エースはまだ自分の限界を知らない[第三部 白い軌跡]

草野猫彦

七章 二年目・秋 うつろう世界

第1話 新チーム編成

 夏の甲子園が終わり、残りの短かった夏休みも終え、新チームが稼動しだした白富東。

 甲子園準優勝のスタメンが七人も残り、主力は全員が残っているという、おそらく現時点では日本最強のチーム。

 新たなキャプテンとなったジンは、それはそれは悩んでいた。

「セカンドどうしよう……」

「どうしよっか……」

 三年生の抜けたポジションに、誰を回すかである。

 ジンと共に悩むのは、監督となったシーナだ。

 来年の新学期にはセイバーの太鼓判を押された監督がやってくるらしいが、それまでは彼女が白富東の指揮を執る。

 女子高生監督の誕生であるが、部内には全く反対はなかった。


 そんな二人が悩んでいるのは、新チームのスタメンだ。

 抜けた三年にほぼ匹敵する能力の一二年はいるのであるが、逆にこれという人間がいない。

 それに使っていない選手にも、打撃力を考えれば使わないともったいない人間がいるのだ。主に倉田のことである。




 現在の白富東の暫定ポジションは、以下の通りである。


投 佐藤直・岩崎(佐藤武・中村)

捕 大田(倉田)

一 戸田

二 

三 佐藤武(鬼塚)

遊 白石

左 鬼塚

中 中村


 結局外野の守備範囲の一番広いセンターは、アレクをライトからコンバートした。本人も外野全般を守っていたので、ここは問題がない。

 ただ左右の外野を誰にするかは、いまだに迷っている。

 鷺北シニアの外野を守っていた中根と沢口は、どちらであっても無難にこなしてくれるだろう。

 高校野球のレベルでは、ライトの重要性はまだ低い。だからどこでも守れる鬼塚をライトに回し、肩の強さの影響がまだしも少ないレフトに二人のどちらかを入れるというのも、それはそれでありなのだ。

 あと、鬼塚はどこでも守れる代わりに、抜けてしまったらどのポジションでも困るので、基本的に投手要員からは除いた。

「ガンちゃんをライトに入れるってのも、ありはありだよな」

「外野はなんとかなるよ。経験者多いし。問題はセカンド」


 そう、問題はセカンド。

 一応経験者の中で一番上手いのは、一年の曽田である。

 即戦力だった四人に隠れてはいるが、確かにそれなりに上手い。連係プレイの多いセカンドを、それなりにこなしてくれる。

 だがあくまでも、それなりだ。

 一年の時の戦力を思えば贅沢すぎる悩みではあるが、守備に隙は見せたくない。


 元全国レベルのシニアのセカンドであったシーナの目から見ても、今一つ物足りない。

 そう思うと、とりあえず三年だしそこそこ上手いから、と置かれていた角谷は、けっこう大きな働きをしていてくれたと分かる。

「大介と上手く連携出来てたもんなあ」

「一つの案としては、エーちゃん(鬼塚)をセカンドに持って来る」

「ん~、確かにあいつならこなせるだろうけど、肩の強い外野は欲しいし、セカンドとショートを大型選手で守らせるのは、怪我が怖くない? 一時的に守らせるならともかく」

「確かにセカンドは専門家を作りたいし、怪我はね……」

 白富東は怪我の少ないチームであるが、それでも試合中のプレイで怪我をした人間はいる。一年目の春のジンがまさにそうだ。


 あと、実はセカンドというのは、怪我をしやすいポジションである。

 あちこち故障しやすい投手ほどではないが、セカンドとショートは急激な方向転換をする動作が多く、それだけ足腰に負担がかかる。あとランナーとの接触もそれなりにある。ゲッツー防ぎのために、二塁に無茶な走塁をしてくるランナーはいるのだ。さすがに高校野球では少ないが。

