ナンセンス文学

@RyuAquaLooso

なぞなぞスイッチ

 佐藤は呆然としていた。変なデザインのおもちゃを拾ったのが運の尽きだった。

虹色の箱に赤いスイッチがあしらわれた。どう見てもただのおもちゃだ。しかしボタンを押したが最後、異空間に飛ばされる " なぞなぞスイッチ "だった。

 何が起こったのか理解できず、ただ辺りを見渡していたが、やがて壁のデザインがおもちゃのそれと同一であることを確認し、あのおもちゃのせいでここにいることが理解できた。

 ──問題です。

謎の声が告げる。女性の声だが機械のように冷たい声だった。

 ──王様が王子に王冠を贈呈した時、なんて言った?

訳が分からないと言った顔をすると、突然目の前の壁に10:00の表示が現れた。

カウントは1秒ごとに減っていき、猶予は10分しかないことが分かった。

 佐藤は焦った。10分を過ぎて答えられなかった時はどうなるのだろうか、間違えた答えを言った時は、命の保証はあるのだろうか。

しかし考えていても結論などでない。

 憔悴と慟哭に震えながらも、残り時間が2分を過ぎた時、天啓がおりた。

もうこの答えに懸けるしかない。

「おう、さまになってるな!」

佐藤は叫んだ。

正解を示すアラートが鳴り響き、佐藤は元の世界へ戻った。

 息を整え、注意深くスイッチを観察すると、スイッチの裏面には2と表記されている。その時、ポケットへの異様な膨らみを感じ、まさぐってみると、現金100万円が入っていた。間違いなく自分の金ではない。

 推測の域をでないが、賞金だと解釈した。

しかし、もう一度押すのはごめんだ。

佐藤は怖くなり、家に帰るとすぐさま押し入れに封印した。

 数日後、佐藤は100万円をあっという間に使ってしまった。腕時計を買ったのだ。

佐藤は再びスイッチの前に座った。深く息を整え、スイッチを押した。

 ──問題です。

緊張が走る。息も絶え耐えだが、作戦はある。

 ──なんでも肯定してくれる水素イオン指数はなんでしょう。

目の前の壁には20:00の表記が現れた。

佐藤はすぐさまノートパソコンを開いた。水素イオンが何なのかは知らないが、検索してみると勘所が分かった。

「答えは……酸性(賛成)」

正解を示すアラートが鳴り響いた。畳のにおいに包まれ、帰ってきたことを実感した。

スイッチの裏面には3と記されていた。佐藤はノートパソコンを服の下へ仕込んいた。また、パソコンだけではない、この日の為になぞなぞの練習も積んできた。最も、なぞなぞの練習が主武装だったのだが、杞憂だったようだ。

「初めて押した時は面食らったが、十分に練習した今なら、まだ行けそうだ」

佐藤は勢いに任せてスイッチを押した。

 ──問題です。

この凍り付いた声を聞くと、押したことを少し後悔しそうになるが、冷静さを失う訳にはいかない、ここは我慢する。

──とっても高いビルを見に来たら、どこにもありませんでした。なぜでしょうか。

目の前の壁には30:00の表記が現れた。

佐藤は己の全存在を賭け、考えた。15分を過ぎた辺りで後悔の念が押し寄せかけたが、懸命に振り払い、目の前の問題に集中した。何でもない日常生活で出されたら簡単に解ける問題でも、極度の緊張状態により、迷宮へと変化してしまった。

「ダメだ、わからない」

残り時間30秒を過ぎても、答えは浮かばなかった。制限時間を過ぎたらどうなるというのだろう。佐藤は自ら深淵へ足を踏み入れたことを呪い、後悔し、最後まで考え続けたが、遂に時間切れとなった。

