第13話 ともだち

 渡辺くんの家を出ると、すでに辺りは暗くなっていた。だいぶ日が沈むのが遅くなったとはいえ、さすがに7時を過ぎるとけっこう暗くなる。


「すっかり遅くなっちゃってごめんね。付き合わせちゃったな」


 申し訳なさそうに私の顔を見る前田くんにとんでもないと首を横に振る。


「う、ううん、そんな。私も楽しかったし、渡辺くんとも話せて良かった」


 付き合わせたなんてとんでもないし、むしろ私なんかを送ってもらうのが申し訳ないくらいだよ。


 珠希ちゃんと三人で帰ると思ったのに、珠希ちゃんは寄るところがあるとかでさっさといなくなっちゃうし、よく分からないうちに前田くんに送ってもらうことになっちゃったし、絶対に変な気を回されてる。


 もう珠希ちゃん……、ありがたいんだけど、困るよ……。

 前田くんとふたりきりなんて、緊張して何話していいのか分からないのに……。


「でもさ~、つっきーって優しいよな。圭佑ともほとんどしゃべったことなかったんだよね?」


「え? うん……あれ、え? ……つ、つっきーって、……私?」


 唐突にそんなことを言い出した前田くんに驚いて、自転車のペダルを踏み外しそうになってしまった。


 つっきー、って呼ばれた? 聞き間違い……?


「珠希もそう呼んでたから、俺も呼んでみた。

つっきーはダメだった? 月子の方がいい?

せっかく友達になったのに、いつまでも斉藤さんじゃよそよそしいよね?」


「ええ!? 友達? 私と前田くんが?」


 前田くんにニカっと笑いかけられて、心臓が止まりそうになってしまった。


 だって、いま、月子って......! それだけでも破壊力だいぶ強いのに、しかも、友達って嘘だよね?


「あれ、違った? 俺はもうそのつもりだったんだけど~」


「……あ、う、……う? え、と……あの、……嬉しいよ」


 これは夢ですか?

 ニコニコとまぶしいばかりの笑顔を前田くんから向けられ、違うなんて言えるわけもなく、コクコクと頷く。


 もう、私は今日で一生分の幸福を使い果たしたかもしれない。

 現にいま、いつ死んでもおかしくないくらいに心臓の鼓動が早いし。明日には死んでるかもしれない。


「よし! じゃ、月子とつっきーとどっちがいい?」


「つ、月子でお願いします……」


「おっけー。月子な。俺のことも前田くんじゃなくて、和也でいいから」


「え、う、うん。わ、わかった。か、かず……かず、和也……くん」


 今度こそ、前田くんは私の心臓を止めにきてるに違いない。


 男子に下の名前で呼ばれたのも初めてだし、もちろん下の名前で呼んだのも初めて。

 しかもそれがあの前田和也くんだなんて、夢じゃないよね?


 今日は朝から大変な1日だったけど、手の届かないはずだった憧れの人と思いがけなく友達になってしまった。


 うう……。急展開すぎて頭が追いついていかない……。


 きっと、私は今日という日のことを一生忘れられないに違いない。

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