第37話 畑優華フラグ
ヌルは宝珠を操作して、紫3番の街を魔王軍の制圧下に加えた。
それからも冬雪の指示で罠を仕掛けるわけだが、通信越しでもわかるほどに冬雪の声が楽しそうで、ヌルもつられて楽しくなってしまう。
最後に街の至る所に爆弾を仕掛ける。
この爆弾は陽夏の配下製作の特別製で、冬雪のスキルである「相手の座標が完全に把握できているなら必ず届く遠投」によって、ヌルに届けられた。
引くほどの量の爆弾を街の地下に埋めた気がするが、被害が味方に出ないならばヌルは気にしない。
むしろ設置に手間取った事を気にしていた。
ヌルが罠師のような妨害系職業や、職人系の生産職であればもう少し早かっただろう。
「少しかかったけど全部の設置が終わったよ」
『いやいや、早いくらいだよ、ありがとう!』
「次は何を仕掛けたらいいかな?」
『今の爆弾でその街での作業は終了だね。次は紺色2番の街に向かってくれるかい?』
「オッケー」
『偵察だから街には入らないで、様子を見てみよう。相手の状況によっては明日のイベント開始と同時に攻め込むようにしたいんだ。』
「わかった。移動する」
ヌルは大きく跳躍して街の外へと出た。
紺色の大地のある方角を確かめると、移動を開始する。
周囲は岩場なので来た時と同じく、小さなジャンプを繰り返すのだった。
街から移動を開始して十数分後。
ヌルを囲む景色は岩場から森へと変わっていた。紺色の木の葉が現在地がどの大地かを知らせてくれる。
「あ! しまった!」
そんな中、ヌルが急停止する。
その声に冬雪が反応する。
『うん? どうかしたかい?』
「目玉スライムとビーコンを置いてきちゃった! 引き返す方がいいよね?」
ヌルは来た道を戻ろうとするが、冬雪が引き止める。
『ストップ! そういう作戦だから気にしないで。放置してもメリットがある事だから、敢えて僕は回収の話をしなかったんだ。』
「そうなの?」
『うん。時間がある時に詳しく説明するから。今は街への偵察を第一にしよう。思いのほか移動に手間取っているみたいだし』
「わかった」
再びヌルは移動を開始する。
冬雪の言葉通りヌルは移動速度が低下していた。
乱雑に生えた木々が邪魔で、思うようにスピードを出せていないのだ。
木々の配置は計算されたかのように直進を妨げる。
たとえ避けながら走ったとしても、知らないうちに別方向に行ってしまいそうだった。
ヌルの身長よりも高い木が多いが、枝は垂れ下がっているために視界を奪う。
「枝が邪魔なんだよな」
そう言って触手で枝をかき分けながら進む。
そんな時、ハッとして顔を上げる。
「あ、そっか。そうすればいいだけか」
ヌルは触手を10本ほど前方に伸ばす。
それらを木登りのようにいくつかの枝に引っ掛けると、一斉に収縮させて、ゴム製のパチンコのように自分を射出したのだった。
森を突き抜けて大砲の弾のように空に打ち上がると、緩い放物線を描いて森へと落下する。
その時に再び触手を広く伸ばして適当な木に掛けるとトランポリンのように再度打ち上がる。
「初めからこうすればよかった。」
それなりに高度があるために目的の街を見失うこともなく、走るよりも早い速度で移動する。
ピョンピョンと森の上を跳ねる様子は異様で、超巨大なノミのようだった。
「ひゃっほい、楽々だ」
ゴキゲンでそう口にした。
ヌルの頭からは抜け落ちているが、彼は偵察に来ている。
黒い化け物が森の上を跳ねて移動するのはひとえに、目立つ。
もし目的の街でプレイヤーが警戒のために森を眺めていれば、異様な何者かの接近を街全体に周知しただろう。
急ぐあまり目的を見失いがちなヌル。
それは彼が攻撃に特化した戦闘要員だからで、まだまだ隠密行動の経験が浅いからでもある。
もし移動速度と隠密性の両方を確保するならば、森の低空ギリギリをGMブースターで飛ぶのが最も安全と言える。
もちろん、これらは敵陣営プレイヤーが警戒に付いていることが前提の話である。
