FILE001:【彼女】はひた走る
とあるカフェの店内へと移動していた金髪碧眼、長身、おまけに超ナイスバディの美女――【アデリーン】は、机の上でノートパソコンを取り出して昨日回収した球状の何かの破片を調べていた。
いたって冷静沈着、淡々とした感じではあったが、ノートパソコンの周りには自分のスマートフォンやコーヒー、そのコーヒーとセットで注文したクリームチーズケーキを置いており、彼女もまた今を生きる1人の女性なのだということを物語る。
(ゆうべ倒したあの男が持っていたモノにはポーキュパイン。つまり、ヤマアラシの遺伝子が内包されていた。そして、やつは【ヘリックス】の関係者ではない、ただのゴロツキ)
ノートPCとUSBメモリを使って、内部にあったデータと照合。
【スフィア】なるものの破片の一部を分析しつつ、昨日戦った敵の容姿や特徴を再確認して心の中で独り言ちる。
元々スタイルに恵まれているゆえ、そうした姿もサマになっており、他の客は目が釘付けになった。
(そのゴロツキにあれを売りつけた【ヘリックス】のバイヤーとは誰なのか……それが気になるわね)
画面に映されたデータには、あのヤマアラシの怪人やヘリックスという組織のエンブレムと思しきものが映っており、ファイル名には『PORCUPINE DISGUEISET』と記入されていた。
――
また、バイヤーがいるということは、この砕けた【スフィア】と同じものをいくつも、世界各地で密かに売って回っていることとなる。
それを利用して変身したのであれば、昨日撃破された怪人と同じ姿になるだろう。
ヤマアラシ型だけではなく、ほかのさまざまな動植物を彷彿させる姿かたちの怪人たちも、アデリーンが保有するデータリストに載っていた。
ほかにもWi-Fi機能を利用して必要なデータの更新を行ったり、確認作業の合間にネットサーフィンをしたりなどして、疲れてきたので――アデリーンはノートPCを閉じて、USBメモリもスフィアの破片もバッグに片付けた。
そして周りから無愛想だと思われるのもシャクだったので、少しおどけた様子でため息を吐く。
これは呆れからではなく、頑張った自分への労いと今後への意気込みから出たものである。
「マスター、ごちそうさま。釣りはいらないわ」
「あいよ。またいつでも飲みに来てくれ」
そうして、サングラスがやたらと似合うカフェのマスターに支払いとあいさつを済ませ、アデリーンは店を出た。
入口の花のアーチをくぐった後、玄関扉上の看板に書かれた店名を見て、「やっぱりいい店だなー」、と彼女は思ったようだ。
少し口元を緩めた後、気を引きしめて彼女はバイクにまたがりカフェを発つ。ただのバイクではなく、中型でやや近未来的でどこかヒロイックなデザインで、青と白のツートンカラーのボディを持つバイクだ。
(動植物の遺伝子や、無機物・現象・概念のエネルギーを宿した悪魔の【スフィア】。それを人々に売りつけて悪へと走らせる犯罪組織・【ヘリックス】のバイヤーたち……)
交通ルールをしっかり把握して守った上でバイクのエンジンを噴かせ、道路を走りながら彼女は振り返る。
少しだけ前の過去も、もっと前の過去も。
今まで倒して来た怪人たちの姿や、犯罪組織――ヘリックスに所属する悪党どものほくそ笑む顔が脳裏によぎった。
(……許すわけには行かない。ヘリックスに【造られた存在】である私を、人間として育て、生まれ変わらせてくれた博士のためにも)
だが、何よりも大切なのは、幼い頃から自分を我が子のように愛してくれた【博士】たちのことだ。
たとえ血はつながっていなくとも、彼のことは実の父親のように慕っていた。
彼らがいたから、造られた命どまりであった自分は自我を確立して、今の人間らしい自分になれた。
【氷】そのもののように冷たかった自分をぬくもりで包んでくれたから、他者を愛し、守っていきたいと思うようになれた。
義父に胸を張って自慢できるような、強くて、誰にでも優しくして、人の痛みや苦悩を理解して、慈しむことができる人間になりたい。
