第弐章 初めての夏大会から…

第30話 夏開幕

七月になった。

梅雨も明け夏本番となる。


聖陵野球部もいよいよ夏本番。

草薙球場では開会式に参加するべく県内約120校の高校球児たちが集まっていた。

その球児たちの中にいる俊哉ら聖陵のメンバーはどこか緊張の面持ちをしており、深呼吸したりと気を落ち着かせる事に集中している。


時間となり役員の男性が選手たちを整列させる。

ブラスバンドの音楽と共に選手たちは入場行進を始めると、次々と選手らが休場へと入場していく。

そして聖陵の名前が呼ばれると俊哉たちは行進を始める。

前日に練習はしたものの、手と足が一緒に出る者や他と揃えて歩かない者など、若干悲惨な光景であったであろう。

そんな光景を見てスタンドの春瀬監督は恥ずかしそうに手で顔を覆っていた。


選手全員が整列を終えると、県野球連盟の偉い人が話を始める。

ジリジリと日差しが照るこの状況では酷というものであるが、彼らはどうにか我慢をして聞いていた。


選手宣誓も終え開会式が無事に終わり選手たちは退場をし、いよいよ開幕戦の準備が始まる。

緊張が解けたのかグデッとする聖陵野球部の選手たち。


「あー疲れたー」


「俺次から開会式は欠席するわ」


「いやいやダメだろう!!」


欠席宣言をする明輝弘に対しツッコミを入れる山本。

そんな感じでワイワイしてると、一人の選手が近づいてくる。


「俊哉君、だよね?」


俊哉に話しかけてくる選手は爽やかイケメンと言える顔立ちでスラッとした高身長の選手だった。


「あ…土屋つちや君?」


「やっぱ覚えててくれたんだ。久しぶり」


土屋と呼ぶ俊哉に彼は嬉しそうに握手を求めると俊哉はそれに応じガッチリと握手をする。

俊哉が目を落とすとユニフォームの胸の部分には、英語で“MEIWA”の文字が書かれていた。


「あ、明倭めいわ…」


「うん。明倭だよ。本当なら俊哉君と一緒だったかもしれないけど」


そう話す土屋と呼ばれた選手。

俊哉と少し話をしていると明輝弘が近づいてきて話しかけてくる。


「アンタが明倭の選手か。首洗って待ってろよ。お前から俺はホームランを打つ男だ」


「えぇっと…」


「…明輝弘、庄山明輝弘だ」


「あぁ、よろしく。僕は土屋明彦つちやあきひこ、背番号は10だけどね」


明輝弘の挑発めいた言葉に対しサラリと流すように話す土屋。

明輝弘は流されたのが気になるのか少し語気を強めながら言う。


「絶対ホームランを打ってやるからな。待っとけよ」


「そうか。僕らも途中で転ばないように頑張るよ。じゃあね俊哉君。今度はグラウンドで会おう」


そう言い手を振りながら明倭の選手たちの中へと入っていく土屋。

俊哉は笑顔を見せているも、明輝弘はどこか不服そうであった。


「俺の話を流しやがった…絶対打ってやる」


「まぁまぁ。まずは初戦だよ明輝弘」


「だな。まぁ余裕だろうがな」


「いいねー。その余裕さ」


「自信もっていかなきゃ舐められるぞ?」


「一理ある」


明輝弘の言葉にニッと笑いながら答えピョンと跳ねるように立ち上がる俊哉。

俊哉は明倭の選手らを見つめるも、すぐに目を反らし他の選手たちと一緒に移動を始めるのであった。


いよいよ始まった夏の予選大会。

静岡県でも各球場で試合が開始されており次々と二回戦へ駒を進める中での大会二日目の島田球場の第二試合目、聖陵野球部の出番が来た。

薄いグレーの上下ユニフォームに胸には漢字で“聖陵”の文字が入ったユニフォームを身に着ける13名の選手たち。


相手高校は島田第二高校。

実力的には初戦負けか二回戦までと決して強くはないが、聖陵には負けるわけは無いだろうと感じているのか、選手たちはヘラヘラとしていた。


「いやー、ラッキーだなぁ」


「もう初戦突破は決まったようなもんだしな。くじ運様様だな」


笑いながらベンチで話をする選手たちに、監督は怒りながら黙らせる。

だが、監督自身も正直な所負ける要素が見当たらなかったのである。


(向こうさんは13人。どうにか人数を揃えたという所か。可哀想だがコールドで早く終わらせるか)


そう考えながら次の試合の事を考える島田第二の監督。

そして試合時間が近づいてくると、聖陵の選手たちは円陣を作り監督の話を聞く。


「おそらく相手は鷹をくくってきているのは間違いない。だから、初回で攻勢してしまおう。目に物見せてやれ」


『はい!!』


大きな声で返事をしいよいよ試合開始。

両者がベンチ前に整列すると審判の合図によりグラウンドへ飛び出し整列。

両者挨拶をして最初に島田第二が守備へと着く。

聖陵は先攻で先に攻撃をする。


この試合のオーダーは

1:青木博行・左

2:山本寛史・二

3:横山俊哉・中

4:庄山明輝弘・一

5:早川悠斗・遊

6:堀義隆・右

7:桑野慶介・三

8:竹下隆彦・捕

9:望月秀樹・投


以上のオーダーである。

練習試合では竹下を先頭に置いていたが、捕手という役割から春瀬監督は下位へ置いたのだ。

代わりにチーム1の俊足を持つ青木を一番に置き掻き回すというコンセプトで行こうと考えている。

島田第二の選手たちが守備に着くと試合が開始。

サイレンが鳴り響く中、投手が一球目を投じる。


「ストライク!!」


初球はインコースへのストライク。

青木は見ていき様子見をする。

しかし、テンポ良く投げる相手投手のタイミングに合わせてしまい青木はボテボテのセカンドゴロに終わる。

続く二番の山本も5球を粘るが、ドン詰まりのセカンドゴロであっという間にツーアウトとなり、打席には俊哉が入る。


「あ、やっぱりアイツ横山だ」


そう言うのは島田第二の選手。

その言葉に監督が気になったのか選手に聞き返すと選手は答える。


「静岡シニアの横山俊哉ですよ。ほら中学ん時全国優勝をした時のメンバー」


「横山…俊哉…だと?」


「アイツ噂だと明倭に入るって聞いて以降何も音沙汰無かったけど、こんなとこにいたんだ」


「待て、ということは…」


監督が話しかけたその時。

キィンという金属音が鳴り響き、グラウンドの方を見ると俊哉の振りぬいた打球が綺麗に三遊間を抜けていった。


チームとして公式戦初ヒットを放った俊哉にベンチは盛り上がる。

そして打席には四番の明輝弘が入る。


「お膳立てサンキューな俊哉」


そう言い打席でバットを構える明輝弘。

相手投手はヒットを打たれた一塁上の俊哉を見ながらも一息つき投球へと移る。


(ヒットはマグレだ。次は打ち取る!)


投手の投じたボールはインコースへのストレート。

しかし、コントロールがずれたのかキャッチャーの構えたミットより少し真ん中よりに入って来たボールを、明輝弘は逃さなかった。


「甘い」


キィィィンと響く快音。

バットから弾かれた白球はピンポン玉の様に飛んでいくとライナー性の軌道を描きながらライトスタンドへと突き刺さった。


「しょぼいストレート投げてんじゃねぇぞ。俺を誰だと思ってんだ」


そう呟きバットを放る明輝弘は打球の方向を見ながら走り出す。

シンとする球場の中淡々とダイヤモンドを回る明輝弘。

俊哉、明輝弘と二人が帰り2点を先取したのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る