FILE043:バケモノカメレオンが美人親子を襲う

「う、ウワ――ッ! お前まさか、ヘリックスのが言ってたアブソリュートゼロかっ!?」


「それがどうした! ……キュイジーネを知っているのね?」


「レロレロレロレロレロ! そ、そうだ! そのキュイジーネおばさんからジーンスフィアを買って、僕をいじめたゴキブリ野郎どもに復讐してやったんだあ!! 何が悪いってんだ!!」


「……自分から安易に悪魔に魂を売るようなマネをするなんて。同情の余地なし」


 早々に腰を深く落としてからのパンチをぶちかまし、ブリザラスターをしまうと更に敵のツノを両手でつかんで投げ飛ばす。

 そこから更に踏みつけて追撃だ。一連の行動をすべて、問い詰めながら行なった。

 彼女はこの悪党に一切容赦はしない。


「ひぃー! 死にたくない! 死にたくない!」


「そうね。あなたのようなヤツはこの世にいてはいけない……!」


 急におびえ出したカメレオンガイストを前に彼女はそうは言い放ったが、まだ忠告の範疇だ。

 それ以上越えてはならない一線を越えられたのなら、その時は本当に――この世から葬り去る。アデリーンという女はカメレオンが思っているほど甘くはない。


「こここここっち来んな! 帰れッ!」


「いいえ、帰るつもりはないわ!」


 死ぬのが怖くて抵抗を始めたカメレオンガイストの目からレーザービームが放たれたが、避ける必要はない。

 悠々と闊歩して、パンチやキックをぶち込んだ。

 流れるように連撃を決める中で、さりげなく目つぶしもお見舞いしていた。


「レロレロレロレロ……、お、おのれ~! こんなの相手にしてたら命がいくつあっても足り、グエッ!?」


 尻尾をつかんでジャイアントスイングだ!

 広場内の柱に叩きつけられ、カメレオンガイストは少しの間目を回してダウンした。


「し、シリコニアン――ッ!!」


 その時、カメレオンガイストが大声で叫んだのを合図に色とりどりの戦闘員・シリコニアンたちが一斉に現れた。

 どさくさに紛れてカメレオンガイストは大慌てで逃げ出し、アデリーンはそれを見逃さず射かけるが、シリコニアンが群れを成して立ちはだかる。


「ラーセーンッ! グルグルグルーッ!」


「フッ! ハッ! 卑怯者!待ちなさい!」


 ちぎっては投げる勢いでシリコニアンたちを蹴散らし、ブリザラスターで凍らせると同時に殲滅。

 超感覚を頼りに追いかけると、その先には――。


「レロレロレロレロ! レロロロロロローン!! よさげな女ァ……」


「きゃっ!? ママっ!?」


「あ、葵~っ!」


 なんと、調子に乗ったカメレオンガイストが近くを通りかかった葵と葵の母に長い舌を伸ばして、器用に絡め取っていた!

 目の前で彼女たちがなぶられているのを見たアデリーンは仮面の下で怒り、拳を握りしめる。


「き、きもい! 離して! 離せって!!」


「レロロレロロレロレロッ! お母ちゃんと一緒に慰めてやるって言ってんだ! 分からず屋めッ!」


「誰があんたみたいな人……!」


「レロレロ! むっかつくーッ!」


 どれだけ親子から抵抗されてもしゃべり倒すカメレオンガイストは、舌でいやらしくなめ回す。

 健全な女子高生とその母が触手のようにヌルリと動くモンスターの舌でいいようにされてしまっているという、深夜アニメめいた、おぞましい(?)絵面だ。

 その地獄絵図を作り出したカメレオンガイストの背後に、怒り心頭のアデリーンが近寄って、指でトントン叩く。

 カメレオンが器用に目だけ後ろを向いたその時、後頭部にブリザラスターの銃口が突きつけられた。


「……よくまわる舌ね。いい加減にアオイちゃんとママさんを離しなさい」


「ヒッ……!?」


 殺される!

 彼女の言う通りにしなければ、殺される――!

