Session01-5 痕跡

調査シーン

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 村の宿にて、一眠り。

 朝になって、皆が起き装具の確認をする。特に重武装なバーバラはブリガンダインという鎧に、鎧下までを着込んでいることもあり、一番時間がかかっていた。一人でも着れるのだが、少しでも早く着れるようにピッピが手伝っている。はたから見ると、仲の良い姉妹が着付けているようにも見えなくもない。……着ているものは鎧だが。

 準備が終わったのに合わせてチェックアウト。朝食と弁当になりそうなものを宿に相談して調達し、出発した。


 そこから三日。野宿、別の村の宿、野宿と過ごし、依頼にあった地域にまで到達した。

 日にちが経過している上に、行商や隊商、街道巡視隊というように様々な人が行き来している街道だ。

 その当時の痕跡は見当たらない。


「まぁ、予測はしてたけども、痕跡は見当たらないね。」


 ピッピが街道と、その周囲を見回しながら口にした。

 相手も何度か襲撃を行っているという話から、手慣れたものになっていると考えられる。


「そうなると……山の方か、森の方か。どっちかにねぐらがあるで間違いはなさそうですね。」


 ピッピの言葉に、フィーリィが頷きながら答えた。


「……なるほど。襲撃を繰り返している上で、痕跡も残っていない。そして、目撃情報があまりないのであれば、普段はそう言った隠れ家で生活しているというわけですね。」


 ルナが二人の言葉に続くように口にした。

 ピッピとフィーリィの推測から、食い詰めの者の盗賊崩れではなく、ある程度組織だった盗賊団であろうことが予測できた。

 痕跡を残さず、不定期に、軍を動員させる程ではない位の稼ぎを得ようとする奴ら。

 そういうことだろう。


「アイル。お主はどう思う?」


 バーバラがアイルに話を振った。その視線を受けて、アイルは少し考え込む。そして、ふと気がついたようにピッピとフィーリィに向かって声をかけた。


「……なぁ、ピッピ殿、フィーリィ殿。あの枝が折れてるところ、少し不自然過ぎないか?街道の辺りに関してはこう……痕跡を隠すようにしているのに、あそこらへんからあまりにも人が関わったような跡が

 見れないか?」


「おー……!確かに、あそこらへんから枝が折れたりしとるのう。高さ的には人の胸の高さぐらいか。たしかに怪しいのう。二人としてはどうじゃ?」


 アイルの発言の怪しい枝の辺りを見て、バーバラは頷いている。その言葉に促されて視線を送った二人も続けて頷いた。そして、その怪しい枝の周囲へ近づき、色々と調べてみる。ピッピがはっはーんと言いそうな雰囲気で声を上げた。


「……こりゃ、見る限りだと素人が歩いて出来た跡だ。足跡も残ってるねぇ。ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……四人ってところかな。街道から来て、森の方へ……って感じだな。」


「……他にこの依頼を受けた一党が居るということでしょうか。」


 ルナがピッピの言葉を聞きながら疑問を口にする。

 四人もの人が森の中へ行くというのが引っかかっている。

 狩人が集団で森に入るということは十分に考えられる。だが、盗賊団が出没する可能性がある森へ入るかと言われたら、否であろう。命あっての物種だ。本当に切羽詰まって、村を上げての山狩りをしなければと判断しても、まず領主に報告を上げることが義務だ。報告し、許可を得ているのであれば、四人ということはないであろうし、領主に嘆願が上がってるのであれば、指名依頼と言った、冒険者ギルドで自信をもって委ねられる一党へ話が行くだろう。彼女らの様な結成したての一党ではなく。

 そうなると、一つ考えられるのが依頼のブッキング、または横取り。

 ごく限られた確率だが、正義感に駆られて退治しに行った新米一党……ということも考えられるが、多分に可能性が高そうなのが、盗賊団に合流するためにこの道を通ったということ。


「最悪は敵が警戒していることですね。どうしても正面対決になりますから。」


 他に痕跡がないかを確認しながら、フィーリィが言う。

 相手が完全に油断しているということは流石にないであろうが、警戒が厳しいか普段どおりかは相当な違いがある。日常の延長と、別の理由から行うこと。大きい違いは気合の入り方が違うということだ。

 明確な目的があってこうするという意識がなければ、そういう訓練を受けてないものはどうしても、身の入り方、気合の入り方に差が出てくる。


「強襲になれば、叩き潰すまでじゃ!降伏するのであれば、捕虜とする。相手に地の利はあるが、そこはピッピとフィーリィを頼んでおるからな!」


 カカカッとバーバラが笑い声を上げる。

 それに対して、四人がしーっと口に指を当てて注意した。それを見て慌てて口をつむぎ、うむっと頷いた。


「じゃぁ先頭があたしで、次にバーバラ、ルナ、フィーリィ、アイルの順で行くよ。後ろの警戒は、フィーリィ、任せたよ。」


「ええ、任されました。アイル、何かあった場合はよろしくお願いしますね。」


「ああ、俺が足止めする。」


 ピッピが順番を皆に伝え、フィーリィがアイルへ向かって笑顔で頼む。それを受け、アイルはしかりと頷いた。

 皆が自分の立ち位置を確認した後、足跡を追うようにしながら、一党は進んでいく。

 鬱蒼と木々が生い茂っており、空いた隙間から木漏れ日が差し込んでいる。耳を澄ますと鳥の鳴き声などが聞こえてきた。近くには魔物や、狼などは居なさそうである。

 周囲を警戒しつつ半刻程森を進むと、ピッピが片手を水平に上げ立ち止まった。皆が足を止めるのを確認し、足音を立てないようにしながら、あるき始める。

 目的の物を見つけたのか視線を一度落とし確認をした後、周囲を見渡し、皆を手招きした。


 四人がピッピの元へ近づき、視線の先を確認する。そこにあったのは、普人族の男の死体……それが四つ。どの死体も血に塗れており、外傷の殆どが打撲に切り傷な上に、身ぐるみを剥がされていた。その点から魔物ではなく、何者かと戦った結果、死んだものと予測できる。


