FILE079:この負け犬と呼ばないで

『お前たちか――。裏切り者が今更、命乞いでもする気かね?』


「その逆だよ……」


 モニターの向こうで冷笑するジョーンズに対して、蜜月は不敵に笑ってブルドッグガイストを追い払う。

 いきり立って蜜月に殴りかかろうとした彼をアデリーンが凍らせて制止した。

 彼女も蜜月の隣に並び立ち、ジョーンズに哀れむような冷たい眼を向ける。


「なぁ~、ジョーンズさんよ。不思議だって思わないか? なぜごく普通の一家をはじめとする人々が、あんたたちのイカレた悪魔の所業を暴露するまでに至ったか」


『いいのかな? それを話してくれたところで、我々が有利になるだけだぞ』


 モニター越しにジョーンズは顔を上げて、見下す顔をして挑発したが、2人ともそれには乗らない。

 とくにアデリーンはクスクス笑っている。


「そうかしら?」


『……なんだと? この人間もどきが、超越者にでもなったつもりか……。どうせテイラーの小娘がバックについているのはわかっているんだぞ』


「侮らないでほしいわね、スティーヴン。結果から先に言わせてもらうと、あなたたちは――とるに足らないちっぽけな存在だと見下していた、市民の皆様に足元をすくわれた。たったそれだけのことよ」


 ジョーンズが表面上は落ち着いていながらも、眉を吊り上げる。自身がバケモノ扱いして蔑んでいたアデリーンにここまで言われたことが、それほどまでに気に食わなかったということだ。


「いい機会だと思ってさあ、ヘリックスのせいで被害に遭った皆さんが行動を開始したのに合わせて、おたくらに関するあれこれをワタシからもある程度世間にリークして拡散させてもらったわけ。ワタシはおたくらに関する情報はたくさん持ってたからねぇ~~~~」


『裏社会のゴミに人間もどきの醜いバケモノめが、遊ばせておけばいい気になりおって! かつて仕えた我々への義理だの筋だのはどうしたッ!?』


 蜜月から煽りに煽られて、ついにジョーンズの怒りはピークに達し、彼はデスクを叩いて怒号を上げた。

 彼のすぐそばにいたキュイジーネは、あまり好ましくないという表情を浮かべて憂う。


「ようやく本性を表したわね、この紳士ぶった大悪党。もっと良いことを教えてあげる……。ミヅキ!」


「そこのバカ犬が口封じをしくじるように仕向けたのはワタシたちだし、あんたが目の敵にしてるテイラーの社長さんに協力を依頼したのもワタシたちだ。――それにあんたたちのような、誠実さに欠けてて仁義も持たないようなヤツらに、筋を通したって無駄だからね」


「けど後味は悪くしたくなかったから、あの一家のことは何が何でも守り通したかったの」


『き、貴様ら……おのれ小ざかしいマネを!』


「悪いなあ。これであんたたちのズルい計算は、すべて失敗したわけだ。これ以上、江村さんファミリーには手は出させないし、そのためにも……。あんたたちがトカゲのしっぽ切りした犬養を倒す」


 アデリーンと蜜月からまくし立てられ、ジョーンズが画面越しに「ぐぬぬ……」と、唇を噛みしめた時、蜜月がマシンガンをモニターとコンパネに対して豪快に撃って破壊したことで通信は切断された。

 更にその勢いで残った構成員とシリコニアンにも容赦なく撃つが、アデリーンは咎めない。

 ――の連中であったからだ。


「大量破壊と大量虐殺を犯し、あまつさえ自分の身勝手でたくさんの人々を不幸にしてきたあなたに同情の余地はない!」


「ブルスコオオオ」


 パンチで氷を叩き割ってブルドッグガイストをダウンさせると同時に、司令室の機材と設備が次々に爆発炎上する中でアデリーンはポーズをとり、蜜月もそれに合わせてかっこつけたポージングを決めた。