実際には……。
『内乱が起きている…?』
冬雪の訝しむ声にヌルは訂正する。
「ごめん、内乱ってほどじゃないけど、内輪揉め…って雰囲気…かな?」
『ううん…何が起こってるんだろう。ハチコさん、こっちからスパイとかは送ってないですよね?』
『ええ。情報操作をした報告も来ていません』
ヌルが迷彩モードで目的の街に双眼鏡を向けた時、彼が目にしたのは諍い合うプレイヤー達だった。
街の警戒にも就かず、まるで敵同士であるかのようにいがみ合っている。
音が拾えないのでどんな理由があるのか知れないが、大きなギルド同士で対立しているように見える。
『あまねくさんみたく模擬試合でもなくて?』
「うん。多分違うかな」
例に上がったあまねくは、魔王軍の戦闘部隊を編成するにあたって配下同士での戦闘を推奨してきた。
そのため、今回のイベント中も時間に空きができると試合形式の戦闘を行なっている。
──余談だが、あまねくはその試合が終わるたびに、試合に出たプレイヤーに対しアドバイスを告げていた。相手のどこを見ればいいか、行動の優先順位はどうするべきか、など。
この行いが中堅プレイヤーを中心に莫大な支持を集めてしまい「あまねく先生」と、これまでのイメージを塗り替える新しい呼び名が付く事態となっていた。
冬雪はあまねくの試合のような催しが行われているのかと想像したが、そうでもないとヌルは判断した。
『ごめん、手間をかけて悪いんだけど、こっちに映像送ってくれるかい? 想像できなくて』
「わかった。待ってね。」
ヌルは目玉スライムのパーツに換装する。それによって冬雪達に自分の見ている景色が届けられるようになる。
『見えたよ、ありがとう。えーっと…ホントだ。誰も対抗戦の準備なんてしてない。…確かに異常だね。』
あまねくは拠点の制圧と防衛、敵の襲来への対策を整えてから模擬戦を行っている。
しかし、見る限り相手は担当分野の割り当てすらしていないようである。
『うーん…』
通信の向こう側で冬雪が悩む。
『今攻めたら一網打尽にできそうかな。行けるか? ハチコさんはどう思います?』
『それは、ヌルさんに襲撃してもらうかという相談ですか? でしたら私は反対です。
残り時間は25分ほど。私は周辺の情報を集めるべきかと思います』
「あ、俺もハチコさんの意見に賛成。街の外側をぐるっと回って、相手の本拠地方面から増援が来そうな雰囲気があるか確かめたい」
現場のヌルの意見が出たことによって方針が決定する。
『わかった。じゃあ残り時間は見つからないよう注意しながら情報収集をメインにしよう』
「了解」
こうしてイベント第一日目が終了する。
魔王軍は
一方、勇者の軍勢は繰り返される内部衝突と波乱により既に疲弊し始めており、暗雲立ち込める序盤となっていた。
ーーーーーーーーー
──翌日。大学構内。
イベント初日は開催時間を経過した時点で、
深夜とは呼べないものの、それなりの時刻となっていた。
そこで翌日のイベント開催時間前…つまり本日の夜前に集まって、情報共有のために話し合う予定となっていた。
幸い魔王こと無流は、夕方を過ぎるような講義をとっていない。
そのため、今日はこの後の講義が終わり次第、早々に帰宅してログインするつもりでいた。
そんな彼は現在、優華を探している。
最近は昼食のメンバーに畑姉弟が加わることがもはや日常と化していた。平和もそれを認めており、賑やかな日々となっている。
ただ今日は優華に予定があるらしく、時間的に一緒に食事できない旨を連絡されたのだが、
律儀にもお裾分けという名のお弁当を用意してくれたのだという。
無流は申し訳ないながらも、ありがたく受け取ることにして彼女を探していたわけである。
3号館という長い廊下が特徴の建物、その2階にいるとのことで、無流は優華を探し歩いていた。
廊下は長いが一本道なのでやがて目的の人物である優華を発見する。
しかし、様子がおかしい。