そのためにも、何の罪もない人々を苦しめる【ヘリックス】は撲滅する。
――銀色のヘルメットの下で、アデリーンは幾度めかの決意をした。
◆◆◆
その晩、あらかじめホテルにチェックインしていたアデリーンは、自身が寝泊まりする部屋でシャワーを存分に浴びて体を洗った後、ベッドでスマートフォン片手に横になり、くつろいでいた。
「今日は手がかりなしかあ。
他愛のない独り言をつぶやいた後、思うところのあったアデリーンはSNSアプリを起動。
【両親】と書かれたアカウントへとメッセージを記入し始める。
とは言っても彼女は人造人間だし、両親と言っても義理の両親だ。
自分を育ててくれた博士の友人夫婦で、元科学者。
よって彼女には父親が2人、母親が1人いるということになる。
しかしまだ、帰れない。
ヘリックスの痕跡を追い、そのヘリックスが送り込み、あるいは生み出した怪人がいれば倒す。
――そういった使命を果たすために全国を旅してまわっているゆえ、なかなか帰るべき家に帰れずにいたのだ。
「当分、帰れそうにはないけど心配しないで。私なら大丈夫ですから」
そうメッセージに書いて送信。
もちろん両親もわかってくれたので、心から安心できたアデリーンは部屋に置いてあったテレビの電源を入れる。
バラエティやドラマなどをひとしきり視聴し終わった後、しっかり、ぐっすりと眠って疲れを癒した。
◆次の日の朝◆
目覚めもばっちり、ホテルを出たアイリーンは人々が行き交う街の中を歩いていた。
とくに目新しいものや怪しいものは見当たらない。
が、前から来た通行人と肩がぶつかってしまう。
バンギャル風の黒いコートに紺のシャツを着た、紫がかった艶のある黒髪の女だ。
瞳は吸い込まれそうな色調の蜂蜜色で、まつ毛も整っていて、それだけでなく唇も潤っており、肌も血色が良く、ハリがあって独自の色気がある。
「あいたっ」
つい片目をつむってしまうアデリーン。
相手もハンカチを落としてしまい、困惑したところで、
アデリーンは気まずそうにしながらハンカチを拾い上げると、まずは頭を下げる。
「ごっごめんなさい、あの、これ……」
花柄とミツバチの柄が入ったかわいらしいハンカチを手渡して返却。
バンギャル風な黒いコート姿の女は、まだ眉を垂らして戸惑っていたが、自分を落ち着かせると微笑んで、次にこう返事した。
「いいよ、気にしないで。ありがとう」
「はい!」
周囲に居合わせた人々も最初はざわめいていたり、あるいは意に介さなかったが、ケンカになることなく和解したふたりを見て、ほっとした。
黒髪に黒コートの女は愛用のハンカチをしまうと、コートのポケットに手を入れて、その場から去って行くアデリーンを笑顔で見送る。
――その時の笑顔と、その時の眼差しは不敵で、
黒いサングラスをかけた彼女はコートのポケットに手を突っ込んで、いずこへと去って行く。
◆◆
アデリーンは、それからどうしていたのかというと――自分へのご褒美として何を買おうか、道に並んでいる店のショーウインドウを見て回りながら考えていたところだ。
何がいいだろう。
流行りの漫画?
おしゃれな新しいカバンやブーツ?
たまにはフリフリのかわいらしい服も着てみたい。
贅沢な悩みとともに熟考していたが、いつまでもそれは続かなかった。
(はっ!? 誰か襲われてる!)
人造人間としての超感覚が、何か嫌なものを感知したからだ。
自分自身の危機ならばまだいい。
だが見知らぬ人であっても、誰かが危険にさらされていたのなら、黙って見過ごすわけには行かない。
しかし、そんな時だからこそ、ここは冷静に動いて対処すればいい。
彼女は
「【ブリザーディア】ッ!!」
専用の青いバイク・ブリザーディアは光に包まれながらどこからともなく現れ、アデリーンはそれに搭乗してアクセル全開で走り出す。
ものすごい剣幕であったが、それは何があっても必ず助けるという意思表示だ。
「待ってなさいな。必ず助けるから……!」
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