FILE047:本当のあなたを見せて

「お帰りなさい。何も問題はありませんでした」


「お勤めご苦労様です。この家を守ってくれてありがとう」


「いいってことです。サンキュー、グッバイ!」


 カメレオンガイストが巻き起こした大騒動も収束を迎え、梶原親子も加えて浦和家に戻ったアデリーンは早速ここまで留守番と自宅(?)警護をしてくれたアイシングドールに礼を言う。

 そしてアデリーンと抱き合ったアイシングドールはそのまま光の粒となって消えた。

 一時的にアデリーンが2人に増えていたので、竜平に葵は先に説明を受けていたとはいえ、一同は不思議な気分であった。


「いやぁホント…………、今日はひどい目に遭ったわね。アデリーンちゃんに助けてもらえたとはいえ、春子ちゃんも葵ちゃんも、気が気じゃなかったでしょうに」


「でも、小百合ちゃんが無事で良かったわ。ね~、葵?」


「えへへ……」


 こうやって顔を合わせることができたのはほとんど奇跡だ。

 この時間を大切に過ごしたいと願った小百合は笑みをこぼし、皆も笑顔になって和気あいあいとした空気が辺りに漂う。


「ふふふふ。みんな良い笑顔だわ」


「今日のアデリンさん、本当にかっこよかったですよ! シビレちゃった……」


 暖かいまなざしをしてそれを見ていたアデリーンに、唐突に腰砕けな様子の綾女が抱き着いて彼女をびっくりさせる。

 隣にいた竜平は目を丸くして二度見した。

 もしや、もう彼氏をどこかで引っかけなくてもいいとか、そういう風に考えているのではないかと、少し不安に思っていたようだ。


「今度、劇サーでお芝居やる際に参考にさせてもらっても良かったかな?」


「全然! かまいませんよ。お役に立てるなら嬉しいです」


 ちょっとだけ男前な役を意識して、綾女はアデリーンの胸を指でなぞって問いかける。

 彼女はそれに快く答え、それを見ていた竜平はマヌケ面をしてその場で硬直した。


「それにしても、ミヅキさんってばひどい! アデリーンさんとの約束を急に破って飛び出して行って、それっきりなんですよ!?」


「ミヅキが? 詳しく聞かせて……」


 一同が少し落ち着いたところで葵が愚痴り出す。

 それを聞いていたアデリーンはあれからミヅキが何をしたのかを葵に訊ねた。


「アデリーンさんを探しに行くから、絶対にお外に出ないでね! ってわたしたちに言ってから、それっきりです」


 ――だそうだ。

 周りが他愛のない雑談を始めた中、不審に思ったアデリーンは少しの間考える――。


「それは気になるわね。わざわざ聞かせてくれて、ありがとう。また今度問い詰めてみる。……小一時間くらいね……」


 やんわりとした口調と笑顔ではあったが、葵にはどこか怖く感じられた。



 ◆◆◆◆



 夜も更けた頃、厚着をして行ったアデリーンは静まり返った街の中を散歩していた。

 ――ある目的をもって。


「ごめんなさい、もうしばらくおうちには帰れません。それじゃ、おやすみなさい」


 いったん立ち止まると家で待つ義父・アロンソと義母・マーサに電話でそう告げて、彼女はまた歩き出す。

 超感覚で『対象』の気配を探りながら。

 そして、気配が近づいてきたとき、彼女は少し口元をほころばせた。


「【黄金のスズメバチ】さん! いるんでしょう? あなたに用があるの。出てらっしゃい」


 そこは誰もいない倉庫街。

 彼女がその名を呼んだ時、日本一金のかかる暗殺者・【黄金のスズメバチ】は姿を見せる。

 血のように赤い満月をバックに、倉庫の屋上の避雷針の上に立っていた。


「おやおや……」


 アデリーンの前に飛び降りて、【黄金のスズメバチ】――またの名をホーネットは腕を組む。


「あんたみたいないいオンナが1人で出歩くなんて、危ないよー。で、ワタシに用ってなんだい?」


「いろいろあるけど、まずはお礼を言わせて。……ありがとう。今回はあなたのおかげでみんな助かったわ」


「ふん。礼を言われるようなことはしてないっての」


 すました笑顔でお辞儀するアデリーンに対し、ホーネットは顔は隠したまま肩をすくめてつっけんどんな態度をとる。


「ねえ、もうそろそろ素顔を見せてくれないかしら」


「何度も言わせないで。顔だけは企業機密だから見せられないよ」


「……【ジャーナリストのミヅキ】、なんでしょ?」


「ははははははッ。ミヅキ? 誰それ? 知らね~~ッ。何のことだかサッパリだわさ」


 アデリーンから疑われて一瞬だけホーネットは動揺するが、食い気味に笑い出す。


、共通点があまりにも多すぎるって思ってたのよ」


「人のことをよく観察してるなあ。けどアブソリュートゼロちゃんさぁ、【他人の空似】って言葉ぁ知ってるよね?」


「ええ、知ってるわ。だからが知りたいの。に私の質問に答えて」


 あきらめず食いついてくるアデリーンにちょっと苛立ちながら、ホーネットは踵を返そうとする。


「ヤだねッ。ワタシはアブソリュートゼロちゃんとは今の関係を続けたいんだってば」


「じゃあ、いい加減私に【素顔】を見せなさい」


