Session01-10 殺気
後の仲間との出会い。
世の常で、きっかけはどこにあるかわからない。
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「皆で風呂に入るぞ!!」
バーバラが満面の笑みを浮かべながら、皆に宣言をした。そして、席を立つ。その発言に続いて三人が席を立った。立った四人が一人に視線を向けた。
勿論、その席に腰を下ろしたままなのはアイルであった。
「……皆が入った後、風呂に入らせて貰う。先に行ってくれ。」
「アイル、それは駄目だよ。」
アイルの言葉をルナが一言で否定する。ルナの顔を見るとアイルは罰が悪そうな表情を浮かべる。何故ならば、ルナが怒っていたからだ。
「アイル。みんなはハーレムに入ることを決めて、あなたも覚悟を決めたんでしょう?なら、あなたも一緒に入らなければ駄目だよ。」
「そうだぜ、アイル。ここにいるみんなはあんたを信じて、納得してるんだ。だから、一緒に入らないとな。……あたしに言ってくれた事だけども、そっくりあんたへ返すよ。自身を卑下しないでくれ。あたしはそんなあんたで良いと思ってるんだ。」
「ルナとピッピの言う通りです。こういった事に慣れていただかないといけません。」
「アイル、観念せい。遅かれ早かれ辿る道ぞ。ならば、早いに越したことはあるまい?ん?」
四人が四人とも別な言葉をアイルへ投げかける。必要なのは、アイルの覚悟。ただそれだけだった。
その四人の言葉を聞いた後、アイルは一息、溜息を吐く。そして、そのまま重い腰を上げた。四人はその動きを見つめている。
その視線を避けるように顔を少し背けた。しかし、彼女の白い頬を朱を指したかのように赤く染めている事が見て取れた。
「……俺が悪かった。一緒に入ろう。」
皆一斉に頷き、アイルの手を取ったりしながら、部屋を出て一階に降り、風呂場へ向かって歩いていく。妙齢の女性五人が話しながら歩いていることもあり、そこに大輪の花束があるように見える。店の従業員や、他に宿泊している客、男女問わず、溜息を吐いたり、または彼女たちの肢体を想像したのか下心が満載の視線を送っていた。
ふと、アイルが歩みを止める。皆が疑問に思い、アイルの顔を見上げると、ニコリと微笑んで見せた。そして、歩法によるものかすぅっと振り返ると共に、間髪を入れず真顔で殺気を放った。その圧を感じた人全員がビクリと体を強張らせる。冒険者や傭兵であろうか。一部の客が席を立ち、アイルへ向き直り、腰に下げた剣に手を添えた。その一連の動きと、そして、アイルが殺気を放っている事を感じたバーバラは苦笑いを浮かべながら、アイルの太ももを叩いた。
「あー、店主、仲間が迷惑をかけた。詫びと言ってはなんじゃが、今、この場におる客、店員…勿論店主もだ。エールですまんが、一杯ずつ出してやってくれ。……行くぞ、アイル。ハーレムを作ると決めたから、庇ってくれたんじゃな。ありがとうな。」
食堂兼待合室全体に響く様にバーバラが、皆に一杯奢るよう店主へ告げる。その言葉と共にアイルは殺気を納め、くるりと向き直って歩みを進める。それを見た後、バーバラが優雅に一礼をし、続いて歩いていった。
その姿を見送った客の中で、立ち上がり身構えた冒険者と思わしき者達は、奢られたエールを口にしながら、今の一瞬の出来事を振り返っていた。
「……つい、剣に手をのばしちまった。……しかも、見てみろ。まだ震えが取れねぇ。」
剣を腰に下げていた戦士と思わしき男は、自分の手のひらを机の上に置き、皆に見せる。確かに今も、少し震えてるのが見て取れる。
一緒の席にいる魔術師然とした男はトレードマークと言える帽子を手元で弄っていた。
「君は立って身構えただけ凄いよ。私は”蛇に睨まれた蛙”だったか。あの故事の様に、席を立つことさえできなかったさ。今でも、冷や汗が止まらないよ。」
「……多分、下品な目で見られた事に対して殺気を飛ばしたんじゃないかな。」
エールの入った盃を持って、何かを考えているのか野伏の格好をした女がそう口にした。そして、エールを一口呑んで、「うん。多分そうだと思う。」と続けた。
野伏の言葉を聞いて、戦士は髪をガリガリと掻きむしった。”たった”それだけの事で?そう、戦士の顔は物語っていた。魔術師も、野伏の言葉に頭を捻っている。二人がそうなっていると言うことは、野伏にとっては良いことだった。鬼人族の彼女の殺気を飛ばした理由が、この二人ではないことが分かったからだ。
「”たった”じゃないのよ。女はそう言った視線には敏感よ。彼女たちは風呂場へ向かうことが分かっていた。そして、向かうとしたら、風呂に入るに決まっているわ。それを想像して彼女達の体をジロジロ見てた奴がいるんじゃないかしら。」
野伏の言葉に、戦士と魔術師は沈黙で答えた。彼らも男である。見目麗しい女性がいて、これから風呂に入るなんて情報があれば、想像してしまうだろう。流石に同じ様な冒険者であり、自分達が一党を組んでいるから、軋轢を産まないように抑えるという分別があった。そう言った分別がない相手がいたからこそ、先程のような事になったのだろう。
それに、野伏は口にしなかったが、ハーレムという言葉と共に鬼人族のであろう名前が、彼女の鋭敏な耳にかすかに聞こえていた。そうなると、自分の大切な相手を守るためにしたのだろうと理解できる。
「……改めて気をつける。」
「……私も気をつけるよ。」
野伏の言葉を聞いて、二人は思うところがあるのであろう。彼女に対して注意する旨の言葉を伝えた。恋人というわけではないが、仲間として、一人の女として、そう気を配ってくれるのは嬉しい。
この空気を変えるように、エールの入った盃を手にし、掲げる。それを見た二人も盃を掲げた。
「二人が気をつけてくれてるのは分かってるよ。……だからありがたく奢ってもらっちゃおう?」
「「「あの一党に感謝を!」」」
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