 恐怖で血の気も背筋も凍ったカメレオンガイストは、恐る恐る梶原葵とその母の春子を下ろした。

 それ以上傷つけないようにだ。

 散々やりたい放題非道の限りを尽くしたくせに、妙なところでは紳士的というか律儀な怪人である。


「アブソリュートゼロさんだよね? わたしとママのことだけど、どうしてだろ……」


「さ、さあ……」


 ヨダレでべとべとになっているのを気味悪がったが、今はそれどころではない。

 自分を助けてくれた彼女を見ながら、葵はそう訝しむ。

 だが、こうして助かったのだからひとまず安心だ。

 なお、カメレオンガイストが彼女らをなめ回して体中につけた唾液については、アデリーンがその場でべとべとの唾液のみを対象にフリーズドライを行なってきれいさっぱり消し去ったため、その点については彼女らが心配することは何もなかった。


「レロロロロ……。い、言われたとおりにしたじゃないか。見逃してくれ」


「いいえ、お断りよ。今すぐあの2人に謝りなさい。変身を解いて、警察に出頭しなさい。2人に謝ってからよ! いいわね!?」


 カメレオンガイストを殴って、ビンタして、チョップやエルボーもぶつけながら、アデリーンが叫ぶ。

 尻尾もつかんで手刀で切り落とした。

 激痛のあまり悲鳴を上げたカメレオンガイストは逆ギレして、左手に出現させた丸ノコを回転させて襲いかかるが、これも出力を上げたアイスビームで凍らされて通用しなかった。


「す、すごいわね。葵はあの人知ってる?」


「知ってるも何も。いま話題のヒーロー・アブソリュートゼロだよ、ママ! わたしたちを助けに来てくれたんだよ!」


 アデリーン=アブソリュートゼロのおかげですっかり元気を取り戻した葵は、目を輝かせながら母の梶原春子に青く輝くメタルコンバットスーツをまとうヒーローについて説明する。

 こんな時に何をのんびり、とはツッコミたくなったが、曇りのない瞳で話している娘に免じて、聞いてあげることにした。


「食らいなさい!」


「レロレロレロレロ……!」


 件のアデリーン=アブソリュートゼロがカメレオンを追い詰めているうちに、両者はガラス片などが散らばる廃工場へと移動していた。

 葵とその母が襲われていた地点からは近場だ。

 当然のように荒れ果てて散らかっており、火気厳禁の一斗缶やドラム缶も放置されていて危険極まりない。

 それだけではなくゴミ捨て場同然に扱われていたのか、壊れた鏡や古くなった窓枠なども野ざらしとなっていた。


「シューティングエンド!」


「レロッ!? ベベロベロベロベローッ!?」


 全身全霊を込めて、ブリザラスターの銃口からフルパワーでアイスビームを放つ。

 トドメは刺せなかったがカメレオンガイストは凍りつき、一気に距離を詰めたアデリーンは全力全開のパンチをぶつけてぶち壊す。

 氷の破片が飛び散るとともにカメレオンガイストは地べたに転がった。

 呼吸を乱し、生まれたての小鹿のように弱々しく震えながら立ち上がると、毒々しい紫色の眼球を四方八方に動かして何か探り始める。


「さっきから怪しいわね。何かお探しだったかしら?」


「お、お前から逃げるための経路だあああああああ」


「……しゃべっちゃったわね?」


「や、やっべ……!?」


 そんなに割れたガラスや鏡が気になるのか?

 弱気になったカメレオンが辺りをキョロキョロと見回していることをアデリーンは疑う。

 が、カメレオンが口を滑らせたことによりその疑いは確信へ変わった。

 そして周りにある姿が映り込むものをブリザラスターで破壊する。

 破片も見逃さず撃って粉みじんにしたし、その弾みで爆発も発生させた。

 逃走されるのを少しでも防ぎたかったからだ。

 もちろん、カメレオンガイストへの攻撃も欠かさず、既に何発もアイスビームを命中させていた。


「レロレロレロレロ! しょ、勝負は預けた! これ以上お前に命を狙われるのはコリゴリだ!? マジで勘弁してくれ! レロロロロロローンッ!!」


「待てっ! カメレオン! くっ……」


 しかし、まだ古ぼけた鏡が1つだけ残っていたため、惜しくもカメレオンガイストにはその鏡の中に逃げられてしまった。

 だが――何も成し遂げられなかったわけではない。

 葵と春子を守ることができたからだ。

 もぬけの殻となった廃工場でアデリーンはヘッドパーツを脱ぎ、同時にメタルコンバットスーツすべてが粒子状になって消えたことにより変身が解除された。

 黄金色のロングヘアーと青い瞳、きめ細やかで透き通るような肌、整った顔立ち――そのすべてが露わとなる。


「あの! アブソリュートゼロさんですよね? ……あ、あれ?」


 その様子は、心配になって追いかけてきた葵と春子に見られた。

 春子から注意されて引っ込むが、春子のほうもアブソリュートゼロからアデリーンの姿に戻るさまを見てしまっていた。

 「まいったな……」と、アデリーンは少し困った笑みを浮かべる。


「あ……アデリーンさんだったんだ……」

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