第15話――魔法のチャイナドレス 3

 入学式からすでに十日が過ぎた。

 授業も開始され、新入生のほとんども参加するクラブを決めていた。

 私立仁正学園は中高一貫の進学校だ。進学校であると同時に、文武両道の精神を看板にかかげており、生徒は全員授業で何か一つ武道、武術を学び、最低でも初段レベルの腕前に鍛えられることになる。

 それに加えて、文化系・スポーツ系を問わず、生徒は必ず何らかのクラブに所属しなくてはならない。この辺がただの進学校とは違った、仁正学園独特の校風だった。

 だが、まだ入部するクラブに入ってていない生徒もいるにはいた。郁乃もその一人だ。ましろと晋太郎は、郁乃を中国武術研究会に誘うことに決め、今その説得の真っ最中だ。

「だから、郁乃ちゃんもいっそのこと中国武術研究会に入っちゃえばいいんですよ。わたしも入部したことだし、松原先輩に聞いたら郁乃ちゃんって運動神経だっていうじゃないですか!」

「うーん。ボクとしては、もっとお淑やかな、女の子らしいクラブがボクには似合うと思うんだけどなぁ。晋太郎ちゃんはボクが武器を振り回したり、殴ったり蹴ったりっていうのが似合うって思ってるのかな?」

 晋太郎は真顔で頷いた。

「ああ、お前ほど武術に向いている女の子はそうそういないいぃぃぃぃぃいいいいっ!」

 音もなく晋太郎の横に移動した郁乃は、あっという間に晋太郎の左腕を極めていた。あまりの早業に、ましろはただ呆然と晋太郎が痛みに脂汗を流す様子を見ているしかない。

「こんな、小さくてか弱い乙女が、そんな暴力的なクラブにお似合いだって、キミはそういうんだね、晋太郎ちゃん?」

「小さいことは認めるが、お前下手したらオレよりよっぽど強いたいいたいいたい! 放して放して折れる!」

 思う存分晋太郎の腕を痛めつけた郁乃は、放り出すようにその腕を離した。そして、アイガーの北壁のごとく平坦な胸の前で腕組みする。その仕草までがまるでお人形さんのように可愛いのに、なんで晋太郎よりずっと強いんだろうと頭を悩ますましろだった。

「まあ、確かにましろちゃんも入部したってことは、ボクが入部すれば『眼鏡に選ばれし者』が三人揃うってことだね。その方がなにかと便利がいいかな」

 まだ痛そうに腕をさすりながら、晋太郎は頷いた。

「やはり『眼鏡に選ばれし者』は、出来る限り行動を共にした方がいいだろう。そのためには、郁乃が中国武術研究会に入ってくれる事が一番だと思う」

「でもやっぱダメ! ボクは文芸部に入るって決めたんだ。どうだい? ボクにすごく似合ってると思わない? ほらほら、古風な文学少女がここにいるよ?」

「……そんな絶滅危惧種がどこにいるっていうんだ?」

 郁乃は思いきり溜息をつくと、鞄の中から一枚の紙を取りだした。そこには「入部希望届け」と書いてある。

「ほら、もう『文芸部』って書いてあるでしょ? あとはこれを提出するだけなんだ。だから悪いけど、ボクのことはあきらめて」

「……そっか。もう決めてるんじゃしかたないよな。まあ、離れていてもオレたち『眼鏡に選ばれし者』は、その眼鏡に与えられた特殊な能力によって会話も可能だ。眼鏡っ娘たちの平和を守る活動には支障はないだろう」

「そういえば、ボクは疑問に思ってたんだけど、なんで『眼鏡っ娘』の平和なの? 眼鏡かけた男子の平和はどうなるのさ」

 郁乃の質問に、晋太郎は何を当たり前のことを聞くんだと言わんばかりの笑顔で答えた。

「男のことは知らん! それが眼鏡の神様の思し召しなんだ!」

「やっぱり眼鏡の神様は、セクハラ大魔王ですっ!」

 ましろは、またしても冒涜的な言葉で、眼鏡の神に抗議の意志を示した。

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