「離してっ! 離してください!」
「お前はなぜそんなに聞き分けがないのだ!」
優華が初老の男性に腕を掴まれている。
グレーのコートにオレンジのネクタイ、おそらく教授であろう。
見覚えのない人物であるが無流は全ての教授の顔を知っているわけでもない。
優華本人は嫌がっているようで、逃げようとしているところを男性が捕まえているという様子だ。
事情は知れないが、友達のピンチとあればすることは一つである。
「やめないか!」
無流は駆けつけて強引に男性の手を引き剥がす。
突然の乱入に驚かれつつも誰何される。
「む、なんだねキミは?!」
「俺は彼女の友人です。」
教授らしき男性は無流をジロリと睨んだ後、優華を指してゆっくりと話し始める。
「いいかね、私はコイツの責任感の無さを追及するためにわざわざ来たのだ。
学生の本分は学業だ。
それを料理なんぞにうつつを抜かす始末だ、咎めるのは当然だろう」
その言葉に無流は怒りを覚える。
優華の料理は才能である。
一人暮らしの無流には、毎回あの量の料理を手作りすることがいかに大変で、彼女の物言わぬ努力が窺い知れるというものだった。
「あなたがどこの誰かは知らないが、彼女の料理を食べた事はあるのですか? それがどれだけの研鑽の上に立っているのか。
それを知らないのなら否定はさせない」
無流もまた態度を強めるが、男性も引かない。
「いかに料理が上手かろうと、人としての規範というものがある。コイツはルールを守らん。
その上に弟と同じ授業を受けているのに、大きく差が出ている。成績に影響が出ているのだ。
料理が邪魔をしていることの証左であろう。」
無流はなんて頭の硬い人物だろうと思う。
なぜ教授が優華の私生活どころか、双子を理由に比べてまで言及するのか。
しかし、相手の言論を咎めるよりも、ここは優華の正当性を訴える方が有効打だとして言葉を紡ぐ。
「大学は自分に合う学問を模索する場所でもあるんだ。誰もが優希みたいに最初から自分に合うものを見つけられるわけじゃない。
彼女という個人の欠点を追及するより、その総体を見て判断してください。
優華は数値では測れない魅力を持った素晴らしい人物だ!」
無流は心に浮かんだ言葉をそのまま言い切る。
少し論調はズレたかも知れないが、それでも引く気はない。
優華は驚いた様子で成り行きを見守っていたが、無流のその言葉に表情を変える。
男性に真剣な顔を向けて口を開く。
「アタシはちゃんと卒業します。そして、その後の道もちゃんと考えています。
異論があるならその時に聞きます。ですから、今の時点ではまだ口出ししないでください」
男性はキッパリと言い放った優華の態度に目を見開く。非常に驚いた様子である。
「お前は…まさかお前が私に反論するなんて…いや、わかった。その言葉、ゆめゆめ忘れる事のないように。今日は帰るとする」
男性は身なりを整えて踵を返そうとするが、立ち止まって無流に顔を向ける。
「巻き込んでしまったな。キミ、名前は?」
「白川無流です」
無流は顔をこわばらせていたが、男性は態度を少し軟化させたようであった。
「…白川くん。見ての通り“娘”は優希でも抑えが効かんような破天荒な奴だ。
だが、キミはしっかりと見ているのだな。
これからも見捨てずにいてやってもらえるとありがたい」
そう言って今度こそ立ち去っていく。
無流は男性の言葉が理解できるまで少し間を要した。
そして反芻する。
「……娘…?」
何かとんでもない勘違いをしていたような気がして、ギギギと優華の方を見る。
無流に顔を向けられた優華はなぜかモジモジとしていた。
「無流クン…。ありがとね。えっと…。
今まで誰もアタシためにこんなコト…ううん。そうじゃないね、なんでもない。
…あ、お弁当よね? ハイこれ。じゃあ、またあっちでね!」
一方的に色々言うと、無流に包みを渡してそそくさと立ち去ってしまう。
追いかけるタイミングを逸した無流。