──正解は、高層(構想)ビルだった。でした。

まだ意識がある。恐る恐る目を開けると、いつもの日常へ戻っていた。ポケットは膨らんでいなかった。

「た、助かった……」

佐藤はとにかく帰ってこれたことに安堵した。金は手に入らなかったが、これまでで最も大きな収穫を得た。

「どうやら制限時間を過ぎる分には問題ないらしい」

これは大きな収穫だ。何のリスクも侵さず大金を手にする機会を得たのだ。

「答えを間違えたらどうなるかは分からないが、分からない問題なら制限時間が過ぎるまで待てばいいのだ」

それから佐藤は何度もスイッチを押した。程なくして巨万の富を得た佐藤は、それを元手にビジネスを立ち上げ、成功者として華を咲かせた。


「このスイッチのお陰だな」

佐藤はスイッチを書斎の一角に配置し、仕事中も時々眺めた。もはやこのスイッチに頼る必要もない。スイッチは、部屋を彩る骨董品となった

「そういえば、結局何回使ったのだったかな」

スイッチの裏を見ると、00と表記されていた。

「ああそうか、99回だ、99回使ってカウンタが一周したから辞めたんだ」

佐藤はスイッチに感謝していたが、カウンタが一周したスイッチを押す勇気はなかった。

「まあ、何か起こってからでは遅いからな」

佐藤はスイッチを元の位置へ戻そうとした時、運悪く地震に襲われてしまった。

「うわっと」

転んだと同時に見慣れた部屋へやってきた。虹色の壁と白い空間があるだけの、何もない空間。

「あっ」

転んだ拍子にスイッチを押してしまった。

──問題です。

十数年ぶりに聞いた声だ。だが何年経っても脳はこの声を記憶していた。全身から汗が吹き出し、頭も冴えてきた。押してしまったものは仕方がない、とにかく問題を解くのだ。少しでも分からなければ制限時間いっぱいまで待てばいい。

──空を飛んだり、海を泳いだり、地面に潜ったりする物はなんでしょう。

全く分からない。一応人間はロケットで空を飛んだり、地下鉄を走らせたりしているが、元々そういう生き物ではない。論理的に正しいことと、なぞなぞの答えは一致しないのだ。

しかしだからと言って答えが分かる訳でもない。

佐藤は制限時間が過ぎるのを待つことにした。

「あれ」

おかしい、制限時間の表示がない。いつもなら壁に残り制限時間が表示されるはずだが……

「カウンタが一周して、壊れてしまったのか?」

佐藤は考えた。最初にスイッチを押した時は10分、それから100回スイッチを押したのだから、×100して1000分、つまり制限時間は16.67時間なはずだ。

「表示だけ壊れてしまっているのかもしれない、16時間位待ってみよう」

左手にはめたシルバーの腕時計──最初の100万円で買ったものだ。

「今ちょうどお昼の12時だから、夜中の4時頃には制限時間が来るな」

佐藤は制限時間が過ぎるまで待つことを決めた。もちろんなぞなぞの答えも考えながら……


「結局朝の4時になっても答えは分からなかったな、もっと若いころなら頭も柔らかかったろうに」

しかし、時計の針が5時を指してもアナウンスは行われなかった。

念のため6時まで待ったが、何も起きない。

「制限時間は無くなってしまったのか……」

いよいよ本格的に焦りが噴出してきた。どうやら自力で正解しないと帰れないらしい。

佐藤は時間を掛けて答えを考えた。幸い腹も空かなかったので、考えることに集中できた。こんなに長い時間考え込んだのは久しぶりのことだった。

そして、いくらか確信を持つ答えを得た。

「答えは、太陽だ」

正解を示すアラートが鳴り響いた。十数年ぶりに聞く正解音は、強烈なカタルシスをもたらした。幸福感と万能感を味わっていたら、いつのまにか書斎へ戻されていた。

佐藤はスイッチを元の位置へ戻した。


──「あの猿凄かったね!」

──「ね! 結構たくさん正解したね!」

佐藤の会社の上空で、なぞなぞ星人は話し合った。

──「この星の猿は賢いんだね~ すっごく面白かった!」

──「でも、バナナじゃなくて紙で喜ぶなんて、変わった猿だね~」

──「ねえ、やっぱり紙だけじゃなくてバナナもあげた方がいいんじゃない?」

──「そうだよね~エネルギーを貰った方が嬉しいよね~」

なぞなぞ星人が腕を一振りすると、佐藤の部屋に100房程のバナナが出現した。

佐藤が呆然としている内に、なぞなぞ星人は次の星へと去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る