 2人そろって表情も険しく、目つきは凛々しく――。


「【氷晶】!」


「【新生減殺】!」


 ≪ホーネット! ニューボーン!≫


 アデリーンは天井へ向けて右の手のひらを伸ばし、蜜月は右腕のブレッシングヴァイザーをタッチして電子音声を鳴らすと――それぞれのかけ声とともに、変身。

 青と白のツートンカラーで雪の結晶と王冠のモチーフを持ったヒーローと、メタリックゴールドとメタリックブラックのボディを持ったスズメバチのような姿のヒーローが並んだ。


「零華の戦姫、アブソリュートゼロ!」


「月夜に舞う黄金の影、ゴールドハネムーン……」


 ダブル・ヒーローが名乗りを上げて、彼女らの気迫に圧されて悪しきブルドッグガイストは思わず後ずさる。

 地団駄を踏み鳴らしてから、ブルドッグはトゲ付き首輪から周囲にミサイルを乱れ撃った。


「ええ――――いッ!! この基地ごと貴様らを爆破してくれるわァ!!」


「そうはさせん! ドラァ!! うおおおおおおおお!!」


「イィィィィヤ――ッ!!」


「ぶ、ブルスコオオオオオオ!?」


 だが屈しなかった彼女たちは、巧みなコンビネーションを魅せてブルドッグガイストへと同時攻撃を繰り出し、そのまま、秘密基地の外へと脱出。

 外へ躍り出たその時、背後で大爆発が起きて爆炎と煙が派手に、しかしむなしく上がった。


「あとはお前を倒すだけだね。ブルドッグガイストッ!」


「ま、待て、ゴールドハネムーン! オレが悪かった! よかったらオレのもとで雇ってやろう。報酬はたんまりくれてやるし、別荘だってつけてやる。根無し草のままそいつとヒーロー活動なんぞするよりは健全だぞぉ。なっなっ」


 ダウンさせられたブルドッグガイストは命乞いをし始めたが、油断を誘う目的なのは見え見えで、アデリーンも蜜月も呆れて大きく、ため息を吐く。


「だが断る」


 蜜月はとぼけた口調でそう切り捨てて、ブルドッグガイストを蹴っ飛ばし、更にアデリーンを連れて距離を詰めた。

 そのまま徒手空拳で追い込もうとしたその時である。

 なんとブルドッグガイストが力を入れて首にはめた首輪のトゲを伸ばしたのだ――。

 もっとも、2人とも危機を察知して瞬時に避けたので、ダメージは無かった。


「愚かな! こんなにいい条件は無いと言うのに! それならお前はもう……死ねェ~~~~ッ!!」


 犬養/ブルドッグガイストが雄叫びを上げたその時、その場にいた誰もが気づかぬうちに、ブルドッグガイストが首を防御するようにつけた首輪の後ろで、何かの合図のようにランプが点滅し出していた。


「……嫌な予感ッ!」


 瞬間的に何か、感じ取ったアデリーンはブルドッグガイストの攻撃をかわしてその背後へ回り込む。

 蜜月も察したのか、敵が振り回してきたチェーン付き首輪を手刀で弾き返してアデリーンに同行する。

 2人とも怒ったブルドッグに腕で薙ぎ払われたが、少しかするだけで済んだ。


「何かあったのか!?」


「彼の首輪が露骨に怪しいのよ……。いかにも何かキケンなものを内蔵してます、って言わんばかりにね」


 いきり立ち、またも地団駄を踏んでいるブルドッグガイストを、2人は冷静に観察。

 首輪の後ろで点滅しているランプが怪しい。

 そうにらんだ2人は即興で立てた作戦を実行に移す――。


「貴様ら、何をゴチャゴチャ言っとるか」


「動くな、犬養のおっさん。死にたくないならな」


 苛立っているブルドッグガイストの首輪投げ攻撃を縫うようにかいくぐって、蜜月は装甲で覆われた敵のボディをスキャニングして、隙間が無いかを分析する。


「見えたッ」


 ――あった。

 なので、彼女は金と黒を基調とした短剣・【ハニースイートダガー改】を取り出して急接近。


「食らえ!」


「ブルスコぉおおおお」


 脇腹のわずかな隙間にHSハニースイートダガー改を突き立て、火花を散らしながら毒を注入。

 敵が死なない程度に加減した上で、だ。

 次に蜜月はHSダガー改で連続斬り、連続突きを繰り出して敵をダウンさせ、その隙にアデリーンが光線銃をホルスターに挿して、両手から強力な冷気を発し首輪だけを凍結させた。

 ブルドッグガイストは、猛毒と凍てつくような寒さを同時に食らって著しいダメージを受けたので動けない!