 鬼塚の体格から言うと、確かにその危険性は考慮しなければいけない。

「コンバートするとなると、モロちん(諸角)かな」

「セイバーさんのデータだとそうかもね」

 諸角はシニア時代はショートを守っていたが、大介が鉄壁の守りを誇るショートのため、今のところほとんど出場機会がない。

 だがシニア時代の活躍から見ても、セカンドを守るのもどうにかなりそうだ。

「でも、控えのセカンドはもう一人作っておきたいよね」

「それこそエーちゃんじゃ?」

「エーちゃんはもう、外野とサードに固定しようよ」

 打力を犠牲にしても、内野の守りを固める。それはそれで一つの意見だ。


「じゃあ、一年から曽田とか?」

「曽田はいいよね。でもあの子よりあたしの方が上手い」

「まあ、それはそうだけどさ」

 未だにセカンドに限って言えば、白富東の人間で一番上手いのはシーナである。

 さらに言うと練習試合レベルなら、シーナがピッチャーでもあまり打たれない。




 一つ、面白い話が噂されている。

 高校野球の、女子選手の解禁だ。


 そもそもプロ野球にも大学野球にも、さらにはシニアにおいてさえ、女子選手を禁止する規定はなかった。

 高校野球だけが、ずっとこの男子生徒という選手資格の一文を守っている。

 だが実際のところ、既に女性監督としては、セイバーが甲子園に出場している。

 彼女は完全に参謀型の指揮官であったため、グランドでノックするということはなかった。

 だが現実にルールを合わせるために、それと野球人口の減少に歯止めをかけるために、高野連が女子選手の参加を許可するよう、規定を改正するという噂が出ている。

 そしてそれはセイバー曰く、本当の話らしい。


 つまり、シーナが公式戦に出られるのだ。

 もっとも正式に承認されるのは来年度以降のことらしく、秋やセンバツにはやはり、彼女には指揮官として働いてもらうことになる。

 シーナは選手として出られるようになれば、セカンドのレギュラーを狙っていくだろう。

 そしてそれは、決して不可能ではないと思う。


 まあ曽田を鍛えるというのは、卒業後のポジションを考えると、しておくべきことではある。

 それと後は、出したい選手をどうするかだ。

「モト(倉田)をどうにかしないとね」

「打撃力もあるし、来年のことを考えるとなあ」


 今のところ白富東の正捕手はジンであり、公式戦の重要な試合は、全てジンがマスクを被っている。

 だがジンたちの卒業後、正捕手となるのは倉田以外にはいない。

 代打の切り札としても使えるが、普通に打者として毎回使いたい。DH制でもあれば良かったのだ。

「モトに出来るポジション……ファースト?」

「肩も強いし、足が遅いわけでもないから、ライトとかもよくない?」

 うむむ、とうなる二人である。


 新しい白富東には、二人の副キャプテンがいる。

 一人は野球研究部の者なのでそれはそれとして、一年キャプテンは倉田なのだ。

 倉田の実力を疑っている者は誰もいないが、やはり試合への出場機会があまりないと、その影響力に問題が出かけない。

「……俺、セカンドやってみようかな」

「へ? あ……、でもあり、かな?」


 セカンドに必要なのは、状況判断力だ。

 ゴロをどう処理するか、また守備の配置なども、白富東では角谷が細かく調整していた。

 判断力と内野指揮ならば、ジンのセカンドはありである。

 それにキャッチャーとして、ゴロを処理するのには慣れている。

「練習試合で試してみたいな」

「まあ、ナオと大介がいないしね」




 白富東の実質上のエースである直史と、四番以上の決定力を持つ三番打者大介が、全日本代表として、ワールドカップに出場することになった。

 今頃は丁度、カナダに到着した頃だろう。

 あの二人のことだから、また活躍するのは間違いないだろう。特に球数制限のある直史と違って、大介はフルに出場する。

 地味な世界大会ではあるが、外国のパワーに対して二人がどう対抗するのかには興味がある。

 この時点ではワールドカップは、まだそれほど注目されていない。もちろん普通にニュースのスポーツコーナーでは取り上げられるが。

 日本においては世界大会などよりも、甲子園の方がはるかに重要な大会なのだ。


 ポジションについては、とりあえずこんなところだろう。

 あとは大介がいない間に打順をどうするか。

 まあ練習試合も二試合しか組んでいないので、あまり考えなくてもいいのだが。

「大介は、三番のままでいいんだよね?」

「ん? ああ、四番にしないかってこと? まあセンバツの時、あんまり調子よくなかったしね」

「体が三番に慣れてるって、変な感じ」


 実際問題、最強の打者を三番に据えるか四番に据えるかに、正解はないのだろう。

