家を出てすぐにそれぞれ専用バイクを駆って、アデリーンの超感覚が捉えた方角へとスクランブルしている最中。

 ――街中の少し開けた区画でもっとも反応が大きくなり、アデリーンも蜜月もそこでブレーキをかけ、バイクから降りた。

 アデリーンにはわかったのだ。

 怪人が暴れていることで発された悲鳴や罵声が渦巻いている中で竜平と葵が必死で逃げていることが、はっきりと。


「この近くみたい」


「建物が破壊されたわけでも、死人が出たわけでもなさそうだけど。いったい何が――――ッ!?」


 筆舌にしがたいほどの超音波だ!

 頭が割れそうなほどの激痛が2人を襲い、2人とも両耳を塞ぐ。

 おぞましいその叫び声を発した主は、逃げ惑う人々をかき分け、乱雑にどける形ですぐにでも現れた。


「ジュミョオオオオオオオオオ……」


 全身グレーのボディに血のように赤い差し色が入り、両腕が鎌状になっているセミのような姿をしたモンスター。

 その姿を見た2人のヒーローは、こいつこそが声の主にして街で暴虐行為に走った張本人だと断定し、更にアデリーンは胸部のスピーカーを確認すると、冷たい氷の刃を精製してそこに飛ばし、少しでも超音波による被害を抑えようと試みる。

 胸部のうち刺さったほうを鎌が刺さらぬように押さえて悶え苦しみ出したので、彼女の試みは成功した。


「今のうちだよ。鼓膜が破られちゃう前に――」


「待って!」


 蜜月がどこからともなくスレイヤーブレードを取り出し、変身しようとしたその時、アデリーンがいったん立ち止まらせる。

 一瞬だけ「なんで!」と思った蜜月だったが、すぐにその理由を察して理解できた。

 答えはアデリーンの視線の先にあったのだ。


「オラァ! 死ねやあああああああ!」


「うっせーなー! お前こそおっねぇぇぇええええええ!!」


「ウガあああああああああああああああ~~~~! もういい、皆殺しだ……どいつもこいつもブッ殺してやる~~~~!!」


「裏切り者ォォォォォッ! アタシを裏切ったお前とアタシからお前を奪ったあの女を許さない! どっちも殺すッ!!」


 ――人々が目をむいて怒りと殺意をむき出しにして憎み合い、互いに罵声を浴びせ暴力を振るい、血みどろになって殺し合う地獄のような光景が広がっている。

 そうやって自分からは手を下すことなく殺し合いをさせ、高みの見物をして愉悦に浸っているとでもいうのかと思ったら……蜜月は許せなくなった。

 この怪人が、ではない。

 セミの怪人を使ってこのような作戦を実行に移したヘリックスが。


「お前たちは……欲望のエネルギーに満ち溢れているが、悪い子ではないな……。わたしの邪魔をするな。そこを……どけ」


「急に何を。否定はしないけど……?」


 ダメージが落ち着くと、心ここにあらずなのか、虚ろな口調でセミの怪人が言う。

 ヒーローたちはその通りには従わないが、何か感付く。


「ねえ、このディスガイスト、様子がおかしいよ。まるで洗脳でもされたみたいに――」


「恐らく何者かに無理矢理ジーンスフィアを使わされて、スフィアが内蔵していたパワーに精神メンタル汚染ハザードされて、それで正気を失ったのかもしれないわ」


「おいおいおいおい。横文字使えばいいと思ってんじゃ……」


 真剣な顔で推測するアデリーンに突っ込もうとした蜜月だったが、そこで以前、ショッピングモールで戦ったアイビーガイストに変身していた男が、ディアーガイストに刺した注射のようなもののことを思い出す。

 あれには不気味な色の薬品が入っていたが、まさかそれと似たような薬を――?

 と、蜜月が訝しんだ時だった。


「あ、アデリーンさん! ミヅキさん!」


「アオイちゃんにリュウヘイ!? 来ちゃダメ!」


 走って逃げてきた竜平と葵が、彼女たちの姿を発見したのだ。もちろんセミの怪人にも気付き、葵のほうは怪人を恐れた様子で指を差して反応する。

 竜平は彼女をかばいながら、緊迫した顔をしてアデリーンと蜜月に次にこう告げる。


「そ、その怪人だ。その怪人が友達の高校の先生で……」


「くだらんな。ガキどもが、勉強そっちのけでイチャイチャと……勉強をしない子には体罰だ。体罰をくれてやるわ!」


 ヒーローを飛び越えてカップルに襲いかかろうとするセミの怪人を、蜜月が一撃のもとにひるませて動きを止める。

 アデリーンも既に修羅のごとく勇ましい顔つきをしていて、準備は整っていた。


「貴様らァ! 邪魔をするなと言ったはずだァああああ!!」


「学生が思い出を作ることの何がいけないの? ささやかな楽しみも認めないなんて、あなたそれでも教師なの? あまつさえ人々に殺し合いまでさせて……あなたこそ2人の青春の邪魔をしないで。【氷晶】!」