「……ボクを誘おうとした一党ですね。……戦女神よ、彼らに安らぎのあらんことを。」

「……傷を見る限りでは、棍棒や投石による打撲、あとは剣や短剣による切り傷……ってところだねぇ。装備を剥がされているってことは、盗賊どもとやり合ったのは確かだろうねぇ。」

「この死体の様子からすると、一刻か一刻半前に殺されたと予想されます。」  


 ルナは印象が悪い相手だったとは言え、司祭として死者に対する祈りを捧げ、ピッピとフィーリィは外傷の様子から、相手は盗賊団で、一刻から一刻半前ぐらいは時間が経っているだろうと予測を立てた。

 それを聞いて、バーバラはうむっと一度頷いた後、口を開いた。


「これは、我らの最悪の可能性じゃ。こやつらは男故、殺された。我らは女じゃ。すぐには殺されないじゃろう。ただし、違法奴隷や慰みものとして扱われるじゃろう。どっちが良いかなど関係ない話じゃ。」


 バーバラは言葉を一度区切り、アイル、ルナ、フィーリィ、ピッピに視線を一度ずつ合わす。皆が、視線を合わすと一度、強く頷く。


「魔物であれば胃袋に収まったり、または繁殖用の苗床として扱われたりする。人とてそうじゃ。奴隷として売られるか、奴隷として慰み者にされるかじゃ。しかし、それは負けた場合じゃ。」


 皆に向けて拳を握りしめたまま、腕を突き出す。

 それを見た皆も、腕を突き出した。


「我らは勝つ。我らの冒険譚はここから始まるのじゃ。各々、油断してはならぬぞ!」


 ニカッとバーバラが笑みを浮かべ、皆が一致団結する。

 残念にも、ここで散ってしまった彼らの冒険者証を回収し、辺りを調べる。

 殺した相手の鎧や服を剥ぎ取ったことで、そこから垂れたのであろう、血痕が離れた間隔で続いていた。今の所、死者が出ていなかったこともあり、もしかしたらそういった痕跡を隠すことに頭が回らなかったのかも知れない。

 ピッピの仕草で、血痕があることに気づいたバーバラは頷いて見せた。血痕を辿って、森を進んでいく。

 そうすると、少しずつだが傾斜を感じるようになってきた。山へ近づいているということがわかる。付近の山のどこかにねぐらがあるという予測があっていたということだろう。

 もう半刻ほど痕跡を追いかけると、再度、ピッピが手を上げた。そして、その場で腰を低くし、皆にも腰を低くするよう促す。

 その動きを見たフィーリィは、かがんだままピッピの居る位置まで前に出ると、ピッピが見つめている方角へ目をこらした。

 山肌に洞窟らしき裂け目が見える。そして、その裂け目の前に見張りであろう盗賊らしき男が二人、あくびを噛み殺しながら見張りをしているのが見えた。

 目を凝らして見る限りは得物は腰に下げている棍棒のようだ。


「ピッピ、フィーリィ。ここから狙えるか?」

「……あたしはいけるね。」

「私もいけます。」


 二人の返事にバーバラはうむっと頷いた。

 そのまま、アイルに顔を向け、視線だけを盗賊たちの方へ向ける


「アイル、秘術魔法で狙えるか?」

「”火矢”と”火球”で狙うことはできる。それよりも、”誘眠雲”を使う事ができるから、眠らせた方が確率は上がると思う。」

「それだったら、ピッピさんとフィーリィさんにいつでも撃てるように準備をして貰って、アイルが”誘眠雲”を使って眠らせるのを狙った方が良いと思う。」


 バーバラの質問に対して、アイルは現時点で使える手札を示す。

 その内容を聞いて、ルナが作戦を提案した。

 投石と弓による射撃でも、一撃で仕留められるかと言われたら絶対ではない。

 それならば、弱体魔法で戦闘不能にした方が確率は高くなる。

 魔法に対しては種族による差はあれど、抵抗することが難しい。それは魔物も同じである。例外としては、悪魔族であると魔法に長けている故にか、効きづらいという話を聞く。ただし、悪魔族は滅多に遭遇することはない。悪魔召喚といった手段を取るか、迷宮や魔力溜まりと言った魔力が満ち溢れている場所でもなければ現れることはまずない。

 そのため、魔法使いは切り札となり得る職なのだ。魔法使いであることがわかると真っ先に狙われる。なにせ、”火矢”や”火球”と言った威力の高い攻撃魔法や、”誘眠雲”といった弱体魔法、”魔刃”や”炎刃”と言った付与魔法を使い分け、戦況を左右するのだ。

 そんな魔術師だが、師に恵まれたか、長い期間教育を受けられるか、本人の素質があるか。それによって、能力は千差万別である。

 師に学び、魔術、技術を磨く。師が有能であっても、弟子の力を引き出せるかは絶対ではない。故にアイルが”火矢”、”火球”、”誘眠雲”を使えるという時点で、それなりの実力があると言えた。何よりも、魔法使いであることを看破し辛いのが持ち味である。

 ルナの作戦を聞いたバーバラは、少しの間、目をつむった。


そして、目を開くと、皆に目配せをし、決断を口にした。


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