ヒモ契約

「アタルカともアタルカのお母さんとも、昔から家族ぐるみの付き合いだからね。お母さんの頼みで生活の面倒見てあげてるの」

「トクロ家は天文学をやる家計なのでな、見返りとして天文に関連する史料は真っ先にトクロ家に提供することになっている。歴史の研究が禁じられている影響で、過去の観測データなどが手に入りにくいのでな」


 アタルカの生活が全面的にトクロの家に支えられていることを知った鳥地が、ヒモだと叫んでから二十分後。

 大体このような説明をアタルカとトクロから聞かされていた。


「つまり、トクロ家がパトロンみたいになって先生の研究を応援していると?」

「まあそうだ」

「え、それトクロさん側旨味あるんですか? 昔の天文のデータだけって……」

 鳥地が訝しげに呟くと、トクロが食い気味に答えた。


「そんなこと無いよ! 正確な暦を作るために、データは少しでも多い方がいいからね!」

「暦……ですか」

 鳥地はカレンダーを頭に思い浮かべた。


「そう、農業にしてもなんにしても、一年の長さが毎年同じになるような正確な暦が必要でしょ。それが全てではないけど、まあ天文学者の大きな目標の一つではあるんだよ」

 トクロの言葉に、鳥地はやっと合点がいった。

 そうか、この世界にはまだグレゴリオ暦のような正確な暦が無いのか。


「ちなみにトクロの家はウルバでも最大の天文学者の家だ。ジル村は天体観測に向いているのでな、何代もここに住んでいる」

「分家はもっとあちこちにいるけどねー」

 何も気にしていなかったが、トクロは結構な立場の人ということになるらしい。

 鳥地は、小さな顔をどう動かしていいか分からなかった。


「そんなすごい人だったんですか……」

「そうだ。何故部外者一人に家まで与えて養えるような金持ちがこんな田舎にいると思った」

 鳥地は豪農のような存在を思い浮かべていたが、今更それを言う気にもならなかった。


「ついでに言うと、ここに居候する以上お前もトクロに生活を支えられる訳だから。ヒモだなぁ?」

 アタルカが意地悪くニヤリと笑う。


 アタルカの笑顔は貴重である。


「い、嫌だ!」

「実家に帰るか?」

「もっと嫌だ!」

 珍しく楽し気に鳥地をからかうアタルカから目を逸らしながら、帰るなら元の世界に帰りたいと心の中で嘆いた。


 二人を差し置いて読書に戻ったアタルカを尻目に、鳥地はトクロに声を掛けた。


「いくら研究の為とは言え、あんな人格歪みまくってる人をよく養ってますね……」

「いやまあ、私の両親が決めたことなんだけど」

「でもこうやって世話焼きに来てるじゃないですか」

 その言葉に、トクロは少しはにかむように笑った。


「まあ私もアタルカの研究には期待してるからね。あいつが言う歴史研究の必要性は理解できるし、いつか結果を出してくれると思うよ」

「いつか売れるって言ってるバンドマンに貢ぐ女みたい……」

「え?」

「分からないなら分からないほうがいいです」


 なんとなく苦々しい思いを抱えながらも、鳥地は柔らかい笑みを浮かべて「先生」とトクロを交互に見る。


「幼馴染の美少女いいなぁ」と思いながら。

 当然、思っていたのとはかなり違っていたが。

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