「青春を謳歌する自由があるからこそ勉学にも励めるんだ。くだらないなんて言わせない。【新生減殺】!」


 ≪ホッ、ホッ、ホーネット! ニューボーンッ!≫


 そして、2人はかけ声とともにメタル・コンバットスーツを装着して――変身。

 そのプロセスはわずか0.05秒に過ぎない。

 今ここに青と白のヒーローと、金色と黒のヒーローが並び立つ。


「お命ちょうだい!」


「ここからは機械的に、人間的に行くわよ!」


 狂乱するセミ怪人を前に、2人は勇敢に名乗り口上を上げて立ち向かう。

 鋭い鎌を滑らかにかわし、キックも軽く封じ、力を合わせてからのダブル・キックで吹っ飛ばす。

 それだけでなく、片方が怪人を締め上げて動きを封じることで、もう片方が攻撃しやすいようにするコンビネーションも見せた。


「か、勝てるかも……お願いだ、蝉丸先生を元に戻して!」


「セミマル先生……ね。わかったわ。彼をジーンスフィアの呪いから解き放ってみせる。あなたたちは安全な所へ」


 唸り声を上げてまだ暴れ散らそうとするシケーダガイスト/蝉丸を関節技で押さえ込み、アデリーンは竜平と葵に避難を促す。

 振りほどかれたが腹に正拳突きをお見舞いし、更に蜜月が喉元へのキックで追撃だ。

 これだけでもかなりのダメージを与えられたようで、シケーダガイストは腹を押さえて苦しむ。


「ハァ、ハァ……」


「ケッケッケッケケケケケケケ~~~~ッ! 逃げようたって、そうはさせないぞおおおおおぉぉぉぉお~~~~」


 全力で走っている竜平と葵のカップルの前に、上空からコウモリのような姿をした怪人が姿を現して降り立つ。

 奇声を上げてバカ笑いしているその姿からは、もはやアデリーンや竜平の前ではじめて出現したときのような威厳も、風格も、残ってはいない。

 彼は、ジリジリ詰め寄ってから飛びかかり、2人をかっさらう。


「ジュ、ジュミョオオオオ…………」


「そんなカッコでそんな切ない鳴き声を出さないの! 反応に困るんだから。確かにセミは寿命が短いけど、それでも懸命に生きて……これ以上暴れないでッ!」


 鎌状の両腕を激しく振り回し、時には雄たけびを上げて暴走するシケーダガイスト/油田あぶらだ蝉丸を、どうにか疲弊させて動きを鈍らせたヒーローたちは、そのまま彼を怪人へと変貌させたジーンスフィアも破壊してしまおうとするが、その前に聞き出したいことがあった。


「先生、あんた誰からスフィアを買った? なんでこんなことした? 言え!」


「うるさい黙れ! わたしは間違ってなどいないのだ! わたしは教師として生徒たちを正しく導かねばならない! 無事に卒業させねばならなあああああああああああああぁぁぁ~~~~いッ!」


「……それが本心みたいね」


 暴走状態だからか、言葉自体は話せても意思疎通はほぼできない。

 そうなってはいたが、彼にも事情があり、元は厳格ながらも善良な教師だったことだけは彼女たちにもわかった。


「先生が過ちを犯す前にワタシたちがスフィアを破壊して、あんたを元に戻したいの。わかって!」


「そ、卒業させねば、導かねば、進路を……しど……う……」


「こっちを見ろNo.0ォ! 蜂須賀ァァァァァァ!!」


 興奮もようやく冷めてきた、というところで――バットガイストが両腕を大きく広げて現れ、片足でつかんでいた竜平だけ・・を雑に落としてから着地。

 もう片方の足でつかんでいた葵を離すと彼女を左腕で縛り、竜平の背中に足を乗せると踏みにじった。

 下卑た笑いという嬉しくないおまけ付きだ。


「ドリュー・デリンジャー! 全部あなたの仕業だったのね!」


「ケェケェケェケェケケケケーッ! お前らの大切な人は預かったッ!」

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