途方に暮れていると優希が駆け寄ってくる。
「白川君! 今、グレーのコートを着た男の人と会わなかったかい?」
無流はいろんな感情がないまぜになった顔で答える。
「…会ったよ…。もしかして、もしかしてだけどその人って…キミらのお父さん…だったり…?」
「ああ、そうなんだ。やっぱり会ったんだね。
でもまさか父が大学にまで来るなんて。
どうせ姉ちゃんにお説教しに来たんだろうさ、会社は僕が継ぐから姉ちゃんは自由にさせてやって欲しいっていつも言ってるのに…!」
「…会社?」
「ん? ああ、言ってなかったよね。
家のことはあまり言わないようにしてたんだけど、父は社長でね。僕は一応跡取りになる。
なんだかんだ言ってもあの人は姉ちゃんに甘くて、姉ちゃんが作る大量の料理の食材は“お小遣い”から出てるのさ。
っと。その姉ちゃんはどこ行ったんだ?
白川君は見かけたかい?」
もはや色々と言葉を見失った無流は優華の立ち去った方向を指差すことしかできなかった。
ーーーーーーーーーー
───魔王城の荒野にて。
城の手前には簡易的な“青空会議室”が設営されていた。
2日目のイベント開始を前にして、現在の状況を共有する報告会なのだが、魔王城城内ではなく屋外で行われる。
その理由は参加メンバーにある。
会議のメンバーは、まずは玉座にヌル。
そして魔王と対面するように冬雪をはじめ、
あまねくとその配下である幹部プレイヤー4人。
陽夏と配下プレイヤー3人。
ティオとそのギルドのメンバー3人。
というメンバーとなっている。
四天王以外は城の中には入れないため、ここで開催される運びとなったのだ。
それぞれ配下プレイヤーは、物珍し気にヌルを見ている。
軍団として結成されて以降、魔王としてヌルが人前に出るのは非常に珍しい。
時折、勧誘目的でランダムなプレイヤーの元を訪れていたが、このような形で会う事はなかったのだ。
一方で四天王にも不思議な変化があった。
ヌルの真横にピッタリと陽夏が座っている。
特に座席の決められた会議ではないとはいえ、今までそんなことはなかった。
陽夏はうつむき加減に微笑んでいる。
時折、思い出したようにパンケーキを少しちぎってはヌルの肩に装備されたドラゴンの口に放り込んだり、触手を撫でてみたりしている。
その雰囲気がなんとも異様で、ヌルも、他の四天王達も言及できないでいた。
それはそうとして、すべきことは変わらないとヌルは発言する。
「えーっと、では皆さん、よろしくお願いします」
その挨拶で会議が始まった。
最初は寡黙な魔王を演じるという案もあったのだが、ヌルは演技にボロが出そうだったし、親しみやすい態度の方が話しやすいとして普段通りのヌルで接することになった。
「進行は任せていいかい?」
「ああ、もちろんだとも」
とはいえヌルは話術が得意ではないため、代わりに冬雪が議長となる。
冬雪が立ち上がって話し始める。
「まずは昨日の様子から報告願おうかな。
僕は全体を見ることができる立場だけど、実際に話してくれた方がわかりやすい。」
ヌルに比べ、冬雪は演技っぽい話し方をする。
冬雪は配下を一人も持とうとしない事から「不信の四天王」という異名を得ている。
これを逆手にとって本来の理由である「5人目の四天王であるゆえに配下を持つことができない」ことを隠す意図がある。
冬雪はヌルの真横に顔を向ける。
「姉ちゃ…、あー、陽夏の部隊から聞こうか。もちろんアイテム生産ノルマが達成された事は知っている。それでも報告はお願いしたい」
そう冬雪が語りかけたものの。
「………♪」
陽夏は穏やかな顔で触手と遊んでいる。
真面目な雰囲気作りが台無しだとばかりに冬雪が恨めしそうな声を上げる。
「陽夏〜?」
みかねたヌルが触手で陽夏の肩を叩く。
「…えっ!? アタシ? あ、あーうん。聞いてる、聞いてるわよ。アタシの所は…」
陽夏が立ち上がってメニューを表示する。
メモの機能を使用しつつ、報告を始めた。
「えーっとねぇ…。
