第13話――魔法のチャイナドレス 1
「ぶえっくしょい! ……んあ~。誰かウチの噂でもしてるのかねぇ」
放課後の体育館。ここは中国武術研究会の活動場所であるサブアリーナだ。バスケットのコートが一面取れるほどの広さの部屋に、部員僅かに六名。しかもほとんどが幽霊部員。中国武術研究会は仁正学園の武道系クラブとしては、弱小中の弱小だった。
「部長の噂ですかぁ。あまりいい噂じゃなさそうぉわああ痛い痛い痛いいいいいいい!」
「何かいったかね? 松原くん? 『口は災いの元』という言葉を君に贈ろう」
晋太郎の肘と手首を同時に極めてにこにこしているのは、中国武術研究会部長、春日野陽子その人だ。健康的なプロポーションと少し日やけした肌、強気な印象の瞳と、すこしぽってりとした色っぽい唇。そしてえんじ色のセルフレームの眼鏡。
いかにも『スポーツしてます』といった感じの少女だが、十分に美少女にカテゴライズされるだろう。現に、密かに陽子に想いを寄せている男子生徒は少なくない。
「おー、いててて。部長、本気で極めないで下さいよ。こっち利き手なんですから」
「あら、本気だったら今ごろ君の肘はポッキリ逝ってるわよ。バーンと
「ごめんなさいすみませんお願いですから折らないでっ!」
彼女に想いを寄せている男子生徒は少なくないが、もしもこの凶悪な性格や技を見たらどれだけどん引きすることだろう。
「しっかし、今年は新入部員来ませんねぇ。見学にも来てくれないし……」
「その原因の一つは……アンタでしょうがぁっ!」
こんどは左手の肘と肩を同時に極められる晋太郎。
「いいいいいいっ! 痛い痛い痛い痛い! マジであり得ない方向に曲がりますから! やめてやめてやめて!」
「だいじなクラブ説明会の発表の時、何だか知らないけど『急用が出来た』とかいってすっぽかして、ウチ一人で説明しなきゃならなかったのが、この惨状の一因でしょうが!」
そう。『あの』クラブ説明会のとき、晋太郎は陽子と共にクラブ説明を行うはずだったのだ。だが、『眼鏡に選ばれし者』である郁乃を危機から救うため、晋太郎はそれをすっぽかして、部長の陽子ひとりに全てを押しつける結果になった、というわけだ。
「痛い痛いいたたた、その件についてはもう散々謝ったじゃないですか! 根に持ちすぎですよ!」
「根にも持つわよ。アンタ、ウチがもの凄いあがり症だってよく知ってるでしょうに」
この非情なサブミッションをかけている一見健康的なスポーツ少女は、とんでもないあがり症なのである。本人曰く「授業中に当てられてみんなの前で教科書を音読するのも至難の業」だとか。中国武術研究会のクラブ説明が、実に悲惨なものになったことは想像に難くないだろう。
「そうよ、もし今年部員が来なかったら、全部全部ぜーんぶアンタのせいだからね! この恨みは一生ものよ!」
「やめて、マジで腕が折れます! 痛い痛い!」
「甘いわ! メープルシロップたっぷりのホットケーキより甘いわ! さとうきびアイスクリームより甘いわ! どちらもウチの大好物よ! 甘いものは大好きだけど、この恨み、はらさでおくべきか! ……って、あれ? そちら、新入生?」
陽子は晋太郎の左腕を極めたまま入り口の方を見やる。
「痛い痛い痛い!……ってましろさん?」
晋太郎も腕を極められたままの体勢で陽子の視線を追う。そこには緩くウェーブのかかった髪を腰まで伸ばした美少女が立っていた。
「あ、あのっ! クラブ見学にきましたっ! 見学、させていただけますか?」
陽子と晋太郎は、技がかかった状態のまましばらく見つめ合ったあと、思い出したように離れるとましろを出迎えた。
「どうぞどうぞ~。今日は他の部員が全然出てきてないんだけど、ぜひ見学して行ってちょうだい!」
新入生が来た途端に機嫌が良くなる現金な部長様である。だが、機嫌が良くなっていたのは陽子だけではなかった。
「そっか、ましろさん、ウチのクラブの見学しに来たのか……。このまま入部してくれたら……もしかして男の子的にウハウハな展開に!」
「ちょっとそこ。思考が口からだだ漏れになってるわよ! あ、こいつは気にしないでね、単なるバカだから」
「い、いえっ、そんなことありませんっ! 松原先輩はとっても優しい方です!」
陽子は眼鏡の奥の目を丸くして晋太郎を見た。何だか信じられない物を見たような目だ。
「ちょっと、アンタ、この子に何か変なことしたんじゃないでしょうね! あなたもダメよ、こんな変な男に騙されちゃ!」
「いえっ! 私、本当に松原先輩にいろいろとお世話になってるんです。このクラブに入ろうと思ったのも、松原先輩がいるからなんです!」
愕然とした表情をする陽子。そしてその表情は、次第に憐れみのそれに変わっていく。
「松原くん……アンタ、こんないい子を洗脳して、一体どうするつもり?」
「ちょっと待って! 部長はオレをどんな人間だと思ってるんですか!」
「言わなきゃ分からない? それなら身体に刻みつけてあげましょうか?」
「ちょっと! オレは何も悪いことはしていぎゃああああああああああああああああ!」
地獄の責め苦は、晋太郎が気を失うまで続いた。
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