第11話――フリフリロリータはハンマーがお好き? 3
変身した郁乃が、でっかいハンマーを肩に担いだままひらひらの沢山ついたスカートを翻しながら踊るようにくるくるとその場で廻ってみせる。晋太郎は感慨深げにその姿を見ながら呟いた。
「うーん、眼鏡の神様も郁乃の身長を考慮したんだろうなぁ」
「な、なにこれ? こんな服、ボクもってなかったけどなぁ。ま、可愛いからいいか!」
呆然と事を見守っていた黒マントの少年だったが、我に返るとまだ頭を抱えて痛そうにしている戦闘員たちに檄を飛ばした。
「ええい! こうなっては仕方ない! 眼鏡に選ばれし者どもを血祭りにあげてやれ!!」
「……そのセリフは、悪役の死亡フラグですよ、会長」
側らの少女がぼそりと呟く。
「ええい、やかましい! 戦闘員、かかれ~~~~い!」
「「「「「コンタ――――ックっ!!!」」」」」
再び戦闘員たちの包囲の輪が迫ってくる。ましろたちはただ立ち竦むだけだ。
「二人とも! 眼鏡の声に耳を傾けるんだ! 眼鏡は君たちを導いてくれる!」
「「眼鏡の声?」」
ましろと郁乃の声が綺麗にハモった。
「そうだ! 眼鏡に選ばれし者である君たちは、眼鏡の声が聞こえるはずだ! 眼鏡は君たちを裏切らない! さあ! 眼鏡に心を開くんだ!」
「そういえば、さっきこの場所まで連れてきてくれたのは私の眼鏡でした!」
ましろは眼鏡の奥の瞼を閉じ、眼鏡に、自分の顔の一部である眼鏡に心を開いた。刹那、新たな力が身体の中にわき起こり、眼鏡が自分に語りかけてくるのを感じる。
「この感覚……、眼鏡は私に戦えといっています!」
「ボクも感じる。眼鏡はボクの身体の使い方を教えてくれているんだ!」
郁乃も目を閉じ、眼鏡のメッセージをその心で受け取っているようだ。
「コンターックっ! 敵の前で目を閉じるとは、愚かなり!」
一人の戦闘員がましろに向かって掴みかかった。だが、次の瞬間、その戦闘員の腕はあり得ない方向へ曲がっていた。
「……ッ!! コンターックッ!?」
ましろは閉じていたまぶたをゆっくりと開く。眼鏡の奥のその瞳には力が溢れ、キラキラと輝いている。
「私には分かりました! 私の身体の使い方が!」
「ボクにも分かったよ! このハンマーの使い方!」
二人はとても清々しい笑顔を浮かべていた。何かが吹っ切れたような、とても良い笑顔。
見るものに生理的な恐怖を植え付けるほど、ステキな笑顔だった。
「コンターック―っ! か、勘弁してぇぇぇっ! 脚が、脚が折れるああああああっ!」
「そんなハンマーでこの俺様がああああああ――――っ!!」
「コンターックっ! とても、とてもイイ――――っ!」
情け無用、手加減無用。ましろと郁乃の通ったあとにはペンペン草も生えそうにない。そんな惨劇が繰り広げられる四月の仁正学園の中庭だった。
「うむ。さすがは眼鏡に選ばれし者たちだ! このオレのアドバイスも完璧だな!」
「松原先輩、ボコボコにやられただけで、何もしてないじゃないですかぁ」
「そうだゾ! 晋太郎ちゃん。サボっちゃダ~~メ☆」
「でも、先輩はいつも私をかばってくれるんです! 松原先輩、優しいです。私、優しい人には弱いんです……ぽっ」
ボロ雑巾のようになって動かない戦闘員たちを尻目に、明るい会話を交わすましろたち。そんな彼女らに、冷ややかな声が告げる。
「ふ、ふふふ……。きょ、今日のところは小手調べだ。僕が手を出すまでもない」
「正直に『おっかねぇ』と言っても誰も責めはしませんよ、会長」
「や、やかましい! 一々人の話の腰を折りおって! とにかくだ……今日はこのくらいにしといてやる! さらばだっ!!」
黒マントの少年はばさっとマントを翻すと、一目散に走り去っていった。側らに控えていた少女も、ちらりとましろたちの方に視線を投げかけると、その後を追っていった。
「んで、この生ゴミはどうしようか」
郁乃が死屍累々と横たわる戦闘員『だった』モノを見回す。』
「一応学園の生徒らしいし、医務室の前にでも放り出しておけばいいんじゃないかな」
「じゃあ、ボク猫車さがしてくる!」
「ネコ……?」
頭の上に『?』をたくさん飛ばしながら、何やらファンシーな想像に浸るましろだった。
***
頭痛薬をもらいに医務室に立ち寄っていた女性教師が部屋を辞そうとして扉を開けたとき、『それ』は彼女の視界に入った。
「あらら、先生。なんだか外にけが人が沢山倒れてますよ?」
『それ』は血まみれの数名の男子生徒達だった。まるで生ゴミでも捨てるかのように、無造作に医務室の脇に積み重なっている。
「本当……一体どうしたらこんな怪我するのかしら。まるで交通事故にでも遭ったみたいねぇ」
「うぐ……ぐ……コン……ターック……」
「手当、してあげないと……」
「でも、ここにある薬や設備じゃ、この傷は治せないわね。ちょっと救急車を呼んできますね」
――後に『クラブ紹介の惨劇』と呼ばれる、生徒たちの受傷事件の真相がこれだった。
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