 「ぷいっ!」と、ホーネットは顔を背け、今度こそ立ち去らんとする。


「うっせーなあ! ワタシはワタシだ。今のこの顔がワタシの『素顔』……、だ……ッ!?」


 ため息を吐いてからアデリーンは歯を食い縛った顔をして、言い訳を続けるホーネットの頬をビンタではたく。

 その勢いで彼女が身につけていた黒いサングラスや黒マスクが外れ、地面に倒れた弾みでフードも取れた。


「っ!? な、何しやがる!!」


 紫がかった黒髪、一房だけ垂れた前髪に、吸い込まれるような蜂蜜色の瞳、そして端正で色っぽい顔立ち。

 バンギャル風の黒いコートと紺青色のワイシャツ、暗い青色のズボンに黒いブーツ。

 間違いない、彼女は――。


「……ほらね。、【ミヅキ】だったんじゃない」


「これ以上、隠しても無駄か。いつから気付いていた…………?」


 左の頬を押さえながら、ホーネット、いや――ミヅキは問いかける。


「最初にカフェで会った時からよ。あの頃からわざとらしく接触してきたし、ディスガイストの居所のヒントも教えてくれたし、うさんくさかったし、都合よく協力もしてくれて。薄々怪しいって思ってたの」


 目を見開いて驚愕するミヅキだったが、次の瞬間その眼光は鋭く、口元も吊り上げて狂気的な笑顔を見せた。

 そして――。


「は、ははは……。ふふふ、へへへへへはははははは……! あーっはーっはははははははははははははははっは――――ッ」


 哄笑する。ゆっくりと立ち上がるとその手に銃型デバイス――ジングバズショットを握り、アデリーンに銃口を向けて威嚇!

 アデリーンは眉をひそめ、彼女をにらんだ。


「ふぇへへへへはははははははははァァァァァ――――――――ッ!! ……バレちゃあ仕方ないなあ!! え!? アデレードッ!!」


 今まで巧妙に隠してきた本性をむき出しにすると、首を傾けたり、目をすわらせたりするなど芝居掛かった仕草とともに、歪んだ表情で笑いながらそう叫ぶ。

 その鬼気迫る執念、底の知れない狂気、おぞましいほどの殺気――。

 伊達や酔狂で【日本一の暗殺者】を名乗っていたわけではないということを、アデリーンは改めて思い知った。


「ある時はフリーのジャーナリスト・ミヅキ。またある時はヘリックスの殺し屋・ホーネットガイスト。だが、その正体は……。日本一金のかかる暗殺者【黄金のスズメバチ】こと、【蜂須賀蜜月】。『』と書いて、『』だ。絶対に死なないお前を殺す女さ」


 蜂須賀蜜月はちすか みづき

 それが多くの顔を使い分けてきた彼女ミヅキの本当の名だ。

 笑顔だが目は笑っておらず、声にもドスを利かせていた。


「ようやく、ありのままの姿を見せたわね。本当に私を殺せると思うの? 日本一お金のかかる殺し屋さん」


「答えるまでもないね。ワタシは不可能を可能にしてみせる」


「……あなた、狂ってるわね」


「ふぁははははははは!!」


 動揺せず煽って行くアデリーン。

 乗せられることなく左手で顔を覆いながら、蜜月は狂喜する。


「ああ、狂ってるよぉ。ワタシは怖いこわーい殺し屋さんだから、何をやったっていいんだぁ。美学がまかり通る範囲でな」


「美学ですって? そんなもの、あなたのような殺し屋にあるわけがない」


「……人を猟奇殺人鬼みたいに言ってくれちゃってぇ……」


 突然、特定のアニメ制作会社が好んでいそうな角度で首を曲げてアデリーンに主張する。

 蜂蜜色の瞳がより一層狂気を際立たせていた。

 かと思えば、姿勢を正し冷え切った顔でまたジングバズショットをアデリーンに向けた。


「暗殺のターゲットには誰だろうと、敬意を払う。可能な限り正々堂々と戦って、1対1で殺す。それがワタシなりの【殺しの美学】」


「矛盾ね。私が死なないことを知っておきながら、信念のもとに【殺しの美学】を押し通そうとする。1つしかない命を散らすつもり――?」


「そうか? ワタシにはお前を倒せると言い切れるだけの力も自信もある。最期のその時まで誇りに殉じて生きるさ……」


 余裕綽々でアデリーンに語る蜜月は汗1つかいておらず、目線も一切ブレていない。

 眉毛を『ハ』の字にして煽り返したかと思えば、すぐ吊り上げて憎たらしく笑う。


「1週間待ってやる。それまでにコンディションを万全にして、お前1人で【逢魔ヶ原】まで来い。そこで決着を着けよう。これは果たし状だ――」


 宣戦布告。

 それを告げる際には、蜂須賀蜜月の声色や口調からはおどけた感情は消え失せ、日本一の暗殺者としての冷徹さだけが残っていた。


「……望むところよ」


「フッ。そうかい。それじゃあ、これ以上語ることは無いな」


 スゴ味を見せたアデリーンに対し、蜜月はニヒルな笑みを浮かべる。

 くるくるとジングバズショットを回してからしまうと、腰に手を当てている彼女を指差す。


「また会おう」


 そして冷めきった表情に戻ると、淡々とそう告げてから去って行った。

 それを見つめていたアデリーンは目を伏せて、何を思ったのか――。

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