第6話 蒼眼


 男は欲に素直な生き物である。

 美しく艶めかしい姐たちにぴったりと体をくっつけられた男たちは、厳めしい武官としての顔をだらしなく緩ませて、ひと時の夢を楽しんでいた。


「羽林軍もこれじゃあ形無しですね」

「うるせぇってんだよ、テメェだって、舞い手の嬢ちゃん侍らせてんじゃねぇか」

「侍らせているんじゃありません。彼女は遊女ではなく舞い手ですから、野蛮な輩に絡まれないよう僕と一緒にいるんです」


 絡まれたとしてもどうとでもできる、とは口に出さなかった。時には寡黙になることも必要である。


 出場選手の待機場所として使われている絹屋のひとつ。主催者でありながら出場選手でもある茶総大将の下に連れられてやってきていた。


「舞い手の嬢ちゃんは名前はなんていうんだい?」

「桃花、でございます」

「タオファ……不思議な響きだな。生まれは外つ国か?」

「いえ、生まれも育ちも花街です。名前の響きは、わたしのいる店の女たちはみんなそんな感じの響きなんです」


 美美も、杏杏も店でつけられた名だ。それ以前の名前は捨てたと、いつの夜か言っていた。桃花には「桃花」という名前しかないから、少しだけ羨ましく思う。


「ちょっと、僕を差し置いて話さないでくださいよ」

「テメェは嬢ちゃんのなんなんだよ」

「話がしたいからと呼んだのは貴方なんですから、さっさと用件を言ったらどうなんですか?」

「はぁ~……うるせぇ小僧だな」


 ガシガシと粗暴に頭を掻いた茶総大将は、先ほどよりも潜めた声で呟いた。


「――俺の知ってる女と、嬢ちゃんの目が瓜二つだったんだよ」


 桃花を見つめる瞳に、懐古の情が浮かんでは消えた。桃花を通して、違う誰かを見ているのだ。


 蒼い瞳は、この国では珍しい色合いである。華国の民は、紫王家を除いて髪にしろ瞳にしろ、黒や茶といった色彩だ。桃真も茶総大将も黒い髪に黒い瞳をしている。光雅楼の遊女たちも、みんな似たような色合いだ。

 ドキリと、心臓が早鐘を打つ。ようやく息も整って汗も引いてきたところなのに、背筋を冷たいものが走った。


「その女性が、桃花と繋がりがあると?」

「俺ぁそう思ったんだけどな。嬢ちゃんは生まれも育ちも花街なんだろう。んじゃあ他人の空似ってやつだろ。呼んで悪かったな」


 くしゃり、と雑に頭を撫でられる。


 驚いて目を真ん丸にするところも、記憶の中の女とそっくりだった。

 足首まで伸びた射干玉の髪に、陽の光を受けてきらきらと輝く蒼玉をはめ込んだ瞳の美しい女だった。もう何年も前に死んだと聞いた。子供がいてもおかしくない歳だった。

 蒼家のお坊ちゃんと絹屋を後にする後ろ姿が記憶の女と重なって、つい声をかけていた。


「――嬢ちゃん、紅家の連中には気を付けろよ」

「紅家?」


 ぱちくりと目を瞬かせる。蒼い瞳がきらめくのを、眩しげに見た。桃花が忠告の意味を理解するのは、そう遠くない未来だった。

 どういう意味かと問おうとしたが、茶総大将の試合の番だと呼びに来た武官に連れられて行ってしまった。


「……どういう意味だか、わかりますか?」

「君、紅家と繋がりがあるのかい?」

「質問を質問で返さないでください。……何度も言ってますが、わたしは生まれも育ちも花街です。紅家なんて、大貴族様と関わりがあるわけないじゃありませんか」

「ううん……しかし、茶総大将が何でもないことを言うとも思えない。……少し、僕個人で調べてみよう。わかり次第、君に教えるよ」


 にっこりと、笑みを深めた桃真に目を瞬かせる。どうして、そこまでしてくれるのだろう。舞い手とその客というだけの関係なのに、親切にしてくれる理由がわからなかった。人は誰しも利己主義で、損得勘定の中で生きている。裏があるのではないかと、つい勘ぐってしまう。

 疑問を口に出そうとした桃花だったが、それは第三者によって遮られた。


「お話し中失礼いたします。蒼様、舞い手様――桜妃様がお呼びでございます」


 言葉を失い、桃真を見た。

 あちゃぁ、という表情で額を押さえている彼はやっぱり苦労性に違いなかった。

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