短編小説

佐野徹夜

ミニマリスト

 ミニマリストの本を読んだ。ここで言うミニマリストというのは、必要な物以外はどんどん捨ててシンプルに生活する、みたいなことだ。そのためにはいわゆる断捨離を伴う。僕はどんどんものを捨てて行った。

 頭の中には、ネットで見た、何もない部屋で生活する男のイメージがあった。健康で若くて、とりあえず一人で生きていける、男。

 確かに、言われてみれば、自分の部屋には不必要なものがたくさんあった。それを一つずつ捨てて行った。その捨てていく過程は、ミニマリストの本には、とてもポジティブなものとして書かれていた。

 僕もだんだん断捨離に目覚めて行った。テレビを捨て、本を捨て、あらゆる物を捨てていく。かつて僕は本が自分の人生にとってとても重要な物だと考えていたが、本を捨てたあたりからタガが外れ出した。僕は、なんでも捨てていい、と思うようになった。冷静に考えれば、こだわる必要のあるものなど一つもなかった。僕はテーブルを捨て、椅子を捨て、ベッドを捨てた。そうやって生活を捨てていった。最後に残ったのは布団とスマホくらいだった。寝袋で毎日寝るのは流石に体が痛そうだと思った。そこを僕は妥協した。

 それから、まだ、他に捨てられるものはないだろうか、と考え始めた。自分の考えに不徹底なところがあるとしたら、それは気持ち悪い、というノリ、そういうモードに僕は入り込んでいった。でも捨てられるものがなかった。その頃には、僕の部屋にはもうほとんどモノがなくなっていたからだ。


 それでも、まだ捨てられるモノがあることに気づいた。物体にこだわる必要はなく、まだまだ、無駄なことはたくさんあった。もっと抽象的に考えればいいのだと思った。つまり、僕は生命保険を解約した。それからNetflixも解約した。よく考えれば、そんなに見たい映画があるわけではなかった。あらゆるサービスを解約したあと、ふと家の中を見て、こんな色あせた、嫌な思い出ばかり付属した、さえない賃貸マンションに住み続ける必要はあるのだろうか、と考えた。

 結局僕はマンションを解約して、ホテル暮らしをすることにした。幸い、貯金通帳にはまだしばらく生きていくことが出来るだけの残高が残っていたからだ。

 そんな極端なことをしていると、恋人が不安そうに僕を見て、ねえ、やめなさいよ、と言ってくるのだった。

 当然の流れとして、僕は、恋人が邪魔だな、と思った。それで僕は恋人のLINEをブロックすることにした。それから、無駄なアプリをスマホから一つ一つ消して行った。連絡先も消した。親の連絡先も消した。あまり必要なモノだとは思えなかった。

 やがて僕は働くのが億劫になり始め、仕事もやめた。働くことも、よく考えれば、自分の人生にとっては無駄なことだと思ったからだ。

 必要最低限のもの、どうしても自分に必要なもの、というのは、考えだすと難しい。徹底して考えると、何も必要ではないような気がしてきた。

 僕はやがてスマホも捨ててしまった。無駄だと思ったからだ。

 それから、僕は食べ物もなるべく食べず、水を飲み、歩いたり寝たりしながら暮らすことにした。そのような生活は、頭が乱されることはなく、とてもシンプルで、心地が良かった。


 僕が求めていた最高の生活はこれかもしれない、と思った。

 

 でもそのうち、そんな生活を送ることにも飽きてきた。

 結局僕は、自分の人生に、生活が必要ないということに気づいたのだ。

 それで僕は、必要のない貯金をさっさと使い果たしてしまうことにして、昔の恋人や家族、それに動物愛護団体に寄付した。

 腎臓を人にあげたいとすら思った。


 目を閉じて瞑想する。

 マインドフルネスともいうらしい。

 何もせず、視界を遮り、呼吸だけを意識する。

 何故なら、人間は、何もしなくても、呼吸だけは手放すことが出来ないからだという。

 人間、最後に残るのが呼吸なのだ。

 僕は息を吸って吐くそのプロセスに極限まで意識を集中させた。

 最高に整っていると感じた。

 そして僕は呼吸を手放すことにした。


 それが僕にとって完全な状態だった。

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