最初はみんな、あんまりやる気無かったんだ。単純作業ばっかりだったし。
でも例の映像が来るようになってからは今回のイベントに興味が出たみたい。
それで、何か要望があるみたい。どーぞ」
陽夏が配下の人物を示す。
人物というよりも物に近い。
透明人間が仮面とマントと手袋だけを装備しているような見た目で、マントが本体の特殊種族「マジックハンド」である。
『Lv.109 ロメイン・スカイン マジックハンド/なんでも屋』
ロメインは椅子から立ち上がって一礼する。
とは言っても体は無いので手のジェスチャーでお辞儀と分かる動きをした。
「ご紹介に…預かっておりませんで。
自己紹介いたします
見た目からは性別が判別できなかったが、声は男性のものであった。
彼の職業である『なんでも屋』は最上位の生産職で、“なんでも”作ることができる。
とはいえ言葉通りの意味ではなく、武器防具をはじめとして、家具や薬品、陽夏の分野である料理に至るまで、本来専門の生産職が必要な物を“なんでも”である。
陽夏は料理の専門職かつ彼女自身の才能がズバ抜けているため、料理だけで比べればロメインは陽夏に劣るものの、全ての分野で専門家に近しい実力を出せる。
「さて、私ロメインから魔王様にお願いがございまして、例の紫2番の罠、私の制作いたしますこちらの“超高性能爆弾”に取り替えていただけないでしょうか?」
ロメインはメニューからアイテム情報を表示して皆に見えるように拡大する。
「そしてこの私の爆弾が有用と判断できましたら、今後使用する爆弾は私のものに統一していただければ──」
「却下です。」
ヌルは即答で両断する。
「ム、何故ですかな? 確実に性能はこちらの方が…」
「ロメインさん」
ヌルはもう一度言葉を遮る。
「は、はい」
ヌルが圧力を放っているためにロメインは気圧される。
「いちいち自分を試すような事はよしてください。時間は無限ではないのです。
魔王軍全体であなたが作った爆弾を使えば、相応の利益をあなたが独占する事になる。
その事に気付くかどうかで魔王の器を測ろうとしたのでしょう」
そこまで言った所でロメインが態度を崩すが、ヌルは言葉を続ける。
「しかし、提案を却下した理由は別にあります。あなたの高性能爆弾は、音も光も極めて少ない暗殺型です。
一方で現在設置している爆弾は花火のようにわかりやすく爆発します。
その方が影響力が強いですし、相手から見ても罠にかかった事が一目瞭然です。見る者に与える印象。それが一番大きな理由です」
そこまで言ってヌルは口を閉じる。
ロメインは諦めたように椅子に座り、そして深々と頭を下げる。
「申し訳ない。あなたを試した事を謝罪します。
私の利益面の真意だけでなく、アイテムの性能までも考慮してのご説明、脱帽ですよ。
流石、魔王様なだけありますな。
我々には傍若無人に振る舞っておられた陽夏殿すら、あなたの前では借りてきた猫のような有様だ。
強大なカリスマ性をお持ちでいらっしゃる」
その言葉にヌルは鷹揚に頷くが、内心は焦りでいっぱいだった。
当たり前だが、ヌルは知識量ではここに集ったメンバーで最下位に等しい。
それでもロメインの言葉に反応できたのは、出席していない真の参謀であるハチコの功績に他ならない。
実はヌル、冬雪、ハチコの3人はパーティ通話で繋がっており、ヌルの装備したパーツによってハチコに音声を共有している。
裏でハチコが調べ物をしながら一番良い返答をヌルに教えたに過ぎないのだ。
ロメインとのやりとりが一段落ついたので、冬雪が進行する。
「ティオさんの部隊は想定以上の展開速度を持っていますね。結構な事です。
現状で問題はありませんが、何か報告する事はありますか?」
「ハイッ! もちろんあるデス!」
ティオが声と共に挙手して立ち上がる。
そしてビシッと陽夏を指差す。
「みんなは見逃しているようデスが、ボクはキッチリと言います、センパイは渡しません!