 そのチームの事情による。

 白富東は三年生が抜けても上位打線に変化はないのだから、このままで行った方がいい。

「あとは新一年がどうなるかなあ」

「それはまだ先の話じゃない?」

「俺らがいなくなっても、甲子園出場出来るぐらいにはしておかないと」

 現在の二年生は、間違いなく白富東の主軸だ。

 投打の極みもであるが、堅実な守備を出来るシニアメンバーがいるのが、地味に強い。


 一年生もスタメンに三人、そしてスーパーサブ的な倉田がいる。

 サウスポー二人がいて、特に武史のポテンシャルを考えたら、全国制覇まではともかく、県大会を勝ちあがるのは難しくない。

 しかしそれは、倉田とのバッテリーがちゃんと機能していることが前提だ。

 やはり、倉田は使おう。

「明日からは、その辺のことも考えて守備を回すか」

「あとさあ、ガンちゃんとフミのこと、どうする?」

「ああ、なんかぎこちないよなあ」


 そう、甲子園が終わって以来、岩崎と一年女マネの筆頭、文歌の関係が少しおかしい。

 無視し合っているとか、反発しあっているとか、そういうわけではないのだが、どこかよそよそしいのだ。

「見てないところで喧嘩でもしたのかなあ。まあ一応、問題にならないなら放置かな? 一応気にしてはおくけど」

 そう答えるジンに対して、シーナは呆れた。

「あのさ……あの二人、意識しあってるよ。元々その傾向はあったけど、大会終わってからは明らかじゃん」

「――意識って、恋愛系!?」

 気付かなかったのか、と額に手をやるシーナであった。




 北村文歌は前々キャプテン北村の妹であり、一年女子マネの中では中心となっている。

 ギャルっぽい見た目ではあるがそれは本当に見た目だけで、マネージゃーの仕事はしっかりとやってくれている。

 男子部員とも気安く付き合っていて、そういった心配はしてなかったのだが。

「あれ? フミってナオ狙いじゃなかったの?」

「いつの話してんのよ。ナオと瑞希を見てたら、普通は諦めるでしょ」

「……あ~、ガンちゃん狙いに変更したってこと?」

「言い方悪いよ。普通にガンちゃんのこと好きになったんだと思う」

 これだから野球バカは、とシーナは続けた。


 思春期の少年少女が一緒にいて、そういった感情が全く湧かないというのは、むしろ不自然であろう。

 おそらく決定的なことがあったのは、甲子園の大会の決勝直後のことだ。

 サヨナラ負けしたマウンドに立っていた岩崎は、表面は取り繕っていたものの、かなり内心は落ち込んでいたはずだ。

 そこを優しくされて、というのは岩崎ならずともありえる話である。元々二人はけっこう仲が良かった。

「まあフミは見た目はギャルだけど、中身は良妻賢母型だしなあ」

「納得してないで、どうするの?」

「……ガンちゃんが割と立ち直ってるのは、それが影響してるんだろうな」

 甲子園でサヨナラ負けした岩崎は、すぐに立ち直って今は新たな球種にチャレンジしている。

 敗北が悪影響を与えていないのに、ジンは内心でほっとしていたのだ。

 しかしまさか、こんな問題が出てこようとは。


 正直に言うと、ジンの苦手分野である。

 だからこそ面倒が起きないように、部内恋愛を禁止したのだ。

 しかし禁じられた恋は燃えるものである。

「皆がちゃんと、シーナみたいに出来るわけじゃないか……」

 そう呟いたジンを、シーナは冷たい目で見つめる。

「え? 何? 他にも誰かそういうのいるの?」

 シーナの視線はさらに冷ややかになる。

「まあ、フミにはあたしから、ちょっと気をつけるように言っておくから。ガンちゃんのフォローは頼むね」

「うん、バッテリーだからな」

 野球バカ、とシーナは内心でもう一度呟いた。




 問題は他にも色々とある。

「背番号はどうするの?」

「ガンちゃんだろ。ナオはそういうの気にしないし。つか、ガンちゃんもう完全にプロ狙いだろ? じゃあエースナンバー付けてないと」

 背番号の問題。主にエースナンバーの1番の問題である。


 夏の大会は予選までは三年の田中が付けていた。

 甲子園では田中はベンチ入りすら辞退して、純粋に戦力でメンバーを決めろと言った。

 そしてエースナンバーを付けたのは岩崎であった。

 岩崎も悪いピッチングなどはしていなかった。決勝でこそ三点を奪われたが、あれは春日山の樋口が神がかっていただけである。

 予選を通じても普通に防御率は1以下であり、ベスト8に残ったチームで九イニング以上投げた投手の中では、優勝投手である上杉正也よりも優れた数字である。

 彼より優れた数字を残したのは、二人しかいない。大阪光陰の真田と、直史だ。


 そう、問題はぶっちぎりで防御率0どころか、ノーノーピッチングをした直史が同じチームにいることなのだ。