「フッ! こうして、イィィィヤアアアアアアア――――ッ!!」


 ブルドッグがスタンして悶え苦しんでいる間に、アデリーンはランプのついた首輪をチョップで叩いて外し、空高く放り投げる。

 一瞬だけ空を覆うほどの爆発が起き、黒煙が広がって霧散していく。

 アデリーンも蜜月もブルドッグも、これには呆気に取られてしまった。


「危なかったわね。あなたは知らない間にスティーヴン・ジョーンズから爆弾を持たされ、特攻させられるところだった」


「――まー、つまり、こういうこったね。結局あんたは、その程度にしか思われてなかったんだ」


 アデリーンと蜜月の口から、信じがたい事実を立て続けに聞かされて、ブルドッグガイストは頭を抱えけたたましい叫び声を上げた。

 そして地面を踏みしめて地響きを起こし、自分の周囲に亀裂を走らせる。


「カワイソーだけど同情はしないわ」


「く、クソ……はかったな……ジョーンズ……! おのれ、貴様らだけでもぶち殺してくれるゥ」


 完全に後がなくなったブルドッグが、勢いよくチェーン付きの首輪を振り回して辺りを薙ぎ払う――。

 急な攻撃だったためアデリーンと蜜月は回避が間に合わない。

 そのままダメージを受けて転倒させられた。


「ヤバいわよ。相手はやけっぱちになったあまり、火力が格段に向上しているわ」


「となったら、短期決戦を挑むしかない……」


 もはやダラダラと戦う必要は皆無と彼女たちは判断した。

 奥の手として、アデリーンはその手に専用マシンの右ハンドルだけを召喚し、ブリザードエッジへと変形させて構えを取る。

 蜜月は【スレイヤーブレード】を両手にしっかりと握って、ブルドッグガイストへと向けた。


「バカか貴様ら! そんなナマクラでオレ様の装甲を貫けるとで、も……!?」


「へっへっへっへっ、それはどうかなッ! スティンガーアナイアレートッ!!」


 両手持ちで繰り出された、紫色と金色に輝く破壊エネルギーをまとう蜜月の全身全霊の必殺剣が、ブルドッグガイストのボディを大きくド派手に切り裂いた。

 火花が血しぶきの代わりに弾け飛び、毒もまわって身動きが取れない。


「あとは任せた!」


「オッケー! これで終わらせる! アヴァランチ――……ダウンバースト!!」


 青い閃光となって駆けたアデリーンが蜜月と交代してブルドッグガイストをブリザードエッジで斬り上げて、空高くジャンプしてから急降下。

 着地した地点を中心に爆発を起こして周囲に地中から巨大なツララを発生させてブルドッグガイストを突き刺し、爆発四散させた!

 炎上し、砕けた氷が光り輝いて宙を舞う中で、怪人の姿から戻った犬養が青アザのできた顔でうめき声を上げて横たわり、その近くでブルドッグのジーンスフィアの破片が散らばった。

 2人で変身解除するとアデリーンはそれを回収し、少しだけ犬養に憐れみを見せてから蜜月のそばに寄る。一仕事終えたので、その場で一息ついた。


「お、オレは上級国民様なんだぞぉ。税金だってお前らより高く払ってたんだああああ……」


「水でも被って反省しなさい。もちろんお縄にもついてもらいますからね」


 黄金色のロングヘアーを梳かした隣で蜜月が金色と黒のカードに犬養の罪状を記して投げつけ、彼を気絶させる。


「守れなかった人たちのためにも、ワタシたちはお前たちのような悪党どもをやっつけて、【守る責任】を果たす」


【この者、大量破壊・大量虐殺・汚職・恐喝殺人犯!】

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