いずれアナタとは決着をつけマス!」
そう言ってキメ顔で陽夏を睨む。
「流石ティオちゃん!」
「決まってる! 決まってるよぉ!」
そんなティオをギルドメンバーが褒めそやす。
会議中とは思えない行動である。
「コイツら…」
さっきヌルが時間は有限だと言ったばかりなのにこういう事をする。
冬雪は呆れた顔でティオを見るが、肝心の陽夏はというと…。
「……♪」
指名で挑戦を申し込まれたのもどこ吹く風で、ヌルの触手に生えたトゲをつまんで遊んでいるのだった。
冬雪は気にしたら負けだと言わんばかりに切り替える。
「もういいや次!」
次は頼れる兄貴分のあまねくの部隊である。
冬雪が会議らしい会議になることを願いつつ、あまねくに尋ねる。
「あまねくさん、そちらはどうでしょうか? 偵察はまだ出発していない筈ですが、現状の雰囲気などを───」
「やい魔王様よぅ! 俺様の挑戦を受けやがれ!」
冬雪の言葉を遮って、あまねく配下のプレイヤーが立ち上がる。
全身鎧がガチャガチャと音を立てる。
「俺様は最強の守備を持つ男、ダイダロンってもんだ。今から30秒間、俺はアンタの攻撃を耐えてみせるぜ。
だから、成功したなら、四天王の座を賭けて、あまねくと決闘させてくれや!」
ダイダロンがずいずいとヌルの正面まで来る。
「どうだい?」
会議が散らかり過ぎて冬雪のフラストレーションが爆発しそうであった。
「〜〜〜〜〜〜!!」
この時に裏でハチコから「想定内です。成り行きを見守ってください。」という言葉を受けていなければ、冬雪は癇癪を起こしていただろう。
一方、挑戦を突きつけられたヌルは耐えられず笑ってしまう。
ディオスや勇者勢に比べて、ダイダロンがあまりにも真っ直ぐな人物だったためである。
「ふふ…。いいですよ。」
彼のようにわかりやすく来てくれる人ばかりなら、どんなに楽だろうか。
相撲の腰割りのような姿勢になったダイダロン。その周囲には六角形のバリアエフェクトが浮かんでいる。
「完全防御形態! さあこいや!」
会議中なのに試合が始まってしまった。
ため息混じりに冬雪が眺める。
「ヌル君、あれは防御以外は何もできなくなるスキルだよ」
もう色々と吹っ切れたのだろう。
投げやりに吐き捨てる。
冬雪の言葉にヌルは頷くと、ゆっくりダイダロンに近づく。
そしてダイダロンの首を掴むと、
全力で明後日の方向へ放り投げたのだった。
投げられたダイダロンは綺麗な放物線を描き、魔王城の敷地を越え、どこかへ消えていった。
「あぁぁぁぁぁーーー!!」
ダイダロンのよく通る声がその速度と距離を物語っていた。
その様子を見て、冬雪は満足したのだろう。
楽しげな冬雪が本日…つまりイベント2日目の予定を全員に共有し、スムーズに会議を進ませたのだった。
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