 投げたイニング自体は岩崎の方が多かったが、準決勝で参考パーフェクトを達成した直史の方が、玄人筋の受けはいい。

 もっともこの玄人たち、高校野球に対しては偏見を持つ人々の集まりでもある。

「ナオは全然気にしないだろうけど、むしろガンちゃんが気になるんじゃない?」

「まあ、そうだけどね……」


 ジンは直史と背番号について話したことがあるが、直史は本当に、試合に勝てればあとはどうでもいいというスタンスの人間だ。

 そして岩崎にプロ志望の意思があることを知っている。

 最後の夏にエースナンバーを付けているか付けていないかで、ドラフトの印象も変わるだろう。

「ガンちゃんも、やっと自信に根を張ってきたことだしね」

「まあ来年の話をしたら鬼が笑うけど、来年のドラフトは下手すれば、全球団大介一位指名ありうるよな」

「下手しなくてもあるんじゃない? 怪我でもしない限り、神レベルで打てて超人レベルで守れるショートを、取らない理由はないでしょ?」

「ドラフトの日本記録塗り替え、マジであるかな?」

 日本記録は去年の上杉勝也の、10球団競合である。

 投手に不足がない球団が、一位指名で強打の捕手と野手を指名した以外は、全てが上杉をその年最高の投手として評価したことになる。

 実際に一年目の今年、九月の時点で17勝0敗という成績を残していて、神奈川グローリースターズの躍進の原動力となっている。

 競合するのは分かっていても、取りに行くべき選手であったことを証明している。


 大介も絶賛学業成績が底辺飛行という状態で、プロを志望してはいる。

 彼の残した成績は、投打の違いこそあれ上杉に優るとも劣らないものだ。

 何より投手と違って、野手は毎試合出られる。

 今年のドラフトで一位指名されそうな本多や吉村からも打っているので、その評価は高くなるはずだ。

 と言うか、公式戦でのホームラン記録を二年の夏の時点で塗り替えているので、規格外にもほどがある。

 本多や吉村が来年早々に結果を出せば、さらにその評価は高くなるだろう。


 なお本人は、部内では神奈川以外のセ球団がいいと公言している。

 上杉と対決したいというのが、そのりゆうである。

「大介の場合は、いきなりメジャーとかもあるんじゃない?」

「ないなあ。上杉さんに負けたまんま、日本を出るわけにはいかないだろ。それにうちの親父の話も聞かせてるから、最初は日本でプレイするよ」

 後の名選手であっても、MLBがいきなりメジャーに上げることはまずないと言っていい。

 マイナーで成績を残してようやく、メジャーに上がるのがアメリカのやり方だ。

 大介の場合は家庭の事情もあるので、国内に留まることは決定している。

 将来的なことは分からないが。


 もし大介以外に一位指名される人間がいるとしたら、それは直史であろう。

 もっとも直史の場合は、本人がプロ志望届を出すつもりが全くないので、岩崎のプライドを変にこじらせることもないだろう。

 それに直史の球速を、プロがどう判断するのかは、ジンもはっきりとは分からない。

 直史が甲子園で完全に封じていた打者たちが、プロ一年目でどれだけ成績を残すかで、その評価も変わるだろう。

 本人は大学を出れば、あとは草野球で楽しむつもりのようだが、甲子園でパーフェクトを達成するような草野球選手がいてたまるか、という話である。




 まあそんなことはNPBの皆さんが考えることであって、ジンとシーナはひたすら、最後の一年の試合を全て勝つために、全力を尽くすだけである。

「とりあえず今度の三里との試合は、試金石になるよな」

「言っちゃなんだけど、今のうちとじゃ力の差がありすぎない?」

「それなんだけど、理聖舎の古田って覚えてる? うちとの練習試合でもスタメンで打ってたやつ」

「ん……確かヨコガクとの試合では、二番手に出てた二年だっけ?」

 スコアを付けていたシーナははっきりと記憶していた。

「あいつ、親の都合で千葉に引っ越してきたんだってさ。そんで三里に編入したらしい」

「え? でもこのタイミングだと公式戦参加禁止期間になんないの?」

「親の転居を伴う場合は、例外だよ。だから三里は強くなってるはず」

「へ~え」


 じわじわとシーナも思い出すが、確かいいスライダーを投げる投手でもあったはずだ。

 ドラフトもない高校野球としては、三里は例外的に戦力を追加出来たというわけだ。

「意外と侮れないかもね」

「シーナも試合に出てみる?」

「え、いいの?」

「練習試合だしさ。来年のことも考えると、試合勘を取り戻した方がいいんじゃね?」

「分かってるね、キャプテン!」

 ばん! とジンの背中を叩くシーナであった。

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